Photo, photo panoramique

Monochrome and Macro Monday: Autumn

201609-411

It might not be a pine corn but something small less than 2.5cm (1 inch). It missed the color after the rain.
1cmにも満たない松ぼっくりのようなこれが何かはわからないが、雨の後で色を失っていた。

The day ended very fast in the autumn and the grass were swinging in the mist of time.
秋の日は短く、雑草は時の霧中に揺れ動く。

201609-412

Bonne journée, Cross Cultural

サルスベリ crape myrtle

201609-341

written only in Japanese

「本日はご利用ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております。」
もはや記号であって、そこにメッセージがあるわけではない。誰もがスマートフォンを覗き込み、誰かと話をし、バッグに本や新聞をしまい込み始めて、おそらくは耳に残ってはいない。実は頭に入る必要などないのだ。ベルがなるのと同じく、そこには終点ですよという合図としての「音」が雑音に紛れて聞こえるいつもの通勤電車だけがある。
だが、その次に続く英文のアナウンスは少しだけ違う。もちろん、英語であろうと本質的に「音」でしかないことには違いはない。だからこそ、音ではない意味のあるメッセージとしてアナウンスが耳に入ったその朝は、こう返してしまったのだ。
「そうだといいね。私もそう願ってます。」

英語と日本語では、実は主語となる部分が違っている。日本語での「またのご利用」をするのは乗客だが、英語では「また御奉仕することを願っています」と言っているのであって、主体は鉄道会社なのだ。決まり文句と言えばそれまでだが、立場はまるで逆である。サービスを利用して欲しいのか、サービスを提供したいのか。
どうでも良いことには違いない。メープルシロップのたっぷりかかったパンケーキが良いか、パンケーキにメープルシロップをたっぷりかけて欲しいかという程度の話である。いつもの「音」。ただそれだけだ。

このところ、スマートフォンには毎日のように電車遅延の通知が届く。すぐに復旧することもあれば、しばらく動かないこともある。その度に、面倒な思いをする人がいて、傷つく人がいて、やるせない思いをする人がいる。時には、ラッキーと探していた言い訳を見つける人もいる。ポイント通過に揺れる車内でじとっと汗をかいたつり革にしがみつきながら、「そうだといいね」と言う自分に、少し都会の疲れを感じなくもない。

写真はそろそろ終わりのサルスベリ。天候不順のためか今年は長く楽しめた。

 

Bonne journée, Photo

l’automne

201609-311

Les sanglots longs
Des violons
De l’automne
Blessent mon cœur
D’une langueur
Monotone.
– Paul Marie Verlaine

秋の日の
ヰ゛オロンの
ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
うら悲し。
– 上田 敏 訳

秋に聞こえる
バイオリンの
すすり泣きは長く、
単調な
気怠さに
心病む。
– tagnoue 訳

どうやっても上田敏にも堀口大學にも勝てないが、それでも試みたくなるのがヴェルレーヌの魔力である。現代風に少しだけ散文調にしてみた。

201609-312

Bonne journée, Photo

little tiny flowers (l.t.f.) 17.09.2016

201609-301

Where have all the flowers gone?
Long time passing
Where have all the flowers gone?
Long time ago
Where have all the flowers gone?
Young girls have picked them everyone
Oh, when will they ever learn?
Oh, when will they ever learn?

Pete Seeger

Just like other people, I believed the song had been written by Peter Paul and Mary for a long time. It is known as an anti-war song but also could be a song for looking back on our history of civilization.

野に咲く花はいまいづこ
はるか流れる時の向こう
野に咲く花はいまいづこ
遠い昔のことのよに
野に咲く花はいまいづこ
少女達が摘んでいった
おぉ、いつになったら分かるのか
おぉ、学ぶ時はいつの日か

ピートシーガー

御多分に洩れず、この歌はピーター・ポール&マリーのものだとずっと誤解していた。反戦歌として知られているが、文明化を振り返る歌でもあるだろう。
日本語でも多数カバーされているからメロディーに乗った美しい訳はカバー曲に任せたい。小訳は少しだけクラシカルな詩として試してみた。

201609-302

l.t.f.