
無数の歯車がガタガタと時を動かす昼間の時間が立ち止まる音を立てるようにリュウキュウアカショウビンがキロロロと声を響かせ、日の沈んだ後の漆黒の湿気がスッと溶け落ちる様にヤエヤマヒメボタルがつぼみのような光を揺らし始めるうりずんの頃、月桃のオレンジ色に輝く花がうつむきながら開き始める。それが八重山の一番良い季節らしい。暑過ぎず過ごしやすい季節だからと伝えるガイドブックも、天気がぐずつきやすい冬が終わり台風の時期にはまだ早いからと説明するWebサイトもその通りだが、何よりも静かでエメラルド色に染まる海と頭のてっぺんからつま先まで照らす太陽がそこにあるからでもある。
何度か沖縄を訪れたことがあるというのに、季節のことなどまともに考えたことなどなかった。少なくとも数日を過ごすことのできる休暇といつもより幾分多くかかる費用とを算段して日程が決まり、それからその季節はどうなんだろうと考える。ホテルのとれたこの日あたりは西風が寒くないかな?この頃はそろそろ台風の季節だよね。もうパイナップルは終わりかも。いつも順番が逆なのだ。こんな季節に行きたいなんて計画するのは簡単ではない。
そもそも沖縄本島と八重山諸島の区別だってあやしいものだ。那覇から400kmも離れた石垣島に行くというのに、那覇は明後日から雨らしいなんて会話をしていたりもする。八重山諸島はそれほど日常を過ごす横浜から遠く離れた場所なのだ。楽園とは現実から遠いもの。たとえそこに生活する人が様々な現実に直面していようとも。
ベタベタと首の周りにまとわりつく海風と月桃色に染まった島陰とが曖昧につながって、やがて島の深緑の土に染み込んでいく夕暮れ。旅人は日常を忘れ、世話をやいてくれる島の人たちを頼って一日を終えようとする。美しい季節にここにいられて良かったと、独言るのは都会の慣わし。明日を生きる術。
