Cross Cultural

Ice-breaker

needle ice
needle ice

先日、BBCのニュースを読んでいて、砕氷船をIce-breakerと言うことを知った。アメリカの砕氷船が南極で氷に閉じ込められた船を救出したという記事である。辞書にあたれば、Ice breaking boatなどとも言うらしい。英語圏の人には当たり前の語彙だろうが、普段に英語を必要としない自分には初めての単語であった。何しろ、日常の話題に砕氷船は出てこない。

南極の1月はいよいよ本格的な夏の始まり。砕氷船しらせが3年ぶりに昭和基地に接岸などといったニュースもあって、活動できる時期なのだろう。ペンギンも子育ての時期に違いない。

冒頭の写真は、お察しの通り特に意味はない。単に氷つながりである。霜柱は、needle iceやfrost crystalsなどと言うらしい。辞書にあたるとfrost needlesという表現もある。発生する場所が限られるので、こちらは分かりにくい表現だろう。

ところでIce-breakerという単語は初めて出会ったわけではない。知らない者同士で集まった会議や研修の最初に、場の緊張を解くためにやる軽い話題やゲームなどをアイスブレークという事がある。カタカナ英語か一般的な英語か分からなかったので辞書で探してみたら、こちらの意味も案外載っているので通じる単語なのかもしれない。

緊張を解くアイスブレークは対応する日本語が難しいところだが、砕氷船の意味ならそのままである。ひょっとするとice breaking boatの直訳が砕氷船なのかもしれないとも思う。だとすると、直訳が分かりやすい例のひとつだろう。日本語とヨーロッパ系の様々な言語は、外来語は別にして根っ子が完全にことなるので、いちいち単語を覚えないといけないが、砕氷船くらい分かりやすいとありがたい。フランス語のcommentに比べたら、よほど良いかもしれない。フランス語のcommentは英語ならhowやwhatなので、フランス人も混乱することがあるそうだ。フランス人が言っていたので半分大袈裟な冗談かも知れないが、多少は本当のことらしい。何だって?と聞き返すように思わずcomment?と言ったらAny comment? と勘違いされたりするのだろうか?

まだ1月だし、いつも硬い文体で書いているので時には軽い話題でもと思ったが、意味不明な内容になってしまった。これではIce-breakerにもならないか。

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les vendredis soir 金曜の夜

20131229-001This article was written only in Japanese.

12月はよりどころの無い季節である。あるいは、落ち着く場所が無いと言うべきか。果たして人は最後の仕事をきれいさっぱり片付けるべく、さして急を要するものでなくとも走り回る。1月に仕事を残したくないとか、年末は昔から報告書が多いと決まってるとか、支払い期限があるとか、それなりのもっともらしい理由はあるのだろうが、その実、12月と1月に特別大きな違いはない。それでいて人は走り回る。12月の何かのためではなく、1月のために。

忙しく走り回りながら仕事に追われているはずの12月の金曜の夜の街は、ひどく賑わっている。都心の鉄道は終電を延長し、飲食店は予約すらできない。「貸し切り、キャンセル出ました」などと店の前にカラフルな文字で大きく書かれた案内を見ると、それはそれで稼ぎ時なのだなと違う納得もしたりする。よりどころの無い12月の金曜の夜は、それぞれのさして重大でもない理由とともに過ぎて行く。

些か偏り過ぎた見方だろう。夫々の想いのこもった日々を過ごした人も多いに違いない。だが、どうしても日本全体を覆い尽くしたような「せわしなさ」と「浮かれ加減」には、ひどく落ち着かない感覚を憶えるのだ。今年もクリスマスの夜に仕事を抱え、金曜の通勤電車で赤ら顔の乗客と隣り合わせることが多かった自分を変えるべきなのだろう。他の誰かに金曜の夜くらい自分のために早く家に帰るべきだとか言う前に、仕事をさっさと片付けて自らが帰らなければならないのだろう。あるいは、仕事の仲間と過ごすのはウィークデーだけにして、金曜の夜から月曜の朝までは仕事とは一切関わらないくらいが良いのだろう。それでも日本の労働時間は世界トップクラスであり、仕事外の付き合いも多いのだ。

先日、フランス人を含むパーティーがあった。例によって金曜の夜である。その日しか日程が合わなかったのだ。多少遅くなっても翌日は休みだし、都合が良いでしょうと。色々と予定もあり、体調を崩していた私は欠席することにしたが、そう告げた時のフランス人の一人の返事は「そりゃそうだろう。自分も驚いた。欠席は当然だ。」であった。週末は自分と友人や家族のために使うのであって、休みだから金曜の夜は遅くなっても良いというのは変であると。欠席する私に気を遣ってのことであるのは承知している。それでも、これほどの言い方の背景には意識の違いがあるに違いない。

