
タイパという言葉が広く認知されるようになったのは、わずか数年前の話らしい。Webをあさってみると2020年前後から一般化したといった説明もある。コロナ禍の真っ只中である。自分はといえば、その頃は日本を離れていて、帰国してみたら意味不明なタイパが使われていたという記憶はあるのだが、残念ながら浦島太郎の世界だ。タイパという考え方の是非はともかく、これだけネットワークやAIが発達して、たっぷり時間ができたというのに、まずは答えを求めるなんてどういう事?という疑問だけは隠さず言っておきたい。
ただ、どこかのアメリカ人ジャーナリストが、「スマフォがなかった昔はどうやって暇つぶししたんだろう?」なんて書いているところを見ると、タイパと時間的余裕は別な話なのかもしれない。昔は何でも忙しかったのだ。せっかく時間的余裕が出来たのに、タイパを求めるなんて、もったいない。AIのサマリも常識になって、仕事で会話していても読解力の低下を明確に実感するのだ。
最近の新語といえば、カモフレなんてのもある。こちらの方は、タイパに遅れること数年、2023年前後からの言葉だそうだ。つまり流行ったのはコロナ禍がひと段落ついて過去の話のように語られ始めた頃だ。マイナビによれば、「恋人はいらないけれど1人は寂しい……という気持ちを埋めてくれるのがカモフレの存在」という事なので、こちらの方は、昔と何も変わっていないのかもしれない。昔から、恋愛関係にはなりたくないが(あるいはなれないが)、異性の友達と過ごすのは安心するといった話はよく聞くことだ。そんな感情に今風にカモフレという言葉を作ったという事なのだ。キスフレとかオフレとかいった言葉は、きっとカモフレの派生語に違いない。
な〜んだ、ひと昔前はそれを「友達以上・恋人未満」と言ったのだ。相手に彼女・彼氏が出来たら距離も置くし、その彼女や彼氏との関係についての相談にも乗る。そんな頼れる異性の友達がいたって良いではないか。友達以上・恋人未満なら昔からある。もし、そう思ったのなら誤解らしい。私と同様、あまり若くはないって事かも知れない。
カモフレはあくまでもカモフラージュであって、一緒に温泉宿に行っても性的な関係は一切ない。ホントにそうなのかどうかは知らないが、ある記事によればそうらしい。昔だってそういった関係はあったかもしれないが、性的な関係まであるのに恋人ではないという感じが「友達以上・恋人未満」にはあった。もしかしたら、昔のアッシー君の関係に近いのか?
タイパと同じで、従来からの文脈では捉えられないものがあるから、新語ができたのだと理解するべきなのかもしれない。コスパだって、いつも良い意味で使われるわけではないのに、タイパなのだから、単純に昔からの価値軸で物事を見るべきではない。
でもなあ、コロナの時期に何があったのだ?
だんだん心配になってきた。




