Bonne journée, Photo

つきとうみ

星の重みから背骨をよじって逃げ出す前に
森の冷気にシワクチャの頭を捻り込む
とこ とこ みち
ある きと ころ
ねこ とこ とり
うんが みちそ ぞろあるき
東の大陸を流れゆく時代に
赤い果実から転げ出た種よりも重い空
みち とこ とり
きみ とひ とり
こと りと ねこ
うんが みちふ たりあるき
西の大海を遥かに見晴らし
くじらのため息よりも深く長く漂う小舟

ネコトコトリの作詩中に書きかけたものだが、こちらはもっと気に入らなかったので、少し冷却期間を置いてみた。読み返せば捨て去るほどは悪くない。

Bonne journée, Photo

ネコトコトリ

夏の市街地の地図よりも深く
黒猫の足音ほどに赤みがかった踵の釘
トコ ト
トコ トコ ネコ
トコ トリ トコ ネコ トコト
コリ ネコ トコ トリ
重苦しい南風に連れ去られまいと
青い小石にしがみつく栃の実色の飾り羽
ンツ ンツ
ナツ デニム ウミ
ウミ ナツデ ニムニム
クロ ニム ナツ デニムニ ムクロ
冬の幹の隙間よりも空虚に
小鳥の囀りほどに青みがかった朽ちた種
コト コ
トコ ネコ ト
コトリ トネコ トコト
リネコ トコト
凍らない雨に流されまいと
キンとした針金に絡め取られる土色の骨
チク チタ
ハニ コオル ツチ
クチ タハ チクチ
コドウ コオル クチタ ダイチ
茫々と沈む冬の海図より重く
猫の瞳に写る小鳥ほどに黙した息

正直に言えば思ったほどの音が響かない。だからここに公開するにはかなり手直しが必要かとも思ったが、習作としての成果は十分にあったと感じないでもない。厳しいコメントも歓迎である。ただ、出来がどうであれ、ひとつだけ必ず記しておかなければならないことがある。このタイトルは、paprica.doodle さんのハッシュタグが起点となっている。元の意図とはまるで違ってはいるだろうが、ご容赦願いたい。

Photo

frosted foot

重たくなった右足を前に出そうと靴紐を見上げ
昨日の湿り気に固定された左足を置き去りにして
誰からも小さく目立たないように
夜の間に硬くなった酸素を拾い上げる。
無数に小石が噛んだ茶色のソールの下で
凍った朝からようやく息を吹き返した冬草が
声を上げることも知らずに折れ曲がる。
朝霜を分けて今日を始めるために持ち上げる右足に
それを下ろすための道は待つことをしない。

Bonne journée, Photo

Autumn

秋を覗き込む
シャツの裾を整え
カリッとした他人事のような冷たい空気と
少しばかり気怠さの残る暖かな空気との境界を正し
そこにある秋を覗き込む
マスクにくぐもる無言の声と
遠く広がる騒々しいカササギの声との隙間を探し
所々に不意に現れた秋を
気づかれないようにそっと覗き込む

まだ夏だと思っていたのに急に秋を感じることもあれば、もう秋本番だと思っていたのに急にTシャツが欲しくなることもあるのが秋の定義なのだろう。ただ、今年は汗をかかない夏だったなとふと思うのである。もう少し夏に暑さを感じられたのなら、秋の楽しさだってもっとあったろうにと。

Bonne journée, Cross Cultural

Sound of rain drops

201811-201

誰もがもう終わりだと言い出せないまま降り続く雨と
誰かが決心しないまますれ違い続けるいつもの朝とが
誰もが思い出そうとしない街の時計を動かし続ける

束の間の晴れ間に昨日まであった日陰を探す自分と
青くなった膝に張り付く湿った昨日を思い出す僕とが
前を歩く誰でもない誰かを追う私を動かし続ける

あなたが次に向かおうと歩き出した水溜りの歩道と
あなたが気にも留めない青色の驟雨を足急ぐ赤い傘とが
あなたに誰かが譲る道の向こうで私を待つ今日を動かし続ける

Bonne journée, Photo

虚ろな目

201807-111

肩から前に抱え込んだ通勤用のナイロンバッグが、
ウェブを虚ろに眺めながら空白の時間を埋めようと忙しく指を動かす右隣の腕をかすめ、
聞こえもしない小さな抗議を思い出したように身を縮めては、
ありもしないスマートフォンの向こう側に知らんぷりして逃げ帰る。
誰もが匿名である事を主張するIDは、
通りすぎるだけのダミー人形。
通勤電車の軋む金属音に顔をあげれば、
ガラスの向こう側に虚ろな目。
急ぎ目をそらす夜。

あまり支持されなかった前回を微修正してみたものの、むしろ中途半端に自分のスタイルになってしまったようで、少々歯がゆい。やっぱり文章は書き続けないと質が低下する。あまり得意でない写真でごまかす次第。その写真は本題とは無関係である。多分、恐らくは。

Bonne journée, Photo

夏汗

201806-411

どこにでもある角ばった自動販売機に
冷えることを諦めたような省エネ冷房と
ベタつく背中で対峙しながら、
曖昧に冷やされたボトルを探して
狭い通路に体を捻曲げ
お茶と炭酸ばかりの無言の主張にため息をつく。

とかく窮屈なのは、
伸びするのもままならない程に詰め込まれた空間のせいか、
それとも喉の渇きを癒すことも忘れたプラスチックのサンプルのせいか。
仕事の染み込んだ机を離れてゆっくりと飲み物を選ぶ時間は、遠い贅沢。
その赤い自動販売機の隙間で体を斜めにしながら
コインを入れようと手を伸ばし、
「アホはここに」と不愉快なメッセージに動きを止める。
小さな悪態をつき、
まもなく折れ曲がって見えなくなった「ス」の文字を見つけ、
「スマホはここに」だったと
再び冷たいLEDを見上げる。

いつもと違うスタイルで書こうとすれば、どうしてもぎこちなくなる。文章を書くことにも他と同じように癖があって、そのスタイルを変えようとしても簡単なことではない。ましてその文体に隠れる思想まで変えようとすれば、沈黙するか、投げ出すか、あるいはお茶を濁すか、そんなところが関の山である。パスティーシュの名手とはよほどの力量と見た。ここではそんな大それたことは考えていない。ただ、書き始めた時に、ちょっといつもと違うニュアンスを感じ、少しばかり変えたくなったのだ。