Bonne journée

Bonne fête aux Mamans


 写真の “Bonne fête aux Mamans” は、少々トリッキーというか、複数形で書かれている。母の日のメッセージなのだけれど、お店に書かれているから複数形と言えばその通りではある。通常なら、”Bonne fête maman” だろうし、母の日と言うだけなら”la fête des mères” の方が普通かもしれない。
 何もそんな細かなことを語学的に書かなくても良いのだが、ちょっとだけそうだよなと思ったことがあって、この写真を引っ張り出した。つまり、母は皆んな忙しいのだ。もう少し政治的に正しい表現をするなら、昔から言われるクラシカルな意味での母親は、それが実際には男性であれ、忙しいのだ。近所のスーパーの広告に、
「今日は母の日だから、自分の好きなものを買いに行きます。(異論は認めません)」
みたいな事が書いてあって、そのくらい当然だろうなと思ったりもした。
 同僚のひとりは、男性ひとりで子育てをしていて、毎日が駆け足のようだ。流石にひとりだと今日は残業なんてことはできないが、在宅勤務をしている時は、夜になっても仕事をしていることも多い。その隙間時間を使って家事をし、先日は入学式のハシゴだったとぼやいていた。
 そんな様子を見ていると、もう少し、政治が手助けすることはできないものかと思わないでもない。母の日の母は、ある意味象徴的な母であって、古い価値観であろうがなんであろうが、子供が母親に感謝する以上に社会が支えられると良いなと感じたのだった。

 フランスに住んでいた頃、アパートの前に花屋さんがあって、母の日になると、多くの若者が花束を買っていた。最近は日本でも子供が買える小さな花束を売っていたりして、たとえそれがビジネスの一部であったとしても良いことだなと感じている。照れくさいかもしれないが、そうやって表現が出来れば、将来は社会がそれを支えることができる。それが文化というものでもある。
 だから、冒頭の複数形である。みんなが良い日になれば良いなと思うのである。

Cross Cultural, Photo

(Floral) Friday Fragments #272


 この写真は、ある人にとってはちょっとトリックっぽい。
 ジャスミンの強い芳香をたどって周囲を探してみれば、ハゴロモジャスミンのような白い5弁の花が朝の静まり返った空気の中で光にあたっていたのだが、よく見れば地中海の木陰のような涼しげな緑がキラキラしている。見たことのない美しい木だなと思って近付いたら、ジャスミンが絡みついていたのは低木のオリーブだった。オリーブももう間も無く開花の時期だが、これほど一体化していると、私のようにうっかりしている人間は、騙されてしまいそうな気配である。
 もしかすると、コーヒーの花やレモンの花もこうやって絡みついたら面白いかななどと想像しながら写真を撮った。どちらも木としては強く硬い枝が広がるから、ジャスミンのようにはいかないだろうなとも思うが、何だか興味深い。

 それにしてももどかしいのは、フォーカス合わせである。この写真は手元にiPhoneしかなかったので、その標準レンズで撮影したが、思ったところになかなかピントが合わない。これがファインダを覗いて手動でフォーカスできたら簡単なのになどとぶつくさ言いながら撮影しているのは、正直変なやつである。もちろん、スクリーンをタッチしてフォーカス位置を指定しているのだが、なぜか奥にピントがあったりもする。それでも機動力の高いiPhoneだからいつでも写真が撮れているので、どちらが良いとも言い難い。
 また来週にでも撮り直そう、なんて思っている間に花は終わってしまうのだけれど…

Bonne journée

Raindrops


生暖かい水滴が舞い落ちる夜は落ち着く。
凍りついた冬がどんなだったかをもう思い出せない程に穏やかに時が停止する。
雨に舞い散る花弁の傷んだセピア色が偽物ではないと誰かがつぶやく。
鼻腔をくすぐる湿った空気も、
その微かな雨音の中では、
エスプレッソの香りのように甘く、
ゆっくりとした時間を過ごす。
生暖かい水滴が舞い落ちる春の夜は落ち着く。

Nights touched by warm rain are gentle, full of peace.
Time drifts so softly, as I can scarcely recall the frozen weight of winter.
I tell myself the sepia petals, scattered and rain-soaked,
are real, not memory’s invention.
Even the damp air brushing my senses,
woven with the hush of falling rain,
grows sweet—like the scent of espresso—
and I pass the hours in quiet simplicity.
Spring nights touched by warm rain are gentle, full of peace.

まだ作品として定まらない「記憶する大地」の断片です。最近はあまり作品を公開していませんが、たまには詩の断片だけでもと思い直し、習作を載せてみました。
It is obviously not perfect even though Google translation and ChatGPT were also used. It’s always difficult to translate a poem into different languages.