Cross Cultural

パンとサーカス


 ちょっと小難しい話になりかねないので、迷ったのだが今日は、「パンとサーカス」の話。

 記憶によれば、ローマ帝国の重要な施策のひとつに「パンとサーカス」が挙げられる。
 パンとは文字通り食事のパンであり、ローマ市民であれば一定の生活保障として小麦が配給されたという。小麦はアフリカの肥沃な土地から地中海を渡って運ばれ、そのため、地中海を内海とすることはローマ帝国にとって極めて重大なことであった。
 一方、サーカスは娯楽であり、皇帝はもちろん、有力者はこの娯楽を市民に提供することで統治していた。これにより、欲求の捌け口は、自然と帝国よりも娯楽に向いた。

 そう習ったような気がしている。でも、調べてみたら、一世紀の詩人ユウェナリスのかいた世相批判の詩の言葉らしい。Wikiで見たら、

anxius optat,
panem et circenses

という言葉が書かれていた。ラテン語なのだろうが、こんな時に英語やフランス語の知識が役にたつ。anxiusは多分anxieux(仏)やanxiety(英)の語源で「不安」、optatは自信がないが「切望する」、panemは「パンを」、circensesは「サーカスを」なのだろう。
 ここで言うサーカスは、cirque (仏)やcircus(英)の語源の円形競技場のことで、日本語のサーカスとは少し意味合いが違う。どちらかというと、レースなどを行うサーキットの方が意味が近い。

 「不安げにパンと円形競技場の娯楽を切望する」といった意味合いのようである。何だか習ったこととズレがあって、自分の記憶や知識にそれこそ不安をおぼえてしまう。言葉なんて、時代と共に変化するもの。だからサーカスの意味が違っていても何ら驚きはないが、施策としての「パンとサーカス」は、どうやら公共福祉ではないと理解し始めると、知識も怪しくなる。

 つまり、「パンとサーカス」は、福祉政策ではなく、富裕層の犯罪者などから取り上げた私財を再分配した皇帝の恩寵であり、サステナブルであるために広大な穀倉地帯が必要であって、一度資金繰や土地の確保の問題が出てくると破綻しかねない政策でもあったらしい。
 その上、無産階級と訳されるプロレタリアートは、まさに「パンとサーカス」の時代に生まれた階層であって、「パンとサーカス」に頼って資産(主には土地)を持たない人々のことなんて書いてある。

 うーん、西洋史をしっかり理解している人がどれほどいるのか。自分は学校で何を学んだのだろう。

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(Floral) Friday Fragments #287


 地球が属する太陽系は、天の川銀河の腕のひとつにあって、天の川銀河は、おとめ座銀河団のはずれにある。もはや何を言っているのか分からないレベルでスケールが大きい。そもそも住んでいる場所を俯瞰してみるには、高い位置からドローンで見るなどしなければならないように、天の川銀河を高い位置から観測しなければ、どんな風になっているかは計算でしか分からない。

 それでも、似たような形状の銀河を見て想像することはできる。かみのけ座銀河団はよく知られた銀河団で、きっとかみのけ座銀河団に属する銀河の中の星から地球の属するおとめ座銀河団を観測すると、こんな感じに見えるのかなあなんて思う。

 何でそんなことを書いているのかと言えば、上の写真を見ながら銀河団を想像したからである。物理的な理由も何もかも異なるものであるとは言え、自然の造形などさして違いはない。この花をじっと見ていると、そのうち銀河を構成する星が見えてきそうな気がするのだ。

 ん?かみのけ座銀河団がどんなものか知りたい?星好きでもない限り、退屈ですよ。
 検索リンクを貼っておきます。

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Vacances

 知人のほとんどがバカンス中だった。連絡しても返事が返ってこないと分かっているから、普通は連絡も入れないが、仕事の方は締切もあるから仕方なくメールしたりする。すると、即座に返事が返ってくる。曰く、「ただいまバカンス中です。戻り次第ご連絡差し上げます。」はいはい、分かっていますよ。自動応答である。

Most of my French colleagues and friends have been on vacation. I usually don’t bother contacting them because I know I won’t get a reply, but I have to send emails for work because of deadlines. And I get an immediate reply: “I’m currently on vacation. I’ll contact you as soon as I’m back.” Yeah, yeah, I know. It’s an automated response.

 まあ、文化の違いでもあり、気候の違いでもある。お盆に田舎に帰るといったことはあっても、3週間も避暑するわけにもいかない。ぼんやり船にでも乗って海風を感じ、戻ってきたら皆んなでパレ(写真のボードと鉄の丸い道具を使うペタンクみたいな遊び)でもするか、なんて思いもしない。何しろ暑いのだ。冷房の効いた部屋で過ごすか、せいぜい馬鹿高い高原のリゾートで過ごすか。

Well, it’s a difference in culture, and a difference in climate. While I might go back to my hometown for Obon (a kind of summer festival), I can’t exactly escape the heat for three weeks. I don’t even think about taking a leisurely boat ride, feeling the sea breeze, and then having a board game with everyone when I get back. It’s just too hot. I either stay in an air-conditioned room, or at best, at a ridiculously expensive highland resort.

