Cross Cultural, Photo

The Planet with Photo

201703-321Written only in Japanese.

「地球を守ろう。この地球は、コーヒーの飲める唯一の惑星です。」
といった感じだろうか。RSSフィードでチェックしているブログを見ていたら、そんな言葉が手書きのサインボードに書かれた少しおしゃれなカフェの写真があった。旅先で見つけたら、ひょっとするとつい立ち寄ったかもしれない。念のため原文を書けば、”Save the earth. It’s the only planet with coffee.”である。こういったコピーは、冒頭のように直訳的な表現ではあまりしっくりこない。
「宇宙にたったひとつ、コーヒーの香り芳しいこの地球を大切に。」
これもいまひとつだが、最初の訳よりはまだ良いのではないか。言語にはそれぞれ固有の言い回しがあって、直訳するとしっくりこない場合が多い。逆にそれが新鮮であったりもするから一概に良くないとは言えないが、なかなか言葉は難しい。
これが絵や写真、音楽となると世界共通の様に言われて案外頓着しないが、実はまるで違うらしい。各国の民謡の音階の違いは言うまでもなく、山水画とヨーロッパ中世の絵画には大きな隔たりがある。音楽も絵も好きなだけで専門的な内容に詳しいわけではないから正確には表現できないが、大学でしっかり学ぶと地域差とか文化的な違いとかがわかってきっと面白いに違いない。絵であってもそこにはある種の文法のようなものがあって、誰もが鳥の絵を見て鳥と理解するにもかかわらず、その美意識は違う方向に向いていると感じられる。ただ、言語と絵画や音楽が大きく違うのは、符号化されていない絵画や音楽が世界中で了解できることである。符号化あるいは記号化は、その符号の意味が了解されていなければ通じることはない。
さて、特に注意することなく前段で「写真」と書いたが、この写真が文化の違いにあらわれるかと問えば、その答えはなかなか難しい。歴史が浅いからとも思ったが、19世紀後半にはカラー写真が登場していることを考えると極端に新しいわけでもない。そして誰が撮っても同じになるわけでもない。それでも差異が見つけにくいのは、写されたものが現実の映像をそのまま伝えるからだろう。オンラインで世界中の写真を見るのが当たり前になって、差異が生まれにくいこともあるだろう。そう思いながらフォトシェアリング・サイトの無数の写真を見ていると面白い事に気づかされる。やはり写真には文化の違いがあると。誰か、この直感が正しいかどうか調べてくれないものか。

201703-322

Books

A Book: あの日、僕は旅に出た

This article was written only in Japanese.

最近は週末を無為に過ごしているようで、どこかいつも落ち着かない。かつては金曜の夜から何かと忙しく、土曜も早朝から動き回り、それがようやく終わるのが日曜の夜だった。週末に動き回るから体を休めるのはデスクワークの平日。逆だろうと誰かが指摘してくれそうな気がして、かえってそれが生きる拠りどころのようですらあった。だったら、かつてのようにまた何かをし続けてれいば良いのだが、その方法が今は分からない。体力の問題でもなく、方法がないというわけでもない。ただ、どこかできっかけを見ようとしない癖がついたのだ。
学生の頃、夜間の危険な工事でお金をいただき、一緒に高いスキーブーツを買った仲間はもうずっと連絡が取れていない。社会人になってすぐ、まだ高いレストランを躊躇していた頃、少しずつボーナスを出し合ってようやく買ったジェットスキーにおかしな名前をつけようと、いつまでもアイデアを考えていた仲間とは、しばらく会えていない。誰もが忙しく、誰もが無為に週末を過ごす。Twitterのくだらないつぶやきと怪しげな広告にふと我にかえるころ、ようやく過ぎた時間を振り返る。そして思うのだ。以前のように旅に出たいと。1泊2000円の4ベッドルームで贅沢な朝食が付いていたとか、湖の向こうが見たいと自転車で走り始めたら、3時間経っても同じ風景だったとか、そんな思い出話を自分に語りかける。それは妙な感覚であり、そしてどこか日常である。

この本、古いバックパッカーなら必ず懐かしく読める。文芸作品ではないから、時にぶっきらぼうな表現や単純化されたイメージに物足りなさを感じないこともない。でもそれで良い。いつの間にか日々を過ごすことと旅が重なりあって、そんな世界の中に自然に入り込むことができるのだ。

書評の時は本の表紙を掲載してきたが、このところkindleで読むことが多く残念ながら物理的な本が手元にない。せめて旅に関連しそうな写真を選んでみた。

最近読んだ本

あの日、僕は旅に出た (幻冬舎文庫)
蔵前 仁一 著

このシリーズでは書籍を取り上げたことによるいかなる経済的利益も得ていない。リンク先はAmazonであるが、これは広く使われているという単純な理由からである。