Bonne journée

記憶する大地 (2)


赤茶色の西風が吹きはじめた昼下がりは気だるい。
晩夏の風に転げ続けていたひかりは、くすみ葉の隙間を溢れ落ちる。
どんなに鮮やかな空にも時が満ちて終わりを告げる時期が来る。
カサカサと鳴り続けるクヌギの葉音も、
用を終えた藁のかけらの舞う西風の中では、
クイニーアマンから剥がれ落ちたカラメルのように甘く、
奥歯の隙間に苦味を残す。
赤茶色の西風が吹きはじめた秋の昼下がりは気だるい。

Afternoon, when the russet west wind begins to stir,
slows into languor.
Light, rolling on the late-summer breeze,
spills through the narrow seams
of tired, fading leaves.
No matter how vivid the sky,
there comes a moment
when fullness turns to ending.
The rustle of oak leaves goes on,
in the west wind where fragments of straw are carried,
sweet as the caramel flaking from a kouign-amann,
yet leaving behind
a faint bitterness
at the back of the teeth.
Autumn afternoon, when the reddish west wind rises,
drifts in quiet languor.

久しぶりに、まだ作品として定まらない「記憶する大地」の断片です。

It is obviously not perfect even though Google translation and ChatGPT were also used. It’s always difficult to translate a poem into different languages.

Art, Bonne journée

la vie


 雨がザワザワと音を立てて落ちる午後だった。空を見上げると、森の中で騒ぎ立てる梢の隙間から、冷たい雫が額に落ちてくる。まだ日没までにはだいぶ時間があったが、ぽつりぽつりと明かりが灯り始めていた。
「この小道を奥まで進むと入り口があります。途中に小さな教会があって、その中は自由にみていただいて構いません。お写真をお撮りになっても結構です。でも、中は撮影できません。」
入り口のちょっとした門の屋根の下で、案内の方が丁寧に説明する。その門をくぐり、曲がりくねった小道を歩いてきたのだった。森の中は、多少のアップダウンもあって、小川の流れる谷の部分には小さな橋もかかっていた。
 迷うようなことのない一本道だった。それでも、要所要所に猫がこちらですと道案内をしていた。その案内に導かれて森を抜けると、赤と白の対比が鮮やかな扉が現れる。藤城清治美術館の展示室がそこにあった。

 百歳を超えてまだ現役の藤城清治の美術館が那須高原にあると知って、立ち寄ってみた。あいにくの雨だったが、施設案内のWebページに掲げられた写真とは違って、雨の降る足元の少し暗い美術館は、藤城清治の作り出す影絵のようにちょっとばかりファンタスティックな様相を見せていた。
 どこかの観光地にあるような小さな美術館というと、個人の趣味みたいなところもあるが、藤城清治が自分で作りたくて作った美術館ということで、想像以上に濃密な空間になっている。もう、これでもか、と言わんばかりの影絵の世界である。その中身については、美術館のWebページを見ていただいた方が良いし、写真撮影はできないから、ここに出せるのは外の写真だけである。それでも冒頭の道案内の猫を見ただけで、どことなく想像はできるかもしれない。

 藤城清治が飼っていた猫の名前はラ・ビー。その名前を冠したカフェも東京にあるらしい。自分にとっては、ケロヨンや笛を吹くこびとが真っ先に思いつくが、ラ・ビーのファンも多い。もし、藤城清治の影絵が好きなら訪ねる価値はある。小さな美術館なのに思いがけず長い時間を過ごし、ちょっと足が痛くなったというくらいには楽しい。

藤城清治美術館(那須)

Bonne journée, Cross Cultural

hot springs

 硫黄の香りは消して好きではないが、ひどく苦手というわけでもない。とは言え、火山性ガスに含まれる硫化水素は、引火性がある上に、濃度が高いと毒性もあって、さらに腐ったような臭いまでする。わざわざ嗅ぎたいとは思わない。なのに、その硫化水素の発生する場所に人は好んで行く。温泉はそれほど魅力的なのだろう。

 何度か書いているが、実は温泉は苦手である。いや、苦手なのはお湯であって、温泉の香りや温泉成分ではない。熱すぎると湯あたりしてしまうのである。長時間お湯に浸かっていると、風呂を出た後で眩暈がしたり、子供の頃は湿疹が出たりした。どうやら前者は頭と首筋をしっかり冷やすことである程度回避できるらしい。子供の頃の湿疹は、温度差によるものらしく、今ではもう問題ない。
 そんな状況だから、温泉を目的とした旅行はほとんどしたことがないのだが、久しぶりに温泉に行ってみることにした。もちろん目的は温泉ではなく、美味しい食事である。でも、せっかくだから温泉にも浸かりたい。
 湯船に浸かるのを短めにすれば、周りに迷惑をかけることもない。周囲の皆さんだって、いい歳したおっさんが裸で倒れているのを助けたいはずがない。見て見ぬふりをされてしまったところで文句は言えない。あんなの触れたくもないなんて言って遠巻きにされても、当然である。だから、少しでも気分が悪くなったら、とっとと冷水を浴びて上がるつもりだ。