 せめてイメージだけでもバカンスのつもりになって、温泉のある高原のホテルの写真を見ていたら、冬にでも温泉でのんびりするのも良いなあなんて考えた。でも、実は温泉が苦手なのだ。熱いお湯だとのぼせてしまう。子供の頃に、倒れたこともある。それでWeb上で湯あたりを調べてみたら、冷たい水で絞ったタオルを頭に乗せろという。おや、タオルを湯船につけてはいけないから頭に乗せているのかと思ったが、他の意味合いもあったのか。いや、そのくらい滅多に温泉には行かないのだ。

To at least get into the mood for a vacation, I looked at pictures of a hotel in a highland area with hot springs, and thought how nice it would be to relax in a hot spring in winter. But actually, I don’t like hot springs. Hot water makes me dizzy. I even fainted once when I was a child. So I looked it up online and it said to put a towel wrung out in cold water on your head. Oh, I thought that was because you’re not supposed to put the towel in the bath (note: It’s like a Japanese hot spring etiquette, something necessary to keep the hot spring water clean. It’s one of those things like washing your body before getting into the bath, not wearing a swimsuit, not staring at other people, but enjoying conversation.), but there is another reason. That’s how rarely I go to hot springs.

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(Floral) Friday Fragments #286


 猛暑日が普通になって、最高気温が32度くらいだと涼しいような気がするのは、感覚がおかしくなっているのだ。そんな会話をしていたら、案外気温が下がってきた。夏だって昔から涼しい日もあったのだ。これが普通だ。でも、寝苦しいことには変わりはないらしい。むしろ、曇った日が続くと、湿気がまとわりついて、この枕木みたいに朽ちそうな気分になる。

 最近、ふとしたことから温泉の記事を調べていて、頭に乗せるタオル(昔だったら手拭い)の意味が他にもあったことを知った。ある程度の年齢になっても、案外、知らないことも多い。それは、時代が変わって不要になったとか、習慣が変わったとか、そんなことも背景にあるのだろう。TV番組で蚊帳(かや)の話が出てきて、そういえば最近は見ないなあと思ったが、確かにこれほど網戸が普及したら蚊帳も必要ないのだろうななんて改めて考えたりする。だったら、頭に乗せたタオルの意味合いだって、違ってくるのだろう。

 で、ふと思ったのだ。網戸のない、蚊帳を吊った宿なんて面白いんじゃないかと。もちろん防犯上の課題はあるだろうが、外から入れないような作りの宿なら、雨戸を開けて蚊帳で寝る宿なんて、ワイルドで良さそうだ。テントで寝るより面白そうな気がしないでもない。ん?そもそも蚊帳が売っていないか?きっとそんなことはない。ニーズは減っても生産はしているに違いない。

 この記事を書いているうちに蚊取り線香の匂いがしてきた。もちろん、頭が勝手にそう感じているだけで、蚊取り線香の煙が漂っているわけでもない。でも、それは子供の頃に、蚊取り線香を焚いて蚊帳の中で眠った微かな記憶にも関連するに違いない。あの時すでにクラシカルなものだったのだから、今はどうなのだろう。

 SNSで蚊帳とか銭湯の手拭いとかのポストを見ても、今や昔話であったり昭和レトロ的文脈のものばかりで、さすがにもう普通に使われているようなポストは多くなさそうだ。それどころか、男性更衣室に女性の清掃員が入ってきたというポストに、結構な数のけしからんというコメントが付いていて、確かにコンプライアンスなんて視点もあるよななんて考えた。でも、20年くらい前までは、清掃員の方はサッカーのレフリーと同じ。石として扱ったような時代だった。いや、その当時もけしからんことだったが、これほど叩かれる話でもなかった。

 そう考えると、蚊帳だけの部屋なんて、今や成り立たないような気がしてきた。でもなあ、何だか面白そうな気がするのだ。古民家でも改造して、周囲に人が入れないように塀を作って、五右衛門風呂に蚊帳の部屋なんてだめかなあ。利益出ないか。

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podcast


 先日、毎日のように聞いているPodcastが過去一年のまとめというのを出力してくれるというので、試してみた。分かっていた事だが、普段聞いている音楽の90%がジャズ、8%がラテン、2%がクラシックだそうだ。たまにはロックも聴いている気がするするが、このPodcastではほとんど聞いていないという事なのだろう。

 このPodcast以外も含めた実感としては、6割ジャズ、2割ラテン、1割がクラシック、残った1割がその他という感じだから、分析は外れているわけでもなさそうだ。車を運転する時はFMラジオなので、それまで含めたら、J-POPだってそこそこ割合が高いのだろうが、選んでJ-POPを聞いているわけでもないから、好みという点では実に正しい。恐ろしいものである。そんなところまで個人情報が収集されているというわけだ。

 この個人情報を使ってお勧めされるのは、別な番組であって、間接的にオンラインやCDの音楽の売り上げにつながるのだろうが、たいして害はない。これがGoogleなら山ほど広告が出てきて辟易させられることになるのかもしれない。

 もう、Google検索はほとんど使っていないが、広告は避けようもないし、税金みたいなものだと諦めもついた。せめて、もっと怪しいYahoo!だけでも避けておこうとしてはいるが、当たり前のようにLINEの連絡とPayPayの支払いを要請されるので、困っている。

 ところで、日本のPodcastは音楽を聴かせてくれるものが少ない。どうやら日本の場合は著作権関連の管理が曖昧なケースが多いというのが理由だと聞くが、そうなのだろうか。確かに日本のテレビ番組が海外で放送できないのは、権利関係が解決できないからだという話はあった。でも、今どき、日本国内に限定していても生き残れないのだから、権利関係くらいクリーンにしても良さそうなものだが…。