Cross Cultural, Photo

Hiver, Winter, Fuyu

薄曇りを晴れと言い小雨が時々降る程度なら曇りと言う、そんなフランスの隅っこの街で過ごす冬はもう来ないだろうと思ってからまた1年。何故かと自問するよりも、やっぱりそうかと諦めるような気持ちで再び冬が過ぎていく。ここでの生活に憧れたわけでもこの街を観光したいわけでもなく、異文化が面白いという以外には、淡々と仕事をこなすために日々を過ごしている。今年の夏には再び横浜に引っ越そうと思いながら、どこか現実味がないのは仕事にもはや興味を失っているということなのだろう。区切りが付いたかなと、他人事のように自分に問いかける日々である。

上の写真は雨上がりの暗い川を面白がって古臭いレンズで撮ってみたものです。
朝のひとときだけはCOVID-19のおかげで案外静かな街が、雨でますます静かになったような気がしていますが、実際には午後にはワクチンパス反対のデモが大騒ぎを繰り返し、夜になれば犬を連れたホームレスやアルコールを抱えた浮浪者が大声を出すのが常になりました。
さすがに1日あたり50万人の新規感染者と聞くと、散歩したりしながらぼーっと過ごすのも難しく、カメラを持ち出す機会も減り、楽しい話題がないのが申し訳なく思っています。でも、動きも音もない写真はこんな時には面白いかもしれません。
タイトルのHiverはフランス語の冬です。漢字の冬が遠くならないように、日本の冬の味覚でも何か探そうかな。

Bonne journée, Cross Cultural

屋根のある場所

今日は少し楽しくない話題を含みます。読みたくなければ無視してください。

クリスマスが近づいてくると、なんだかソワソワとして落ち着かない気配が漂ってくる。おそらくは寒くなってきたという事なのだろう。屋根を持たない人にとっては厳しい季節がやってきた。ショッピングモールの地下駐車場は、駐車場の中こそ整備されているが、すぐ隣の搬入通路にはテントや毛布が散乱し、明らかに人の住む気配がしている。雨風が避けられる小さな空間は、貴重な場所となる。

あまり楽しい話ではないが、SDFとフランス語で言う家のない人は、非常に多い。フランスのSDFは100万人とも200万人とも言われ、政府は就農支援などの様々な方法で対応を続けている。人口6000万人の国である。2%以上もいると言う状況はかなり厳しいと言わざるをえない。とは言え、SDFの定義は日本とは少し違う。簡易施設などで過ごす明確な定住とは言えない人は全てSDFである。全く路上のみで過ごす人となると数十万人と言われている。日本は5千人程度なので、比較すればもちろんフランスの方がずっと多いのだが、単純に比較してはいけない。調査基準が違えば結果も異なる。

このSDFに対して、フランス社会は案外優しい。ごく普通の人がごく普通に挨拶をし、時に少なからず小銭を渡す。その優しさを逆手にとって、他人に小銭をせびって旅行する若者が増えたのが社会問題になったほどである。だから「あぁ、あの人、今日もここに来てるよ。元気でよかった。」と言う不思議な状況も生まれてくる。残念ながらマクロンが約束したように路上生活者が0ということにはなっていないが、それなりの支援が行われてはいる。

ただ、この状況である。COVID-19の新規感染者は増減を繰り返し、ロックダウンともなれば支援が届きにくくなる。上の写真はおそらくマルタ騎士団の支援活動だが、こうした支援がどうしても必要なのだろう。(GDPR法や肖像権の関係から少し見にくい写真となっています。ご容赦ください。)

Bonne journée, Cross Cultural

Winter time

10月の終わり、EU最後の夏時間が終わりを告げた。もうサマータイムのために時計の針を進めることはない。多くの調査が夏時間に否定的な世論を示し、オイルショック以降は継続して半世紀にわたって長く続いた伝統を維持することはEU政府にとって難しくなったということだ。ただ、世間一般が必ずしも夏時間を設定することに否定的だったわけでもない。調査にもよるが20%くらいの人は夏時間に意味を見出していたようでもあるし、メリットもデメリットも特段大きかったというものでもない。皆が気にしていたのは、時計をずらす事への抵抗感といった小さなことの積み上げでしかない。

