Bonne journée, Photo

Cozy

201712-501

I used to have a cozy sleeping on “tatami” of a north side room
in summer and to be lying snug and warm on “engawa”, a Japanese style loggia, in winter when I was a child. Today, it is hardly seen and a part of nostalgia or a historic architecture.

The picture at the top was taken at a preserved architecture close to my house.

最近は縁側も少なくなって猫も困っているのではないかと心配。

 

Bonne journée, Photo, photo challenge

Weekly Photo Challenge: Chaos

201611-201

I could say it’s well-managed chaos we live in. A big city always has many functions to serve everything the citizens need and is sinking in chaos as a result. The City of Yokohama is not an exception. You may find complex roads, office buildings, shopping malls and an amusement park. It’s a wonderful view, isn’t it?
When you walk around the opposite side, you may see another face of this area as seen in the picture at bottom. Traditional red-bricked warehouses, which are reused as a shopping mall, looks small in front of a huge cruise ship.

都市とは何ともはやよく管理された混沌である。複雑な道路網もオフィス街もショッピングモールも遊園地も全て住む人々の要求に応えるように準備され、やがて混沌へと沈みゆく。反対側を見れば大型船から見下ろすように古い倉庫が近代的なショッピングモールとして生きながらえる。街とはそんな混沌である。

In response to the weekly photo challengeChaos by The Daily Post.

201611-202

Bonne journée, Photo, photo challenge

Weekly Photo Challenge: Nostalgia

201610-101

Which word could I say other than wistful for nostalgia. Aromatic fields after rice reaping, deep green bamboo forests, sound of wind like worn-out coat but everything are missing in modernization. Please don’t misunderstand. I don’t say I’d like to be back to the good old days. Just say, so it goes.

In response to the weekly photo challengeNostalgia by The Daily Post.

 

 

Bonne journée, Cross Cultural

いい加減 Irresponsible?

201609-211

Written only in Japanese as “cross-cultural”
どうしてこうもいい加減なのか。隣り合ったエレベーターくらいボタンの配列を揃えてほしい。そう思うのは、日本人だけなのか?あるいは、自分だけなのか。
世界中をこの目で見たわけでもないし、すべてがいい加減に出来ているというわけでもない。自分が見ている世界は、どれほど注意深く見つめようとしてもどこかで客観性を欠いている筈であって、そのある種自分自身でかけた呪縛からは逃れようもない。だから、世界が無神経に準備された乱雑なものから出来ていて、人はその整えようもない世界に苛立っていると考えるのは、いささか傲慢な考え方である。そうであっても、隣り合ったエレベーターのボタンの配列が異なっていることは、どうにも腑に落ちない。
「そのくらい大目に見ろよ」と思うむきもあるだろう。「いや、エレベーター2台に同時に乗らなきゃ問題ないだろう」そう考えるかもしれない。「それともお前はふたつに分裂する癖でもあるのか」と。
実は、この状況は、ホテル住まいなどで短期間いつもと違う場所に生活する時だけ問題となる。そのホテルに滞在して3日が過ぎたあたりからが問題なのだ。

ある朝、いつもようにウォーキングに出て、体を目覚めさせてホテルに戻ってくる。ロビーには並んでふたつの銀色のエレベーター。あなたは「上」のボタンを押してほんの少し周りを伺っている。奥の方からは食器がカチャカチャとぶつかる音とコーヒーの香りが伝わってくる。少しばかり空腹感。すると、不意に右側のエレベーターが空いて、中から誰かが出て来た。「あぁ、おはよう。」そう言いながら、危うくぶつかりそうになったひととすれ違いつつ左上の隅のボタンを押した。エレベーターが動き出す。「お腹空いたな。」と独り言。程なく開いたドアを出て部屋に急ぐ。そして気づくのだ。エレベーターホールの角にある花瓶も花も、かけられた複製の絵も、昨日とどこか違うと。エレベーターを振り返ると、そこには果たしてひとつ上のフロアーの番号。エレベーターの同じ場所のボタンを押したつもりが、違ったのだ。

日本のエレベーターの多くは、縦一列に番号が並んでいる。二列の配列でも縦書きの日本語のように列内で順番に並んでいる。だが、ヨーロッパでは二列で右左と順番に並んでいるものも多い。この配列、実は悪くない。左側の上から2番目のように、なんとなくパターンで位置が頭に入るのである。だからこそ、左右のエレベーターで配列は同じにして欲しいのだ。閉じるボタンはいらない。それよりまずは配列を直して欲しい。でないと不意に違う世界を味わうことになる。

さて、違うフロアに降りてしまったからは、自分の部屋があるフロアに行かなければならない。非常階段は、平常時は従業員用だ。再びエレベーターを待つ。そして開いたドアの向こうに笑顔を発見したりする。先ほどすれ違ったビジネスマンが降りてきた。
「部屋に忘れものをしたよ。君もか?またあとで。」
やれやれ、今朝はホテルのダイニングで朝食にするか。

201609-214