Bonne journée

Raindrops


生暖かい水滴が舞い落ちる夜は落ち着く。
凍りついた冬がどんなだったかをもう思い出せない程に穏やかに時が停止する。
雨に舞い散る花弁の傷んだセピア色が偽物ではないと誰かがつぶやく。
鼻腔をくすぐる湿った空気も、
その微かな雨音の中では、
エスプレッソの香りのように甘く、
ゆっくりとした時間を過ごす。
生暖かい水滴が舞い落ちる春の夜は落ち着く。

Nights touched by warm rain are gentle, full of peace.
Time drifts so softly, as I can scarcely recall the frozen weight of winter.
I tell myself the sepia petals, scattered and rain-soaked,
are real, not memory’s invention.
Even the damp air brushing my senses,
woven with the hush of falling rain,
grows sweet—like the scent of espresso—
and I pass the hours in quiet simplicity.
Spring nights touched by warm rain are gentle, full of peace.

まだ作品として定まらない「記憶する大地」の断片です。最近はあまり作品を公開していませんが、たまには詩の断片だけでもと思い直し、習作を載せてみました。
It is obviously not perfect even though Google translation and ChatGPT were also used. It’s always difficult to translate a poem into different languages.

Cross Cultural, Photo

(Floral) Friday Fragments #271


 5月1日はメーデー。この日が労働者の日ではない国は案外少なく、北米、オーストラリア、スイス、日本など、数えるほどしかない。米国には、9月の第1月曜日にレイバー・デー(Labor Day)があって、ほぼメーデーと同様の扱いだが、米国発祥のメーデーがなぜレイバー・デーになったのかはよくわからない。日本には、メーデーに相当する祝日はないが、あえていうなら勤労感謝の日か?ただ、勤労感謝の日は、サンクスギビング(Thanksgiving Day)に相当するような気もするので、日本にはメーデーは存在しないのかもしれない。

 夏の訪れを祝う5月祭も起源のひとつであるし、世界的にお祝いムードなので、日本が労働者の賃上げ要求の日みたいに扱われるのも違和感があるが、素直に労働者の日として日本でもお祝いムードになると良いななんて思ったりもする。この日ばかりは、経営者も労働者に感謝して祝日にしても良いのではないか。

 海外取引をしていると、休みの多い日本のGWの只中にある5月1日は、つい仕事が集中してしまう日でもある。ここを逃すと、次は5月7日まで誰もいないとか、場合によっては、5月中旬まで人が少ないとか、色々あって、つい5月1日をあてにしてしまうのだ。で、海外にメールをしてから気が付く。あー、メーデーだった!もう、後の祭り。

 さて、緊急事態を宣言するときの言葉もメーデーである。5月1日はMaydayだが、国際救難信号のメーデーは何か?もちろん、5月とは関係ない。フランス語である。”m’aider” = “me aider” = “aide” + “me”、助けるの意味のエイドはカタカナでも通じるし、meは英語と同じ私であって、私を助けてという意味だ。案外あちこちにフランス語は埋もれている。

 正確には、”venez m’aider” 助けに来て!ということだそうなので、フラ語を勉強されている方、ネタに覚えておきましょう。私もvenezがついているとは知りませんでした。なるほど、そりゃそうか。

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Mostly Monochrome Monday #451


A morning filled with light is also a morning full of hope. Yet, a sense of weariness remains, perhaps because we haven’t yet forgotten the guilt of yesterday. Sometimes, that’s okay in life.

光満ちあふれる朝は、希望あふれる朝でもあるのに、どこか気だるさを感じるのは、まだ昨日の後ろめたさを忘れていないから。時にはそれでも良いと思えるのが人生。

A Part of Mostly Monochrome Monday