iPhoneの天気は2時が2回ある

実は、正確に言えば、EUのサマータイムの制度が終わったのであって、本当にサマータイムが適用されないのかどうかはっきりしないという話もある。EU政府としては廃止したが、各国政府がどうするかはそれぞれの国の判断である。ITシステムを変更しなければならないとか、パンデミックの状況下で余計な検討はしていられないとか、そんな話も聞こえてくる。確かに10月最後の日曜日となる31日の深夜3:00に時計を1時間戻せば、それは深夜2:00が2回来るということなのか、それとも深夜3時が2回来るということなのか、考え出すとキリがない。スマフォに任せておけば良いというわけにもいかないわけで、そんな面倒なことをやってきたEUが各国に任せるなどと言いだせば、混乱に拍車をかけることになる。

それでもきっと次のサマータイムはやってこないのだろう。

今朝は霜で真っ白

冬時間に移行してもっとも助かるのは、個人的には朝の明るさである。11月ともなれば8時にならないと明るくならないのがフランス西部である。ヨーロッパ標準時はドイツあたりに中心があるからスペインを含めて西側は朝が遅い。まだ10月の終わりだというのに、夏時間では9時近くまで明るさがない。11月に入って1時間時計が戻ると朝は少しホッとする。冬なのである。11月は暖かな日も多いが、それでも上がっても15度というこのあたりは、11月に入ってクリスマスの飾り付けが始まると一気に冬になる。今朝は氷点下2度。マイナスの気温ともなれば、誰もがダウンを着て手袋もする。

サマータイムが終わっただけで一気に冬になるのはどうにかならないものか。

Bonne journée, Cross Cultural

土曜の午後に

日常が戻ってきた。
安っぽいスピーカーから流れるフレンチカリビアンも、繁華街の片隅にある公共施設の前で誰かを祝う拍手も、遠くの通りを行くデモ隊のアジテーションも、幾重にも重なり合いながら、エアコンディショナーのコンプレッサーのハム音のように不思議と誰も気にしない通奏音となっていく。やがて、錆びた金属のような喧騒が唐突に終われば、カモメの甲高い声と外のテーブルを挟むおしゃべりが、自分たちが次の主役だと言わんばかりに主張を始め、次の仕事を待つ配達員がスマフォを取り出して誰でもない誰かに何かを話す。9月の土曜日がやってきた。

衛生パスを案内するレストラン

あまりCOVID-19のことなど気にならなくなって来たのかもしれない。フランスでは相変わらず検査の列もできているし、衛生パスが無ければ入れない場所もある。レストランは丁寧に衛生パスをチェックしているし、店舗の上限人数も入り口にしっかりと書かれて一定のルールは守られている。それでも外でマスクをしている人もだいぶ少なくなって、一時期のような閑散とした街はもうない。2年前は催涙弾が飛び交うような黄色いベスト運動のデモが盛んだったから、衛生パス反対デモの明るく華やかな様子を見ていれば、むしろずっと以前の生活が戻ったようにすら錯覚しなくもない。普通に買い物を楽しみ、レストランで食事を取りながら楽しいおしゃべりもする。前保険相に対する予備審まで始まって、コロナは過去の事だったのかと思いたくもなる。容疑は人々の命をコロナの危険に晒したという事らしい。当時、フランスは遠い東洋の話だったのだ。

だが、実際のところはだいぶ違う。相変わらず1万人の新規感染者が毎日記録され、国庫は火の車だ。フランスのやり方が決して理想的なわけではない。世界で最も厳しいと言われたロックダウンもすれば、衛生パスを使った生活の制限もしながら、感染者数は相変わらず多いままだ。

それでもフランスから学べることもある。衛生パスのアプリを見れば、ワクチン接種者と非接種者の陽性率や重症化率、入院のベッド占有率や主要な変異株の比率など、さまざまな数字が客観的に示され、施策には基準が伴う。ほぼ全ての店舗には入れる人数の上限値がしっかり大きく書いてあるし、検査もワクチンも全てQRコードで管理できるようになっている。家の掃除や語学レッスンのような個人の契約ですら、たとえ一人しか雇っていない場合であっても、国が費用を負担するから契約の解除はしないようにと念押しのメールまでしてくる国である。日本では「もうやれることが少なくなった」と誰かが言っていたようだが、きっとまだまだやれることがある。できない理由よりもできる理由を探すべきなのだろう。