ルーブル美術館は、金曜の夜は遅くまで開いている。しかも26才以下は無料である。そんなチャンスを使って美術や歴史に触れることができるのは、自分自身のために使う時間が重要だとの考えが社会形成されているからだろうと勝手に考えている。もちろん、そんな大袈裟な話ではないのかもしれない。だが、そうした社会的合意がなければ、利用はされにくい。学校が近ければ、昼休みに家に帰って家族と食事をしたりする国である。だから昼休みが30分などということはない。であれば、休日の前の夜に同僚と飲みに行くなど考えられないというのも理解できる。まして、週末は取引先とゴルフなどありえない。

どちらが良いという事ではない。仕事仲間と親睦を深める週末が日本社会を作ってきた側面もあるだろう。北米、特にアメリカの管理職は休日も仕事の連絡を欠かさないといった調査もあった。どの程度信頼性があるか分からないが、地域によって考え方は異なっているらしい事は、経験でも想像ができる。

20131229-002年末は、アメリカもフランスも連絡をいれても音信不通という状況だった。クリスマス休暇で誰もいないということだろう。休日はクリスマスと元日だけだが、その間を会社の休業日にしたり、正当な休暇を全員が取得したりで、大抵は連絡がつかない。クリスマス休暇は日本でのお盆休みみたいなもので、特に教会に行くことのない人でも休みをとる。遠く離れた家族が集まったりするのも似ている。だから家族のための休暇でもある。休暇をとる前の挨拶は、「家族と良い休日を」だったりもする。

そして思うのである。金曜の夜も自分や家族のために使う習慣はどうかと。よりどころのない12月も少し違って見えないかと。

Bonne journée, Cross Cultural

Bonne journée (22):Chinese whisper

whispering bee(The article was written only in Japanese)

「何度も言ってるのに全然聞いてないんだから」という時は、ちゃんと伝える努力をしたかよく考えるべきだそうだ。ビジネス書などによく書かれている話である。曰く、相手の分かる視点で話をしたか。曰く、伝わったかどうか確認できる質問をしたか。曰く、相手の目を見て語りかけたか。要はコミュニケーションは思ったほど簡単ではありませんよということだろう。

小学校あたりだと、この伝えることの難しさを遊びで教えたりする。いわゆる「伝言ゲーム」である。ゲーム嫌いだから、バスでの遠足やお楽しみ会(なんという表現!)ではもっぱら影に隠れて参加しないで済むようにしてきた身としては、伝言ゲームを語る立場にないと思うほど記憶が薄い。だが、何やら紙を渡されて開いてみたらやたらと長い文章が書かれていたといった記憶はある。今になってみれば、記憶力ゲームじゃないかと思わないでもない。これが先頭なら簡単かと言えばそうでもない。最後の友達が答えを言うのを聞いて、完璧に伝わったと安心してホッとした途端、「はい、残念でした。おしい。」と打ちのめされる。「最初にこんにちはと挨拶がついてましたね。どこかで挨拶がなくなっちゃいました。」犯人はもちろん自分である。要件を一所懸命憶えたのに、頭がそっちに行って重要ではない部分が抜け落ちたのだ。記憶が薄いと書いたが嫌な事は思い出す。だからゲームが好きではなかったのだろう。さすがに大人になって、そんなつまらない理由でゲームが嫌だとは言わないが、未だ好ましくはない。

その伝言ゲームであるが、大人になると実際のゲームではなく、それは比喩的表現となる。先日も、伝言ゲーム状態で内容が怪しい情報を確認する必要があったが、そんなことは仕事をしていれば日常茶飯事だ。その時は、確認をとるのがまずは基本と連絡をとることにした。相手は例によってフランス人である。「又聞きの又聞きだから確認したい」と言う代わりに、伝言ゲームだからと書く。伝言ゲームは、英語でChinese whisperと表現する。中国人のささやきという感じだろうか。背景を知らないから何故そう表現するのかは皆目見当がつかない。まぁ、そう表現することだけは知っていたのでそう書いた。ところが返ってきた返事は、そんな表現は初めて知ったということだった。辞書か何かで調べて意味を理解したらしい。そして、素晴らしい表現を教えてくれたのだった。フランス語では、Téléphone Arabeと言うと。つまり、アラブの電話である。アラブの言葉が分からないからか、アラブの人の言うことが分からないかは不明である。ただ、違った言語で似たような表現をするらしいというのが面白い。次に使う機会がなかなかなさそうなのが少々残念ではある。

20131103-002そう言えば、先日も面白い言い方というか、名称を知った。ペリカンの写真を見てなんとなく辞書を引いたら、英国の押しボタン信号をPelican crossingというと書いてあったのだ。ペリカン横断である。おやと思ってよく読んだら、実はもともとはpelicanではなくpeliconだという(最後のところがcanではなくcon)。つまり、元は”Pedestrian light controlled crossing”(歩行者信号制御横断歩道)というわけで、押しボタン信号と言うのとたいして変わらない。本当に定着している名称なのかどうかは分からない。先日、イギリス人と会ったばかりなのに聞く事が出来なかったのが残念である。どなたか真偽のほどを教えてほしい。

日本でも交通系ICカードはSuicaにICOCAと語呂合わせ的な名前ばかりである。つまりはきっと同じ発想に違いない。覚えやすいとか、面白いとかそんなところだろう。となれば、pelican crossingはSuicaレベルだろう。ICOCAは一枚上手である。