 といったわけで、珍しく温泉に浸かってぼーっとしてみたのだった。
 そもそも暖簾をくぐる時から、今どきの温泉の小綺麗さにはすっかり驚いたのだが、その話は書かない。ええ、そうですよ、行ったことないの?と言われるだけなのは目に見えている。じゃあ、この後何か面白い話があるかと言えば、ない。単なる温泉に浸かっただけの報告なので、読み飛ばしていただいても文句は言えない。

 さて、脱衣所のロッカーに貴重品とバスタオルを放り込んで、服を脱ぎ始めたくらいまでは、微かに硫黄の匂いがするなと思った程度だった。ところが、不思議と鼻が慣れてきたら、むしろ硫黄の匂いを強く感じてきた。
 浴場のドアを開けたらそれなりに明確な匂いがして、温泉ってこんなに匂いがしたかなぁなんて感慨に耽ってしまう。それくらい時間が空いていた。身体を洗って胸まで湯船に浸かれば、なかなかの温泉らしい。足の指までぬるぬるとした感触がして、ずいぶんと長いこと温泉に浸かっていなかったのだなと実感した。
 最初のうちは肩近くまで温まってみた。何しろ肩凝り持ちである。しっかり温めて揉みほぐす。だが、熱い湯が苦手というのもあって、まもなく隅っこの段差で胸より少し下あたりまで浸かることにした。半身浴である。幸いにも混雑していなかったから、気兼ねなく段差を占有できる。それでもだんだん頭が暑くなってきて、終いには縁に腰を下ろして足湯みたいになってきた。後から来た人が、遠巻きに段差のない部分からお湯に入る。タオルを頭に乗せて風呂の縁に座っているやつがいるから、気を遣って近くを通るのを遠慮してくれたのだろう。申し訳ない。ちょうどいいタイミングだと、露天風呂に移動した。
 屋根はあるとは言え、露天風呂である。そこそこ本降りの雨が降り出していて風が吹き抜けている。まだ夏だというのにドアを開けた瞬間から寒い。濡れた身体を風が冷やす。奥では先客が手すりに上半身を預け、外を眺めるようにして半身浴している。それを見て、ふと気がついた。ここで半身浴ならのぼせない。首筋は涼しく、お腹より下は熱い。これならOK。しばらく木々が揺れるのを眺め、筋を伸ばした。そうか、こうやっていれば温泉でのぼせることもない。首筋がしっかり冷える。ようやく安心してゆっくり出来た。今頃気がついたのか?という感じである。
 ぼんやりしていると下らない事を考える。どうして男性の風呂には普通の石鹸ではなく、男性用石鹸とかが置いてあるんだろう。ここで大きな地震でもあったら、この露天風呂は崩れないのかな。あまり虫が飛んていないのは、どうしたことだろう。そんなくだらない事を考えている事に気づいて我に帰ったりもした。せっかくの温泉で何悩んでいるんだよ、である。
 程なくして、細身でかなり背の高いお父さんが、半分くらいしか背丈のなさそうな小学校入学前くらいのお子さんを連れてやってきた。まだ小さいのにもう露天風呂デビューか?まあまあ広い風呂だが、広く使ってもらおう。もう自分は十分ゆっくりと浸かることができた。

 最近はサウナブームというのもあってか、昔に比べれば若い人も温泉に慣れている。友達同士で行くくらいだから、不必要に恥ずかしがったり、気を遣ったりすることもない。気を遣うようでは友人同士で行ってもリラックスできないだろう。自分が若かった頃は、コンプライアンスなど重視されなかった時代だから、温泉や公衆浴場は難しい場所だった。それが今ではほとんど気にならない。誰も互いを気にせず、自然に過ごしている。タオルで隠す人もほとんどいない。露天風呂で入れ替わったお父さんと子供も、何も気にしていなかった。転ばないように手をつないで並んでゆっくり歩いてくる。
 小さなお子さんが、背丈の高いお父さんに支えられながら、ゆっくり階段を降りてくるのが妙に可愛らしい。まだ少し幼さの残る丸いお腹と丸い肩の小さな男の子が、ひょろっと背が高くて厳つい肩のお父さんの手をしっかり握る。それでもその男の子は、前をしっかり見ている。つんと突き出た小さなおちんちん。大人のお父さんのはずっと大きい。当たり前のことなのだが、親子の極端な体格の違いがなんだか微笑ましかった。
 そろそろ入れ替わり時だった。お父さんも気を使うだろうなと、湯船から立ち上がって場所を替わった。
「空けてもらってすみません。」
「いやいや、ちょうど上がるところです。ごゆっくり。」
昔はこうやって世間を学んだんだよなあ、なんて余計なことまで考えた。

