Art, Bonne journée

波打つ昨日

実直にまっすぐ張られた架線と
波打つスレート屋根との隙間を
ゆったりと流れる雲と雲の間に、
冷たく銀色に冷えた夕暮れ時の月を見つけ、
雨と曇りの合間に忘れられた晴れを思い出した。
もうまもなく
地球上のどこかの水平線か
そんな捉えようもない何かに沈む太陽は、
薄汚れた雲の積み重なる向こう側に
おそらく、
たぶん、
きっと、
あるはずだった。
耳たぶのような
冷たく柔らかな刃物で
何時間も切り刻まれた初夏が、
紫陽花の上に逃げ出した羽虫のように転がった。
湿った腋の下に緑色の傘を抱え、
乾いた喉の上に赤茶色のコーヒーを流し込む
帰宅途上の色のない難民は、
次の通勤電車にまとわりつく風に、
誰もが思い出そうとしない昨日。

Art, Bonne journée, Cross Cultural

文学と絵画とブルターニュ

 アンリ・モレの「ブルターニュの断崖」やポール・ゴーガンの「二人のブルトン人」を見たかったら、地の果てなどと揶揄されるブルターニュの西の隅まで出向かなければならない。所蔵するポン・タヴェン美術館は、パリからは相当遠い場所にある。だからフランスの西の果てと言われるくらいは仕方ない。だが地の果ては少々言い過ぎだろうと思う。TGVでブレストまで行ってレンタカーで南下してもいいし、そもそもバカンスを過ごすような場所なのだから、遠くからでも時間をかけて辿り着けばよいのだ。もっとも、ゴーガンのポンタヴェン派としての代表作である「美しきアンジュール」も「黄色いキリストのある自画像」もそこにはない。あるのはオルセー美術館だから、わざわざ行くまでもないと言われればそれまでではある。
 でも、行かなければわからないこともある。川のせせらぎ(下の写真)も、どこまでも透明な海も、行って体感しなければわからないように、アンリ・モレの描き出す色とりどりのブルターニュの断崖は、パリにはない。
 もっとも「黄色いキリストのある自画像」ですら日本にいては見られない。スマホで見ても大きさも色もタッチも違うから、分かるのは知識としてのゴーガンでしかない。
 それでも絵はまだ良いほうかもしれない。どんなにお金を出そうが、どんなに時間をかけようが、もはやショパンが弾くピアノは確かめようがない。ワグナーが恭しく指揮をとるワルキューレが聞こえる事もない。ひょっとしたらそれよりもずっと出来が良いオーケストラで、ずっと洗練された指揮の下、当時以上の再現演奏を聴くことが出来ているのかもしれない事が救いではあるが、絵とは違ってオリジナルはもうないのだ。
 その点、文学はありがたい。書き手が意図したそのままをいつでも手に出来ている可能性が高い。小さな誤りが訂正されていたり仮名遣いが現代表示に訂正されていたりすることもあるかも知れないが、模写やコピーとは違って劣化しないのだ。それがたとえkindleであろうが、そこで読む宮沢賢治は宮沢賢治そのものだ。
 いや翻訳ものはどうするんだとか、絵なら世界共通だとか、そんな指摘はあるだろうが、それはそれ、大目に見ていただきたい。文学の普遍的なアドバンテージはその劣化のない作品を手にすることの喜びなのである。
 ありがたいことにブルターニュ大公城にあるターナーの「ナント」は、まもなく国立西洋美術館で見られるらしい。3/18から始まる「憧憬の地ブルターニュ」という企画展のリストに確かにあった。熱烈なラグビーファンでターナー好きの方には残念だが、日本戦を応援に行ったついでにターナーの「ナント」は見られないのかもしれない。いや、その頃にはブルターニュ大公城の美術館に戻っているのか?

 トップの絵は「ダイヤのエースを持ついかさま師」などで知られるジョルジュ・ド・ラ・トゥールの代表作のひとつ「聖誕」。
 地元の人はこれくらいしかいい絵がないと言って残念がるが、これを見るために行く人もいるレンヌ美術館所蔵品。他にも佳作がたくさん。

アヴァン川のせせらぎ
Art, Bonne journée, Photo

Street art

 マリーアントワネットが残酷な断頭台に送られて以来続く、止やめてはいけない伝統なのだそうだ。18世紀の終わりのことである。日本では田沼意次の時代というかそれをことごとく覆した松平定信の時代というか、太平の世を謳歌した江戸時代が微かに傾き出した時期である。市民は国庫を食い尽くすフランス王政に愛想を尽かし、その混乱から逃亡しようとしたマリーアントワネットとすら国境から連れ返し、やがてフランス革命が成立する。案外日本では市民革命であるかのように伝えられるが、実際には資金力のあるブルジョワジーと貴族との戦いであり、給与が支払われずに不平を持っていた軍とその指揮官の戦いであり、革命を利用しようとした諸外国とフランスの戦いでもあった。
 その結果がナポレオンであれ何であれ、市民が政府に抗議するのを躊躇わず、強い軍が国家を守る伝統は、そうやって生まれたのだという。つまりは、新型肺炎が猛威を振るおうがロックダウン中であろうが、デモと軍は止められないのである。歴史家がそう言っているのかどうかは知らないが、少なくとも複数のフランス人の知人がそう言うのだ。強ち間違っているわけでもないだろう。どんな状況であれ、主張すべきものは主張すると言うのが彼らには正しい姿なのだ。
 冷静に客観視しながら忖度することにあまり抵抗を感じない世界で生活してきた身には、正直、少々理解し難い部分もある。毎日数万人の新規患者が出ている国であり、至る所に検査場がある中で、今日もデモの声が聞こえてくる。今日のネタは «Loi sur la sécurité globale» という新しい治安規制に関するデモである。多人数が集まることは禁止されているが、デモは特に咎められないのか、パリ以外の地方都市でも数千人規模の人が抗議の声を上げている。中にはマスクをつけていない者もいるようだし、もしかするとこれが原因でクラスターも発生するかもしれない。それでもデモは止まらない。遠く、デモ隊の叫ぶ声を聞きながらブラウザを立ち上げ、ニュースをぼんやりと読む。どこか他人事のような時間が過ぎていく。