さて、書いた内容にはほとんど責任を負えない伝聞ばかりである。Téléphone Arabeでないことを祈る。

今日も良い一日を。

Cross Cultural

本屋の店頭とゴミ箱

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本屋さんの店頭ディスプレイ。JaponとTokyoの文字が見える。Instanbulは世界中の憧れかも。

(The article was written only in Japanese) 店先のディスプレイや通りの様子を見ていると、その街の個性や住む人の意識がぼんやりと分かってくる。それは、旅行者が、例えばその地域固有の古い建物に目をやり、その歴史に思いを馳せることとは少し違う。むしろ、生活空間の空気を感じる事であり、今そのものに微かに触れることである。東京に残された日本庭園や神社仏閣を訪ねつつの街歩きの途中で、ヨーロッパからの旅行者が、ふと見つけた小さな道祖神や語りかけてくる自動販売機に興味を持つ。日本からの旅行者が、初めてのパリの早朝の街角で、都会に響く教会の鐘の音や通勤通学の前の道路清掃を新鮮な驚きとして感じる。そうやって、少しづつその街やそこに住む人々が見えてくるのだろう。

日本に住んでいて当たり前と思っていたが、そもそも東京の密集した住居自体が驚きなのだそうだ。高いビルから遠くまで広がった住宅街を見た知人は、すぐさま写真を撮りたいと興奮気味であった。そんな時、どこが面白いんだと聞いてはいけないのだろう。私のように、何回か行っているフランスの街で、カフェの前に停められた普通のイタリア車の写真を撮ったり、普通の川にかかった普通の橋に興味を持ったりするような輩からは聞かれたくないに違いない。

そのような意味では、本屋の店頭は案外面白い。その国の今がわかるとまでは言わないが、空気のようなものを感じることがある。例えば目立つように置かれた旅行ガイドからは、人気の旅行先が見えてくる。児童書を見ると、案外定番の有名作品は同じなんだなと発見がある。そうやって感じるのは、フランスの相変わらずの日本びいきである。正確に言えば、フランス人の多くが日本を好奇心をもって見ているわけではない。ましてや日本好きが必ずしも多いわけではない。それでもなお、本屋の店頭には日本に関する本が並んでいる。今、社会を支えている若い層が、日本製のアニメを見て育ったからという話もあるが、定かではない。19世紀後半にあったジャポニズムを考えれば、今に限った話でもない。ただ、少なくとも本屋の店頭を見れば、日本に関する関心が高いということは想像できる。良かれ悪しかれ関心をもってもらうことは重要で、互いに関心があるからこそ交流も生まれるというものである。

20131026-002街角のゴミ箱ですらその街を想像する材料となる。20年近くも前になるあの事件以来、日本では街角でゴミ箱を見ることが少なくなった。それが、フランスの街角には多く残っている。日本と同じように分別が進んでいるのは同じだが、どことなくオシャレに堂々とあるところが大きな違いだろうか。「日本の街はきれいだよね」とフランスからの知人が言うくらいにフランスの街角にはゴミが多いが、それは何を基準に見るかということであって、そのまま受け取ってはいけない。フランスではプラスチックバッグが鳥と一緒に空を舞っていることもなければ、ペットボトルが車と競争していることもない。そして、汚れていそうなゴミ箱の周りも案外きれいである。朝一番に道路の清掃が行われたりもする。ようは、そこに何を見るかだろう 。

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ゴミ収集車の横には、食料の廃棄を止めよう!のスローガンが。2人は「冷蔵庫が空っぽよ。」「でも、ゴミ箱ならいっぱいさ。」と話している。

そうやって考え出すと、つまらない物にも興味が向くことになる。洗濯物はどこに干すのか、それともドライヤーで乾かすのが普通なのか、あの汚れた車はいつどこで洗っているのか、普段の買い物はどこでするのか。残念ながら、観光旅行で郊外の大型スーパーを訪ねるなどということはあまりないだろうが、実は案外面白い。広さに任せて卓球台が延々と置かれていたりするのを見て、買ったらどこに置くのかなと思ったり、馬具が並んでいるのに驚いたり、日本とは違う様子に興味は尽きない。ヨーロッパからの旅行者が、キラキラと夜も輝く自動販売機の列に思わずシャッターを切るのとも似ているだろうか。

まぁ、そんなわけで、いつも見慣れたゴミ収集車の写真を撮ってしまうわけである。変なやつとだけは思われたくないが。

Photo, photo challenge

Weekly Photo Challenge: The Hue of You

Pink roseUsually, I’m writing here about cross cultural things of France or Europe in Japanese. Basically, prominent colors of France seems to be a kind of earth color like brown, green, gray and so on, especially for common Japanese. However, I think, it comes from a color of building and brilliant red or pink can be a symbolic color of Europe.

Honestly saying, I prefer blue of sky and I believe it shines with bright colors. One of easy ways to see a shinning blue is to visit tropical islands but it is possible to do it in north Europe.

yellow and blues

This challenge was set by the Daily Post.