Bonne journée, Cross Cultural

Fête nationale du 14 juillet

日本語だと「革命記念日」とか「パリ祭」であるし、英語なら”Bastille Day”(バスティーユ牢獄襲撃日)なのだが、フランスは単に «Le Quatorze Juillet»(7月14日)と言う。アメリカで独立記念日を日付で言うのとも似ているが、「フランス国祭の7月14日」とは言っても、「フランス国祭」とは言わない。

前夜となる7/13の深夜は年越しイベントのように花火がうるさくて眠れなかったし(GoogleですらDoodleをクリックすると花火が上がる)、恒例のシャンゼリゼの軍事パレードもあっていつもと変わらないようにも見えるが、イベントはいくつも中止されたようだ。パリから遠く離れたブルターニュでも戦闘機が低空で通り抜けたりしたものだが、それも今年は気づかなかった。そもそもフランスでワクチンが義務化されるなど、誰が予想しただろう。義務は医療従事者だけとはいえ、レストランの従業員もワクチンパスポートが必要となれば実質的には同じことである。それだけフランスは追い詰められているという事でもある。

午後になってようやく日差しが戻った7月14日の夜が、いつもの静かな夜であることを願っている。

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ragondin

ハナウドでも野良ニンジンでもなさそうなこの白い花は何だろうと覗き込む。もちろん知らないのだから覗き込んだところで答えはない。案外一年中咲いているフランス菊も流石に盛りは過ぎて、一面の白い花畑はもうないが、この水辺の白は勢いを増すばかりだ。記録メモとして写真を撮っておこうとカメラを高く持ち上げて。構図も関係なしにシャッターを切る。そんなことをしながらふと気がついた。水の中に体長50cmほどもあるネズミが泳いでいると。

おそらくはヌートリアだろう。フランスではラゴンダン(ragondin)という。カピパラとも似ているが、より小さく、顔立ちはよりネズミらしい風貌で、害獣指定されている。毛皮目的で飼われていたものが野生化してしまったというのが本当のところであって、本来は南米の動物だそうだ。日本にも西日本に野生化しているそうなので世界中に広がっているということなのだろう。

世界は急速に小さくなっている。

Bonne journée, Cross Cultural

ブルターニュ

「パリはフランスとは違う。だから、マスクもしないたくさんの若者がセーヌ川のほとりでビールを楽しんでいるなどと、パリの事をフランスの事のように話さないでほしい。」
「ロンドンはEUではない。だから、パブでビールを飲むならマスクは要らないなどと、ロンドンの事をEUの事のように話さないでほしい。」

正直に言えば、そこまで直接的な言い方ではないかもしれないが、それでもこの2年ほどで何度か聞かされた話の一部ではある。パリに用事があってTGVの予約をすれば駅からはスリだらけのバスに乗るなと言い、EUのCOVID-19感染状況マップ上を見れば英国とスイスは真っ白のままでであれはEUじゃないからねと言う。

パリが安全ではないと言うのは、ある意味本当のことであって、仕方ない反応ではある。地方の道を歩いていて財布をすられることなど滅多にないが、その地方からパリに出かけた人の何人かは何かを経験している。白昼堂々身包み剥がされそうになったとか、携帯を奪われたとか、そんな類いである。日本人を含む外国人の話ではない。地方生まれ地方育ちの生粋のフランス人の話である。だから、フランスにはパリとフランスがあるなどと言いたくなるわけである。いや、単に田舎者と言うだけじゃないのかとは思わないわけでもないが、そこはそれ、礼儀というものもある。

だから地方の人がパリが嫌いかと言われれば、そんな事もない。確かに特段の用事もないのにわざわざ行くような場所ではないだろうが、むしろフランスの中でもパリは別物と思っているだけなのである。多少の偏見もあるだろうが、一人ではなく複数の知人が言うのだから特殊な話などではないはずである。あんな狭い家には住みたくないだとか、1時間も通勤電車に揺られるなんてごめんだとか、そんな感覚がおそらくパリに距離感を感じる理由なのだろう。

ただ、ブルターニュについて言えば、多少違った要素もあるにはある。ここで言うブルターニュとは、フランス北西端の行政単位としてのブルターニュ地域圏と言うより…

(続きはまた後日。)

