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Mostly Monochrome Monday #469


It is not simply because they reflect the sunlight that raindrops sparkle.
Nor do they sink into darkness merely because the darkness has encroached upon them.

雨の雫が輝くのは、何も太陽の光を反射したからではない。
雨の雫が暗く沈み込むのは、何も暗闇が侵食してきたからではない。

A Part of Mostly Monochrome Monday

Bonne journée, Cross Cultural

家習どぅ外習


 毎年、夏休みが終わると、車の運転が荒くなったり、街での騒ぎが激しくなったりするような気がして、気が滅入ることもある。4月頃の新人さんの大騒ぎとは、同じマナーの悪いうるささではあっても、雰囲気も違っている。説明するのが難しいのだが、より幅の広い年齢層の人々が、少々、羽目を外しやすくなるのが、9月から12月なのかなと感じるのだ。
 ここでは、それに対して文句を言うつもりもないし、不快な例をあげるつもりもない。せいぜい言いたいことは、周りを巻き込むようなことだけは控えて、もっと安全・安心に過ごしましょうといった程度である。

 沖縄の言葉に、「やーなれどぅふかなれ」といった表現があるそうだ。聞いたこともないので、本当にあるのかどうかも分からないし、沖縄の言葉に詳しいわけでもない。島ごとに言葉も違ったりするところもあるので、どこで言われる言い方なのかも分からない。ただ、Webで見る限りは、幾つも説明しているサイトがあるので、案外普通に言われる表現(ことわざとも書いてある)なのかもしれない。
 漢字で書くと、「家(や)習(なれ)どぅ外(ふか)習(なれ)」なので、意味は自然と理解できる。「家の習いは、外の習い」言い換えれば「家での振舞いは外での振舞いに出る」ということだ。

 最近は、家ではあまり躾をしないとも聞くが、家庭内であっても「ありがとう」を言う癖があれば、外でも感謝する気持ちも出るだろうし、家庭内で「他人に怒られるから」大騒ぎしてはいけないと教えれば、外に出て「他人から何も言われなければ」ルール違反しても良いと思うだろう。家習どぅ外習の意味を理解しているわけではないが、家庭内の振る舞いは外でも出てしまうものだ。

 実はだいぶ前に、頼まれて採用面接官をしたことがある。関係者が集められて、人事担当者から説明を聞いたのだが、この時の内容に驚かされた。
「いいですか、皆さん大卒の22歳と言ったら、もう大人だと思うかもしれません。違います。皆さんの時代とは違うんです。22歳は高校生くらいの感覚です。正直子供です。もちろん、しっかりした大人の22歳もいます。でも、幼いなと感じて不採用にすれば、採用候補者は少なくなります。育てる視点で見てください。院卒の24歳でようやく成人したくらいの感覚なんです。いいですか、成人式を想像してください。そんな中から、今後、戦力に育つ人材を見つけて、採用しなければなりません。社会人としての教育は、採用後にすれば良いことです。そのつもりでご協力をお願い致します。」
 これは、決して悪口などではない。時代の違いでしかない。人事担当者もその点をしっかり説明していた。

 よく考えてみれば、家庭で学ぶレベルが違ってきていて、社会のために何をすべきかを家庭で十分に学ばなかった「大人」が子育てをする。昔からある話だが、社会環境が変わって、そうした「大人」の割合が少し増えてきたということなのだろう。昔と同じだ。家庭だけでなく、社会が人を育てる。目に余る輩が増えたのは確かだが、全員そうというわけではない。もちろん、今時は、他人の子供を叱ったり褒めたりすると睨まれる時代だから、簡単ではない。それでも、皆で支えて行くしかない。

 でもなあ、20過ぎたら、そろそろ主語を「私」から「みんな」や「あなた」に広げてほしいなあ。

Cross Cultural, Photo

(Floral) Friday Fragments #288


 夏ももう終わりかなと思ったら、案外しぶとい。
 ここ数年の夏がバカみたいに暑かったのだから、ちょっと雨が多いくらいで夏が終わりと思ってはいけない。雨ばかりの夏だって、今まで何度もあったではないか。

 そんな風に自分に言い聞かせないと、流石にバテてきた。もう9月も目の前という段階になって、まだ半袖シャツを買い足し、涼しくなんてなるわけないと、高原の避暑地への小旅行を計画する。
 もう、一体何なのだ。
 子供の頃、風が吹き抜ける北側の畳の部屋で、壊れたギターを弾いたりして遊んだ後は、いつも決まって昼寝をした。あれはきっとお盆の集まり。多少汗をかくことはあったが、エアコンなんてなくても何とかなった時代。裏山に遊びに入れば、ミヤマクワガタがいて、うさぎが跳ねた。もちろん、都会などではなく、北関東の隅っこにある山間の街の話なのだが、決して空想などではない。
 ノスタルジーと言ってしまえばその通り。でも、ちょっとだけ、昔が羨ましい。

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Mostly Monochrome Monday #468


It seems I’m not imagining things, but the overhead lines that carry high-voltage current for trains, the fiber optic lines for communications, and the daily commute to work all seem to be on the same dimension.

電車のための高圧電流を送る架線と、通信のためのファイバーラインと、毎日の生活のための仕事に行く通勤とが、同じ次元の話のような気がするのは、気のせいではないらしい。

A Part of Mostly Monochrome Monday