 そういえば、と思い出す。フランスの美しく落ち着いた秋色に石畳の通りをぼんやり歩いていると、強烈なグラフティが目に飛び込んできたりする。あれほど伝統や景観を大切にする国は実はグラフティに溢れている。ガラスと鉄でできた改装したばかりの地下鉄の入り口は、翌日にはペンキで汚され、判別不能な文字に覆われる。それもまたフランスである。何もそんなところに描かなくてもとも思うが、何か描かずにはいられないのだろう。ただ、その半分は素人以下の単なる落書きでしかない。規制する法があるのかどうかはわからないが、間違いなく夜の間に落書きは増える。夜間外出禁止であってもそれは変わらない。
 そのグラフティは、でも、いつかストリートアートとして保存したいと思えるほどのものになる。アートと落書きの境はほとんど曖昧であり、主観による。あえて言うなら、より多くの人が共感するかどうかという程度の曖昧な物差しが、二つを正と負に分けているだけだろう。もちろんどちらが正しいというものでもない。家の壁に落書きされればもちろん怒るが、その落書きがバンクシーによるものだったりすれば、怒らない人もいるはずである。
 さて、Tamara Djurovic (Hyuro) がバレンシアで亡くなったそうである。あまり詳しく知らないうちにそんなニュースを見るとは思いもよらなかった。もし、ストリートアートに興味があれば上のリンクからどうぞ。ただ、本人はストリートには描かなかったと言っていたようだが。(残念ながら日本語のサイトはほとんどない)

 最後に蛇足。グラフティの歴史はデモよりも長い。なんと言っても知られた最も古いグラフティのひとつはラスコー洞窟にある。

Art, Photo

Street

海からの少しこそばったい風を感じに行くことはおろか、窓を開け放つこともあまりなくなった晩秋の午後、時間に追われるようにキーボードを叩いている自分よりもずっと速く、干からびた時がその瞬間を追い越していくような気がして、冷たさを感じ始めた指先を眺める。昨日と同じ何ひとつ変わらないくたびれた手が忙しない動きを止める。他人の手。自分の指。確かめる必要のない指先にキーボードの黒い石が規則正しく圧力を与える。
バカンスとクリスマスの間に落ち込んだ街にようやく他人事のような静けさが染み込み始め、夏の終わりに出しゃばりすぎたアコーディオンの音色も、つぶれたマロニエの実のようにいつの間にか歩道の隙間に沈み込む。今日もまた騒がしかった夏風の音を懐かしむように窓の外を眺める。他人の土地。仮の住処。締め切った窓ガラスのすぐ向こうにある壁を取り外そうとする。

街を歩いていて偶然出会したSethのストリートアートと展覧会の案内。さして遠くはないが行く機会はなさそうである。写真を撮るなら少しはリスペクトしたいと街並みを背景に封じ込めてみた。

Art, Bonne journée

Yokohama Triennale 2017

201709-111

ヴァンクーヴァー美術館の照明の落とされた隅の部屋で見た Janet Cardiff & George Bures Miller the Killing Machine はボタンを押すのにひどく勇気のいる作品だった。その互いの姿もはっきりとはしない他人同士がたまたま同じ場所と時間を共有しながら、いつか不安までも共有する共犯者であるかのように静かに息を殺す深淵へと落ちていく時間は、早くそれを終えて抜け出したくなる程に永遠とも思われた。光と音が交錯する器械はコンテンポラリーアートの典型的な手法のひとつではあろうが、そこにそれがあるという存在感ゆえに逃れられない現実となってアートという特別な今を超える。

201709-112ヨコハマトリエンナーレの会場のひとつである赤レンガ倉庫で案外空いている午前中のゆっくりとしたひと時を過ごしながら、久しぶりにその不思議な現実感を味わった。かつて山下埠頭で開催された時(2005年)のダイナミックとも形容できそうな巨大な仕掛けと較べればずっと洗練されてはいるが、あの時もどきどきするような現実感を感じたように、今回もどこか頭の隅で警告が鳴るような感覚を覚えた。The Killing Machineにも共通するそれが何かはわからない。ただひとつ、そこにある現実感だけは共通して感じている。
ヨコハマトリエンナーレでは、必ず自分がアートの中に紛れ込む。コンテンポラリーアートには映像のみの作品やオブジェを単に楽しむものも多いが、これだけの規模にもなればインスタレーションの現場に居合わせることもアートの中に入り込める作品も多い。かつて原寸大サッカーゲームで遊んだように、今回も作品の一部になって楽しめるものも少なからずある。
だからコンテンポラリーアートはやめられないのだ。