Bonne journée, Photo, photo panoramique

Photo panoramique: Yellow

201410-016金木犀の噎せ返るような甘い香りが街を覆い、透きとおる秋がそこにきた。その花は思いの外小さく控えめだが、無数に咲く花が木となりひとつひとつの家で一斉に匂う時、黄金色の存在感を示す。夾竹桃と共に夏色の赤を空に放ってきた百日紅は、僅かに残ったかけらを幾分影の薄くなった地面にひとつひとつ落とし、控えめな群青や紫へと主役を移す。取って代わるのは、金木犀のような濃厚な黄色。もはやレモンイエローの涼しげな黄色すらも探すのは容易ではない。夏と秋を隔てるのは傾きかけた陽光に輝く黄色である。

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taken and edited with iPhone

Deep and dense yellows separate the season from summer. It’s autumn. A strong but sweet scent of osmanthus, fragrant orange olive, is breathing every corner of my town. I can’t find passionately red flowers of an oleander or a crape myrtle under the blue sky any more.

It’s a little bit difficult to talk about local plants. Probably I need a lot of words with my poor English vocabulary. I hope pictures tell something.

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Bonne journée, Photo, photo challenge

Weekly Photo Challenge: Signs

201410-010At first, I got interested in the shape and color of this sign. It was a hot summer day, sky was blue and the metal was shining. The sign was looked like a part of summer.  Then, I took this picture with my iPhone but what was this?
It said “Lead Hook” which meant that you could hang a leash of your dog on the hook. Looking into the sign, its shape was a face of a dog. Interestingly, the sign said in Japanese, “please do not use for a big dog”.

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I posted similar pictures. Let me do it again because I like this signs as a symbolic view of busy city.

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The last one is a handmade road sign. I think it was a good combination of green and a sign.

All the pictures were taken with iPhone 5.

In response to the weekly photo challengeSigns by The Daily Post.

Cross Cultural

A postbox 郵便ポスト

201409-053written only in Japanese.

今時なかなか手紙を出す機会もなくなってきたが、旅先から送る手紙は、案外根強く残っている。フランスの街角のカフェでコーヒーを飲みながら絵葉書に何かしら一所懸命書いているのは、かならずしも旅行者だけではなさそうだ。買い物袋を抱えて葉書を覗き込む人々は、きっと空いた時間に手紙を書くそこに住む誰かに違いない。足を組んで、木製の小さな丸テーブルの上で、小さなボールペンを躍らせる。次第に小さな白い空白はブルーブラックの文字に埋まり、小さな紙切れは小さな切手を貼られて誰かのもとに運ばれていく。それが日常の一断片なら、少し羨ましい気もしないではない。

201409-051さっとスマートフォンを出して、写真を添えたメールを送るのは、何かを伝える手段として否定する気は毛頭ない。むしろ、その方がリアルタイムに伝わって、ずっと良いかも知れない。地球を半分回った向こうから、会話をするように送られてきたメッセージは、遥か遠いその場所をいっきに身近な場所にしてくれる。「それで、いつ来るの。」とメッセージを送った相手から、質問を察してか、送信と同時に「来週火曜の朝に着くから」と返事を受けて、光より速いなどと楽しんでいると、いつの間にか、数千キロの距離を感じなくなっている。

それでも、今も誰かが絵葉書に何かを書いている。受け取る相手の表情を想像しながら、キーボードではなく、胸ポケットや手帳の間にちゃんと収まる小さなペンで書いている。そして、その数グラムの紙切れはやがてポストに投函され、想いとともに送られて行く。なんの手ごたえも返さない無愛想な送信ボタンを押すのではなく、どこか意思を試されるような投函という作業が、想いを伝える。

旅先で手紙を出す時、それが住む国と違う国であればなおさら、それはちょっとだけいつもと違った風景となる。だから、旅先から送る手紙は、少しばかり意味が違ってくるのだろう。

この文章を書くにあたって、フランスのポストがどんなだったか思い出せない事に気が付いた。古い写真をひっくり返してみても、写真にも写っていない。確かに郵便局に行ったことはあってもポストに投函したことはない。そんなものだろうが、世界中のポストが気になり始めた。

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