衛生パスの反対デモは、少しずつだが規模が小さくなってきたらしい。気をつけなければならないのは、これがワクチン反対デモではないという事だ。自由を愛する国である。衛生パスで縛られることに反対しているのだ。生粋のフランス人の知人に言わせれば「あいつらはバカなんだ」の一言なのだが、そうやって自由を主張する人々を見ていると、やっぱり日常が戻ってきたのだなと感じるわけである。

Bonne journée, Cross Cultural

autumn

8月の終わりといえば夏休みの終わりだと思っていたのは一体いつのことだったろうと、少し感傷的な気分になるのが8月の終わりでもある。学生の頃はといえば既に2学期制で夏休みも曖昧だったし、今は日本を離れて夏休みの感覚もない。誰もがバカンスに行く夏は、風通しの良い部屋で宿題をやったり、焼けるような暑さの中をプールに通う夏休みとは少し違って、日常を離れて過ごす特別な日々なのだろう。「夏休み」という日本語とは少し違う。

スーパーに行けば、一番目立つところにあったバーベキューセットはどこへやら。真っ先に目に飛び込んでくるのは新入生セールの通学バッグや文房具ばかりで、これでもかと山積みになっている。残り少なくなったノートを買い足すなら安くて良い時期だからちゃっかり利用させてもらっているが、夏休みが終わって残暑の新学期が始まる感覚はない。

公園を歩けばドングリが無数になって枝先が下がり、そんなものはまだ美味しくないと言わんばかりにリスは別な木に登っていく。もう秋なのだ。朝は10度しかないから上着がないといられないし、午後も20度程度で半袖だと少し肌寒い。あとひと月もすれば、冷たい雨の10月がやってくる。少しばかり麦わら帽子の似合う夏休みが欲しいと思う8月の終わりである。

Bonne journée, Cross Cultural

Fête nationale du 14 juillet

日本語だと「革命記念日」とか「パリ祭」であるし、英語なら”Bastille Day”(バスティーユ牢獄襲撃日)なのだが、フランスは単に «Le Quatorze Juillet»(7月14日)と言う。アメリカで独立記念日を日付で言うのとも似ているが、「フランス国祭の7月14日」とは言っても、「フランス国祭」とは言わない。

前夜となる7/13の深夜は年越しイベントのように花火がうるさくて眠れなかったし(GoogleですらDoodleをクリックすると花火が上がる)、恒例のシャンゼリゼの軍事パレードもあっていつもと変わらないようにも見えるが、イベントはいくつも中止されたようだ。パリから遠く離れたブルターニュでも戦闘機が低空で通り抜けたりしたものだが、それも今年は気づかなかった。そもそもフランスでワクチンが義務化されるなど、誰が予想しただろう。義務は医療従事者だけとはいえ、レストランの従業員もワクチンパスポートが必要となれば実質的には同じことである。それだけフランスは追い詰められているという事でもある。

午後になってようやく日差しが戻った7月14日の夜が、いつもの静かな夜であることを願っている。

Cross Cultural, Photo

ragondin

ハナウドでも野良ニンジンでもなさそうなこの白い花は何だろうと覗き込む。もちろん知らないのだから覗き込んだところで答えはない。案外一年中咲いているフランス菊も流石に盛りは過ぎて、一面の白い花畑はもうないが、この水辺の白は勢いを増すばかりだ。記録メモとして写真を撮っておこうとカメラを高く持ち上げて。構図も関係なしにシャッターを切る。そんなことをしながらふと気がついた。水の中に体長50cmほどもあるネズミが泳いでいると。

おそらくはヌートリアだろう。フランスではラゴンダン(ragondin)という。カピパラとも似ているが、より小さく、顔立ちはよりネズミらしい風貌で、害獣指定されている。毛皮目的で飼われていたものが野生化してしまったというのが本当のところであって、本来は南米の動物だそうだ。日本にも西日本に野生化しているそうなので世界中に広がっているということなのだろう。

世界は急速に小さくなっている。