 子供の頃は、温泉旅館には何度か連れて行ってもらったし、学校の先生がどういう理由だったか思い出せないのだが、奥日光から入ったハイキングコースに連れて行ってくれたこともあった。湯本から切込湖・刈込湖を通るコースである。温泉というと思い出すのは、日光だったり那須だったりする。
 切込湖・刈込湖は、勝道上人が、昔この地に住んでいた毒蛇をこの湖に狩り込めたという伝説がある。そんな話は日本中にあるわけだが、日光の近くの那須にも殺生石伝説というのがある。どちらも火山性の土地と関係がありそうな話ではある。だからどうしたというわけでもないのだが、子供の頃によく行った日光や那須は、自分にとっては硫黄の匂いのする場所であって、得意になったスキーやスケートとも、苦手となった温泉とも関連する身近な場所である。

 嫌いなわけじゃない。熱いお湯が少し苦手だっただけなのだ。

Bonne journée, Cross Cultural

raindrops


I was probably seven years old and definitely didn’t know what the world was. Well, I still haven’t understood. It rained every day because it was a rainy season. My parents were busy for working then I had to spent a time by myself until they went back home. Needless to say, it should not have been. Just 7 years old.
There were two options; one was to stay home, watching TV or reading books, the other was to visit a house of a friend of my parents. Latter would have been better choice in aspect of safety but, as you may agree, a friend of my parents was not always a friend of me. I didn’t want to spend my time in an uncomfortable room but it rained. Finally I found a solution. I decided to play in a garage having no door. Just next to me, it was raining. After growing up, I learnt that it was a precious moment to know what nature is, and what the world is. It should have been a very very small part of it, but was enough.

Bonne journée, Cross Cultural

AI


 先日のニュースで8月第1週だったかのコメの価格が上昇したと言っていたのだが、その理由を農水省が、「新米が出回る前に、在庫を減らすために値下げして売り切ろうとする動きが一服した」みたいなことを言っていると聞いて、思わずため息が出た。JAとか卸とかには調査はしているのだろうが、お盆前に食品の小売価格が上昇するのはいつものことだ。需要が増えるから、自然と価格は上昇する。
 もちろん農水省が正しいのかもしれない。個人的な感覚で軽々に言うべきではない。そうは分かっているが、これまでも米に限らず失敗もしてきた農水省だから、なんとなく、「あんたら、いつもスーパーで買い物しているのか?」と言いたくなってしまう。それらしい理由を見つけると、調査もせずにその考えにしがみつくんじゃないかと勘繰ってしまうのだ。

 似たような話というわけでもないが、AIに関する論調にも、なんだか不思議な感覚を得ることがある。
 最近よく読む記事の論調の一つが、「もうAIは人間を追い越した」と言うものだ。将棋はとうの昔に、囲碁も今となっては人間は、勝てない。クイズの答えはAIには敵わない。問題を聞いて、解析して、最適解を見つけ、解答を生成しても、AI処理の方が早い。クリエイティブな分野だって、AIが人間に追いついてきた。普通の小説や絵なら、AIが生成したものと人間が生み出したものに違いはない。
 でも思うのだ、それってホント?

 そもそも、将棋のような「ゲーム」は、絶対的な解を見つけ出すのが目的なわけではない。人間の脳という限界のある世界の中で、より良い方法を見つけて相手に勝つのを競っている。最近はコンピュータを相手に選べるようになっただけであって、元はと言えば、知人や駅前の将棋センターの愛好者と対戦して楽しむものだ。人間の処理能力には限界があるから成り立っている。そりゃAIで学習してものすごい演算量を使った方が強いに決まっている。
 AIは、馬鹿げた演算量を使ってそうしたやり方を見つけることが出来るから強いのであって、AIが人間より優れているわけではない。ルールに、座布団に座って食事もして、感想戦までするようなことも含めたら、まだそこまで出来るAIは存在しないし、そもそも、
「えーっ、そんな手を思いついたの?」
と驚くのは、相手が人間だからである。AIなら当たり前かもしれない。
 人間の限界を試しているからこそ面白いのだ。

 いや、アートは別だろう、そんな話もある。普通の人には思い付かないような絵を出力してくるじゃないかと。
 いや、絵だってノウハウの塊だ。それを表現したいものに注ぎ込む。まるで写真みたいなリアルな絵を表現したいこともあれば、人間が腕を広げて空を飛ぶ空想を表現したいこともある。心の奥のモヤモヤしたものを繰り返しパターンの抽象画で表現したいこともあるだろう。それは、人間の脳という限界のある世界の中で、より良い表現を見つけて形にするということだ。
 これも人間の脳には限界があるから、それを超えるような表現をしたものに驚かされているのだ。一人の生身の人間ではできないほどのテクニックを知っているAIが、誰かが作り出したあなたの知らない表現方法を使って表現すれば、それは驚かされるに決まっている。
 人間の限界を超えたところにある表現をしているから驚かされるのだ。

 AIを使って、今までできなかったことができるようになる。それは、人間の脳では限界がある処理能力を使うということでもある。つまり、AIが人間を追い越したのではなく、人間の脳の処理能力を超えた演算を行う方法を人間が思いついたのである。
 そうした区別をしないAI技術者がたくさんいる。
 彼らは分かっている。

 AIが人間を超える時が来たと言う方が、分かりやすく、かつ、お金になると。