Bonne journée, Cross Cultural

Supermarché

 まだ10時前だというのに、いつもの混雑した土曜日のハイパーマルシェが戻って来たようだった。駐車場の空きはどんどん埋まりつつあった。何かに追われているわけでもないだろうが、赤い髭を蓄えた忙しなく歩き回る中年男は、しかめっ面をしながら買い物カートに次々と食料を放り込み、赤いタイツのお年寄りは、黒カブをひとつひとつ品定めしてはため息をついた。COVID-19の感染状況はむしろ悪化していて、FMラジオからは定期的に注意を促すメッセージが流れてはいたが、スクールホリデーという理由にならない理由が街を慌ただしくしていた。まだ息が白い朝に家を出て混雑を避けたつもりだったが、周りを見渡せば巨大な買い物カートに食料品を満載にした人が右往左往し、陳列棚の隙間はさながらモナコ・グランプリのF1よろしく他人のカートを避けるように先を急ぐ人たちの無言のレースのようだった。

 人混みを避けながら、水にバターにコーヒー豆にトマトにとようやく買いたいものをカートに詰め込めば、次は支払い競争へと戦場は移行する。とは言っても、ずらりと並ぶレジのどの列に並んでもさして違いはない。確か先週もいたメークの少しどぎついお喋りな女性は誰よりもテキパキとバーコードをスキャンし、身なりのしっかりとして見える寡黙で背の高い男性は何かを仕切りと指示し続けている。少し列の短いレジに並べばそれで良い。ソーシャルディスタンスを指示する床の白いマークは薄汚れ、後ろに待つ男性は腕一杯に荷物を抱えてマークなど気にすることなく詰め寄ってくる。

 それでも誰も急いでなどいない。前に人がいれば抜きたくなる輩は多いが、時間に追われたような人はついぞ見たことがない。誰もがたくさんの買い物をするからなかなか前に進まない中でぼうっと隣の列をみれば、これまたカートに満載の食料品を詰めこんだ中年女性が買おうとしている食料品の日付か何かを確認でもしているところだった。何かの袋をみてまた戻す。そうしながら列の後ろを見たその女性は、その後ろに並ぶ少し若そうなアフリカ系の男性を頭のてっぺんから爪先までじろりとなめるように眺めてこう言った。
「あんたそのワインだけ?先に行きなさい。」
あまり高くもなさそうなワインを2本だけ抱えたその男性は、礼を言って先に進む。まもなく前のレジの会計が終わって、男性は会計のためにワインを置いた。おそらくは1分かからないであろうその会計を待って、順番を譲った女性は自分の買い物を会計用のベルトコンベアの上に並べ始める。くだんの男性は、遠くから再び礼を言って足早に立ち去った。そうやって順番を譲るのはよく見る日常なのだが、なかなか気づいてあげられない自分はある意味文化慣れしていない移民なのである。

 さて自分の会計の順番になった。そう思って品物をベルトコンベアの上に並べ始めたが、なかなかスキャンは始まらない。前の客が一つ一つ自分の買い物バッグに荷物を詰めていて、支払いをしないのである。レジ係はやることがないからボールペンで使い終わったクーポンに印をつけている。ようやく詰め終わったかと思えば何かが気に入らなかったらしく、また出しては詰め直す。それでも誰も文句は言わない。ようやく満足したその客は、何やらレジ係に言い、バッグから財布を出してカードを取り出した。一つ目のカードがエラーなのか、二つ目のカードで暗証番号を打っている。やっと会計が済んでレシートを受け取ってもなかなかその場を立ち去らない。レシートを財布の所定の位置に入れ、財布をバッグに入れてジッパーをしめ、
「さようなら。良い一日を。」
そう言って初めてその客はその場を立ち去ったのだった。

