
今とはさっきまでの時間とこれからの時間の間に挟まれた隙間時間でもなければ、昨日と明日の間を過ごす今日から切り出された移り行く時間でもない。それは次の時を過ごすために過去となった時を振り返って準備している動き。止まらずに動いているから今という瞬間は捉えることも叶わないたった0の時間。その今の間隙に落ち込んでいく自分の居場所はどこにあるのか。そんな事を考えながら満員電車の吊り革を頼る。都会は今が多すぎる。
capturing in prose
今とはさっきまでの時間とこれからの時間の間に挟まれた隙間時間でもなければ、昨日と明日の間を過ごす今日から切り出された移り行く時間でもない。それは次の時を過ごすために過去となった時を振り返って準備している動き。止まらずに動いているから今という瞬間は捉えることも叶わないたった0の時間。その今の間隙に落ち込んでいく自分の居場所はどこにあるのか。そんな事を考えながら満員電車の吊り革を頼る。都会は今が多すぎる。
期待するように透明に輝くわけでもなく、
深緑に沈んだ底には何かを隠しているようで落ち着かないその水は、
長年にわたって内陸の街の物流を支えてきた
流れようとしない川の生命の一部であって、
その傍らを歩く人はただその表面だけを見てきた。
生きるためのしがらみを取り去るために、
延々と続く恒例行事となった夏の休暇という時間を運ぶ運河として、
今となっては誰ひとり興味など持っていない水の行方を
誰ひとり興味を持っていない誰かが管理する。
それでも深呼吸をするただそれだけのために歩き続ける。
携帯電話という道標にしがみつきながら。
肩から前に抱え込んだ通勤用のナイロンバッグが、
ウェブを虚ろに眺めながら空白の時間を埋めようと忙しく指を動かす右隣の腕をかすめ、
聞こえもしない小さな抗議を思い出したように身を縮めては、
ありもしないスマートフォンの向こう側に知らんぷりして逃げ帰る。
誰もが匿名である事を主張するIDは、
通りすぎるだけのダミー人形。
通勤電車の軋む金属音に顔をあげれば、
ガラスの向こう側に虚ろな目。
急ぎ目をそらす夜。
あまり支持されなかった前回を微修正してみたものの、むしろ中途半端に自分のスタイルになってしまったようで、少々歯がゆい。やっぱり文章は書き続けないと質が低下する。あまり得意でない写真でごまかす次第。その写真は本題とは無関係である。多分、恐らくは。
どこにでもある角ばった自動販売機に
冷えることを諦めたような省エネ冷房と
ベタつく背中で対峙しながら、
曖昧に冷やされたボトルを探して
狭い通路に体を捻曲げ
お茶と炭酸ばかりの無言の主張にため息をつく。
とかく窮屈なのは、
伸びするのもままならない程に詰め込まれた空間のせいか、
それとも喉の渇きを癒すことも忘れたプラスチックのサンプルのせいか。
仕事の染み込んだ机を離れてゆっくりと飲み物を選ぶ時間は、遠い贅沢。
その赤い自動販売機の隙間で体を斜めにしながら
コインを入れようと手を伸ばし、
「アホはここに」と不愉快なメッセージに動きを止める。
小さな悪態をつき、
まもなく折れ曲がって見えなくなった「ス」の文字を見つけ、
「スマホはここに」だったと
再び冷たいLEDを見上げる。
いつもと違うスタイルで書こうとすれば、どうしてもぎこちなくなる。文章を書くことにも他と同じように癖があって、そのスタイルを変えようとしても簡単なことではない。ましてその文体に隠れる思想まで変えようとすれば、沈黙するか、投げ出すか、あるいはお茶を濁すか、そんなところが関の山である。パスティーシュの名手とはよほどの力量と見た。ここではそんな大それたことは考えていない。ただ、書き始めた時に、ちょっといつもと違うニュアンスを感じ、少しばかり変えたくなったのだ。
ゆっくりと漂うコーヒーの微かに甘い香りを今日ときっぱりと切り分ける冷え切った歩道を、今日に無関心な爪先を靄のかかったような曖昧な黒革で締め付ける紐靴で急ぐ朝。踏み降ろす爪先の1ミリ下で、整然と敷き詰められた灰色の四角いコンクリートブロックの隙間が不安に震え、昨日の埃っぽい倉庫で単調に動き続けた右腕に後生大事に抱える赤茶色のバッグを持ち直す。
すれ違う空色のジョガーパンツを身につけたポニーテールの誰かは今日の汗をかくにはまだ早く、いつもの変わらないピンク色のクルーネックのシャツはアイロンのかかった几帳面さで飛び去って、静かに甘い化合物だけが行き場を失う。どこにでもあるくすんだ青に誰かが塗りたくったごみ収集車は金属をかき回すディーゼルエンジンの音を裏通りに乱反射させ、無関心なヌイグルミ色の猫が反響する音の合間をゆっくりと通り抜ける。誰もが自分の時を急ぐ冷たい朝。
遠く駅の階段は今日を拒むように灰色のネクタイにつながれた人々を吐き出し、黒カバンを抱えた誰かを何事もなかったように平然と飲み込み続ける。不動産会社の無意味な文字を埋め込んだポケットティッシュを左手で探りあて、右手はバッグの底で捻じ曲がる。
1時間後には忘れ去られる紺色の場違いなブレザーが、だらしなく折れ曲がった紙袋をまさぐり、昨日と何も違いのないポケットティッシュを引っ張りだす。そのポケットティッシュを奪うように受け取ってカバンにしまい込むサラリーマンと、小走りにブレザーの男の横をすり抜けながらティッシュと空っぽのペットボトルを生垣に投げ込む高校生と、遠い猫の鳴き声。
誰もがなんの日だったかを忘れた昨日をなんでもない今日と隔て、春になってから7番目の大型客船が桟橋に横付けされた朝。一所懸命やって夢破れた誰かと微かなチャンスを掴みとった誰かが、どこでもない日常をすれ違う朝。