Cross Cultural, Photo

(Floral) Friday Fragments #289


 万葉集にも読まれたツユクサは、よく見るとなかなか愛らしい形をしている(写真のツユクサは花弁が痛んでいて申し訳ない)。小動物の耳のような2枚の深い青の花弁に小さくて黄色いおしべ。つい眺めてしまう。

 でも、花弁が2枚なんて面白いなあと思っていたら、おしべの裏に白いもう1枚の花弁が隠れていた。調べてみたら、黄色のおしべは実は飾りで、下に長く伸びているのが本物のおしべなのだそうだ。黄色いおしべで虫を呼び寄せ、長い方のおしべの花粉をつけてもらうらしい。なかなかの戦略家ではないか。

 雑草として伸びてくるツユクサは、長く伸びた茎が定規で線を引いたように曲がり、その部分が地面に付くとそこから根が出てきて増える。草取りをしようとしたら、案外あちこちから根っこが出ていてなかなか面倒だ。花の方も、雄花と両性花があって、加えて地下にも閉鎖花があるのだとか。なんとしたたか。

 まあ、そんなことを考えているより、のんびりと美しい青を見ていた方が良い。もっともあまりじっと見ていると、その間に蚊に刺されそうではあるのだが。

Cross Cultural, Photo

(Floral) Friday Fragments #288


 夏ももう終わりかなと思ったら、案外しぶとい。
 ここ数年の夏がバカみたいに暑かったのだから、ちょっと雨が多いくらいで夏が終わりと思ってはいけない。雨ばかりの夏だって、今まで何度もあったではないか。

 そんな風に自分に言い聞かせないと、流石にバテてきた。もう9月も目の前という段階になって、まだ半袖シャツを買い足し、涼しくなんてなるわけないと、高原の避暑地への小旅行を計画する。
 もう、一体何なのだ。
 子供の頃、風が吹き抜ける北側の畳の部屋で、壊れたギターを弾いたりして遊んだ後は、いつも決まって昼寝をした。あれはきっとお盆の集まり。多少汗をかくことはあったが、エアコンなんてなくても何とかなった時代。裏山に遊びに入れば、ミヤマクワガタがいて、うさぎが跳ねた。もちろん、都会などではなく、北関東の隅っこにある山間の街の話なのだが、決して空想などではない。
 ノスタルジーと言ってしまえばその通り。でも、ちょっとだけ、昔が羨ましい。

Cross Cultural, Photo

(Floral) Friday Fragments #287


 地球が属する太陽系は、天の川銀河の腕のひとつにあって、天の川銀河は、おとめ座銀河団のはずれにある。もはや何を言っているのか分からないレベルでスケールが大きい。そもそも住んでいる場所を俯瞰してみるには、高い位置からドローンで見るなどしなければならないように、天の川銀河を高い位置から観測しなければ、どんな風になっているかは計算でしか分からない。

 それでも、似たような形状の銀河を見て想像することはできる。かみのけ座銀河団はよく知られた銀河団で、きっとかみのけ座銀河団に属する銀河の中の星から地球の属するおとめ座銀河団を観測すると、こんな感じに見えるのかなあなんて思う。

 何でそんなことを書いているのかと言えば、上の写真を見ながら銀河団を想像したからである。物理的な理由も何もかも異なるものであるとは言え、自然の造形などさして違いはない。この花をじっと見ていると、そのうち銀河を構成する星が見えてきそうな気がするのだ。

 ん?かみのけ座銀河団がどんなものか知りたい?星好きでもない限り、退屈ですよ。
 検索リンクを貼っておきます。

Cross Cultural, Photo

(Floral) Friday Fragments #286


 猛暑日が普通になって、最高気温が32度くらいだと涼しいような気がするのは、感覚がおかしくなっているのだ。そんな会話をしていたら、案外気温が下がってきた。夏だって昔から涼しい日もあったのだ。これが普通だ。でも、寝苦しいことには変わりはないらしい。むしろ、曇った日が続くと、湿気がまとわりついて、この枕木みたいに朽ちそうな気分になる。

 最近、ふとしたことから温泉の記事を調べていて、頭に乗せるタオル(昔だったら手拭い)の意味が他にもあったことを知った。ある程度の年齢になっても、案外、知らないことも多い。それは、時代が変わって不要になったとか、習慣が変わったとか、そんなことも背景にあるのだろう。TV番組で蚊帳(かや)の話が出てきて、そういえば最近は見ないなあと思ったが、確かにこれほど網戸が普及したら蚊帳も必要ないのだろうななんて改めて考えたりする。だったら、頭に乗せたタオルの意味合いだって、違ってくるのだろう。

 で、ふと思ったのだ。網戸のない、蚊帳を吊った宿なんて面白いんじゃないかと。もちろん防犯上の課題はあるだろうが、外から入れないような作りの宿なら、雨戸を開けて蚊帳で寝る宿なんて、ワイルドで良さそうだ。テントで寝るより面白そうな気がしないでもない。ん?そもそも蚊帳が売っていないか?きっとそんなことはない。ニーズは減っても生産はしているに違いない。

 この記事を書いているうちに蚊取り線香の匂いがしてきた。もちろん、頭が勝手にそう感じているだけで、蚊取り線香の煙が漂っているわけでもない。でも、それは子供の頃に、蚊取り線香を焚いて蚊帳の中で眠った微かな記憶にも関連するに違いない。あの時すでにクラシカルなものだったのだから、今はどうなのだろう。

 SNSで蚊帳とか銭湯の手拭いとかのポストを見ても、今や昔話であったり昭和レトロ的文脈のものばかりで、さすがにもう普通に使われているようなポストは多くなさそうだ。それどころか、男性更衣室に女性の清掃員が入ってきたというポストに、結構な数のけしからんというコメントが付いていて、確かにコンプライアンスなんて視点もあるよななんて考えた。でも、20年くらい前までは、清掃員の方はサッカーのレフリーと同じ。石として扱ったような時代だった。いや、その当時もけしからんことだったが、これほど叩かれる話でもなかった。

 そう考えると、蚊帳だけの部屋なんて、今や成り立たないような気がしてきた。でもなあ、何だか面白そうな気がするのだ。古民家でも改造して、周囲に人が入れないように塀を作って、五右衛門風呂に蚊帳の部屋なんてだめかなあ。利益出ないか。

Cross Cultural, Photo

(Floral) Friday Fragments #285


 毎年楽しみにしていた南国風の木槿が、今年はどうしたことかオクラに見える。花の色も大きさも全然違うのに、どうしたことか。身体がバテてオクラを欲しているのか、単に卑しいのか。

 どちらもフヨウ属(ハイビスカス属)なので、花が似ていても驚くようなことではないが、特に南国の花というわけではないというあたりは驚いた方が良いのかもしれない。日本では、特に亜熱帯に咲くフヨウ属の花の一部をハイビスカスと呼んでいるということなのだそうだ。じゃあ、誰がハイビスカスを南国の花として広めたのか?という疑問が湧いてくるが、暑いせいか、もう調べるのも面倒になった。

 この写真は、もしかしたらお気づきの通り、朝の光に照らされている。日中に見ると真っ白で目に眩しいムクゲなのだが、朝はオレンジがかった陽の光に染められて、かすかに黄色味がかった白をしている。これもまた、暑いせい。もう日中に出歩く気にはなれない。写真を撮ったのは朝6時を少し過ぎたくらいの時間だが、それでも日差しが当たると痛いほど。

 あと一月もして9月の半ばになれば、多少はマシになるのだろうか。