 他人には優しいが忖度などしない国だから誰もがマイペースで動く。イライラもさせられるが、助けられることもある。

 先日の買い物ではバナナを買おうとしたのだが、背丈の小さな身綺麗なお年寄りがずっと売り場の前で品定めをしていて随分と待たされた。何もない時なら気にもしないが、自分が知らずに感染していないとも限らない。だからソーシャルディスタンスを十分にとって遠巻きに見ていたが、一向にその場を立ち去らないのだった。仕方なく他の野菜を見て戻ってきたのだが、そのお年寄りはそれでもそこにいた。途中、何人かが気にせずバナナを横から取っていったが、自分はそうする気が起きなかった。仕方なくまた待っていたのだが、そのうち時間がかかる理由がわかった。そのお年寄りは、6本程度一緒になった一つ一つのふさを取り上げては一本一本品定めをして、気に入ったものだけをもぎっとっていたのだった。1本ちぎると手元の紙袋に入れ、また次のふさを見て気に入らなければ違う場所に置く。そのうちまた気に入ったのが見つかると1本ちぎって袋に入れる。ようやく必要な本数を手に入れて重さを計りにその場を離れた後には、本数の少ないふさがいくつか残されていた。ロックダウンでそれでなくても経済状況が芳しくない中、少しでも安く良いものを手にしたいという気持ちもわからないではない。そもそも誰も気にしてなどいないのだから良いのだろう。

 フランスで買うバナナの一部は、フランスの海外県(海外領)のグアドループやマルチニク産である。コロンブスが名付けたと言われるカリブの島は、正直経済状況が良いとは言えない。工業はもちろん十分ではないが、農業が特段良いわけでもない。バナナと砂糖が主な生産物である。経済はもっぱらフランスとEU政府からの援助による。観光もあるが、それほど知られた場所でもなく、ましてこの状況下では観光客などほとんどいない。

 バナナを品定めするお年寄りとカリブの島は案外そんなところで繋がっている。忖度などいらないが、支援は必要なのである。そう思いながら、バナナをカゴに入れた。

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prehistoric

 やれルネッサンス期だとか、いやローマ帝国の時代に遡るとか、いにしえに想いを馳せながら想像するよりも、ページ番号を囲うようにくだらない落書きの書かれた古い教科書でも見たほうがまだ現実的だと思うのである。もちろんルネッサンス期などと分かったような言い方をしたところで一体それが何年前なのかは意外に分かっているわけでもなく、ましてローマ帝国など2000年前だろうが1900年前だろうがさして違いもない。それでもルネッサンスと聞けばダヴィンチが思い浮かぶだろうし、ローマの大都市に水を運ぶ水道橋の威容を思い出してWebで調べようかなどと考えるかも知れない。ただ、それらは記録としての歴史の隅っこに確実に存在していて、やがて現れるプラスチック製の現在に着実に繋がっている。

 しかしである。そんな歴史の現実から少しばかり外れた場所にそれはある。自分の目で見たところで、どこか現実的ではない。よほど教科書でも見たほうがリアリティがある。だから有史以前などと言われたりする。どこにあったのか巨大な石を集めてきて、それだけだって大変だったろうに積み上げてもいる。そんな大変なことをしたのだから、きっと宗教的な意味があるに違いないなどとも言われるが、大変なことをした理由がわからないと言っているに過ぎない。石を積み上げたら、たらふく美味しい料理が食べられたからこそそうしたのかもしれないではないか。どうして石を積み上げて食事ができるなどと聞いて欲しくはない。そもそもどうやってこの石を積み上げたのかすらわからないのだから、何だって良いではないか。

 日本語では支石墓という。だからと言って墓であるとは限らない。ヨーロッパではドルメン(dolmen)とも言うが、この言葉にも意味はない。ブルトン語で石の机の意味であって、このドルメンが数多くあるフランス・ブルターニュ地方の人が地元の言葉で石の机と呼んだに過ぎない。結局は何だかわからないのである。ただ、その分からないドルメンは、フランス西部を中心に夥しい数が広がっている。5000年以上もよく残ったものである。もっとも人の背丈よりも何倍も大きいこんな石を動かそうだなどと、誰も考えなかったのかもしれない。なんとも非現実なものがそこにある。

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ノウサギを追う

11月から3月にかけての冬季間、ブルターニュでは虹はタダである。誰に断る事なく好きなだけ見て良い。だからもし虹の根本に本当に宝が隠されているのなら、すでにブルターニュの住民は大金持ちになっている筈である。財宝を得たもの誰もがそれを隠しているのか、財宝などそもそもないのか、詮索しても仕方ない。そもそも虹はタダなのだ。皆が好きなように使って良い。

そもそも虹の根本に近づこうとすれば、虹は近づくものの欲を察して自ずと遠ざかるものだとか、虹よりもその下にあるキノコに欲が眩み道に迷うとか、もう誰も信じはしない。山にある果実もキノコも自然が与えたもうた恵として、誰もがそれを享受して良いと言うのが伝統なのであって、たまに道に迷うのも自然の一部なのだ。野うさぎの穴に落ちたところで驚くこともない。

人が森に住み、野うさぎを追い出し始めてから何千年もの時が過ぎた。そこここにある沼や低湿地も、人の手にその形を委ねながら、何千年もそこにある。川をえぐり、丘に水の通る穴を穿ち、物資を船で運ぶようになっても、虹はそこにある。だから散歩のついでにふと妖精を見かけても、ついぞ驚きはしない。妖精もずっとそこに住んでいるのだから。

ただ、ひとつだけ受け入れなければならない。もうドラゴンは絶えてここにはいない。ヨーロッパ最後のドラゴンはリュブリャナで果てたのだ。そのもはや無くなってしまったものを願っても意味はない。今ある自然を畏れず、少しばかり道具を使うことを許し願って、限りある今を忘れない他はないのだろう。きっと明日も虹はある。

Bonne journée, Cross Cultural

アパルトマン

 19世紀の終わりに中世の木造の家並みに替わって近代的で堅牢な石造りの建造物として建てられたアパルトマンの青く塗られた木製の扉を押し開け、散らばったマロニエの実を押し分けるように、銀色に輝く真新しいトロティネットを抱えたマドモアゼルが出かけて行く。クラクションの甲高い音の後には落ち着いた喧騒と冷たい風が残った。
 そのアパルトマン近くには2軒のブーランジェリーが軒を連ね、週末にはバゲットを求める客が列を作る。そのひとつ、コワン・ド・ラ・ルーには向かいのマルシェで威勢の良い声を上げてフロマージュを売るマダムが、時々クロワッサンとカフェを求めてやってくる。
 その様子をカフェの冷たいテーブルの向こうから眺めながら、帰りみちにシェ・ポルのコヒー豆でも買って帰ろうかと独言た。
 青いままのマロニエの実がまたひとつ石畳みに転がった。

日本語訳

 明治時代に建て替えられたため今では多少歪んでしまった梁に鉄骨の補強材を埋め込んだくたびれたアパートには、落書きを消すために青く塗りつぶした木製の扉があって、そのカビ臭い中からキックスケーターを抱えた大人びた少女が出かけて行った。歩道には栃の実が踏み潰され茶色のシミを作り、車の騒音以上に街の喋り声が響いている。
 そのアパートの並びにはパン屋が2軒もあって、ほとんどの店が閉まっている日曜日でもパンを買わずにはいられない連中が、わざわざ長い列を作る。そのひとつの「角屋」には、向かいにある市場で声を張り上げるチーズ屋の売り子さんが、時々軽食を買いにくる。
 その様子を喫茶店の外テーブルから眺め、帰りみちに「田中屋」でお茶でも買って帰ろうかと独言た。
 青いままの栃の実がまたひとつ石畳みに転がった。

解説

 一般には、ヨーロッパの多くの旧市街は、少なくとも中世頃までには成立した街を基礎としているが、フランスの石造りの街並みは、案外19世紀移行に整備されたものが多い。当時としては先端建築であったのだろう。100年が経過しても美しさを保っている。ただ、石造りだからしっかりしているというのは、少し誤解がある。床は傾き、場合によっては鉄骨で補強され、外見だけなんとか元の様子を保っているだけという事も多い。そして何より、どこにでも落書きがある。
 ストリートアートと言えば聞こえは良いが、実際のところほとんどが単なる落書きである。先日ようやく補修が完了した近所の古い建造物も、オリジナルであろう白に塗ったものだから、新しいキャンバスをありがとうとばかりに翌日には意味不明な文字だらけである。
 ところで、以前にも書いたが、フランスのブーランジェリーは、日本にあるパン屋さんよりももう少し地元に密着した、昔ながらの個人商店の魚屋さんやお米屋さんのようなところがある。親しい客はツケで買うこともあるようだし、ちょっとした会話を楽しむ場所でもある。だから人によってはチェーン店のパン屋を嫌うこともある。
 店の名前も案外古臭い。田中屋と訳したのはそのまま直訳であれば、「ポールん家」のようなもので、日本だったら田中屋かなと訳してみた。

一度はボツにしたネタをほんの少しだけ書き換えてポストすることにした。ボツにしたのには理由があるなと再確認したほど今ひとつの内容だが、ご了承願いたい。ネタがないというより時間がないのである。