Bonne journée, Cross Cultural

moved

L’ateriler tanu has just moved to Yokohama from Brittany in terms of physical location. It seems still not so easy to post articles regularly because of some complicated daily staff and nonsense but gradually everything starts roll. There have been a lot of procedures to be done, a lot of issues to be solved, and a lot of things to be thrown away. I could say it was tough and interesting. Perhaps, someday I may write my experience of the last one month but it’s not the right time. Here’s just one thing to say now before your vacation. Heathrow airport is still messed up.

アトリエ・タニュは、物理的にはブルターニュから横浜に引っ越しました。やるべきことが山積していて定期的にブログを更新できるほどの余裕はありませんが、徐々に何もかもが動き始めたように思います。たかが引っ越しに色々ありましたが、今のところは詳しく書きません。落ち着いたら何か書こうかなと思います。ただ、バカンスシーズンで英国に行く方に一言。ヒースロー空港は未だ混乱しています。地上スタッフも十分機能していないようです。ご注意あれ。

Bonne journée, Cross Cultural

Smart City?

ここも立派な公道

トヨタのウーヴン・シティの記事を読みながら、ようやく街から未来を作るという発想が日本にも出てきたなと思う一方で、妙な違和感も同時に感じている。街自体を作るというのは、少なくとも日本にも平安時代からあるし、きっとローマを作る際には、先端技術であったろう上下水道の完備を模索しただろうから、決して新しいことではない。江戸の街だって、防災の観点から綿密に再設計された節がある。でも、ウーヴン・シティは街を作るには違いなくても、モビリティやサービスプラットフォームに主眼があって、その実験のために街まで作ろうという点で、これまで日本にあった街作りとは違うのかなと思うのである。

だとすれば、違和感はどこから来るのか。街のイラストを見ながら想像してみたが、ひとつ言えそうなのは、こんな街に住みたくないという拒絶感なのかなと思いついた。街はそこに住む人と共に何年もかけて成長するものである。変わらない街の歴史と変わりゆく街の姿が重なって、街も自分も歳を重ねる。だから自動で配達してくれる街よりも店先を眺めるのが楽しみな街がいい。多少不便な街に住みたいと思うのだ。もちろん、ウーヴン・シティにだって歩道に向けてはみ出しそうに商品を並べる店も出てくるだろうし、落書きだらけの裏路地も出現するのかも知れない。それでもビデオを見る限り、安っぽい今風のショッピングモールの中に住んででもいるような姿しか見えてこない。それはトヨタの車に住んでいるかのようでもあり、どこか気持ちが悪い。

技術開発のための街だから、50年後は気にする必要がないことは分かるし、ようやくこんなことができる会社が出てきたとも思う一方で、こんなところには絶対住みたくないと感じる生理的な違和感も否定できないのだ。ここでなくても日本でもさまざまな街が自動運転の実験や電動キックボードの導入など、さまざまなモビリティの改善やスマートシティ開発に取り組んでいる。例えば福岡も岐阜も柏市もそんな街であるに違いない。新しく作る街だけでなく、昔からある街が題材となるなら良いと思うのだが、きっとそう簡単にはいかないのだろう。

新しい実験施設ではなく、歴史も未来もある街が積極的に変わっていくのはちょっと楽しい。ヨーロッパの多くの都市では、自動車用のレーンを潰してでも自転車用レーンを作り、街の中は小型のモビリティやトラム専用のようになりつつある。エネルギーの再生こそまだまだ上手くいっていないが、車で入ることのできない街の中心部には人が溢れ、昔ながらの商店街が息を吹き返し、ちょっと面倒な移動を楽しんでいるようでもある。車で移動していると、身軽な自転車が横を追い抜いていく。ひねくれものと言われそうだが、不便なことが自慢できる街があったらきっと住みたいだろうなと時々思うのである。

Cross Cultural, Photo

城壁

フランスの衛生上の制限はほとんどが3月末までに撤廃されて、ふらつきながらも新規感染者数が明確に減少してきたこの初夏は、まるで3年前に時間が戻ったかのように観光客が増えてきた。そんな中、もちろんいつ行っても驚かされるモン・サン・ミシェルあたりを訪ねてみるのも悪くないアイデアなのだが、他人を気にしないツーリストに溢れた狭い場所を歩き回るのもどこか落ち着かない。今でも身近なところに新規感染者がいて、決して感染が収まったわけでもない。人口6000万人に対して毎日2万人以上が感染しているのだから、狭い場所での人混みは安全とは言えない。しかもここ1週間は移動平均で増加に転じている。

それであれば、たとえ有名ではなくても近くの旧跡周辺を散歩するのはどうか。ブルターニュは、ありとあらゆる場所が歴史の一部なのだから、わざわざ混雑する中に行く必要などない。

かつてブルターニュ公国がフランス王国とは独立して存在していた頃、ブルターニュの東の端は国境防衛の最前線であり、美しく華やかで優雅な城よりも何日でも持ち堪えられる丈夫な城が必要だった。城壁の外には防衛と飲み水の確保のために川が流れ、洗濯場では人々が賑やかに会話を楽しんでいたに違いない。城壁の中は縦横に道が通り、商店が軒を連ね、その中央にはカソリック教会が置かれて心の支えとなった。そんな街を想像しながら眺める旧城は、今でも異様なまでに力強くその姿を誇示している。

だからブルターニュの散歩は楽しいのだ。見上げた城壁は市役所の壁なのだから。

Bonne journée, Cross Cultural

CO2

「だって二酸化炭素出さないでしょ」と何度も聞かされてきた。正直に言って二枚舌だと感じることもしばしばだが、二酸化炭素排出量と有機農業に対する意識は相当深い。フランスという国の新しい文化のようでもある。

モン・サン・ミシェルへの道を一般車両に対して閉ざして橋を作り直し、移動手段を電動バスと馬車に切り替えたのは2014年の夏であった。実に調査に10年、建設に10年と時間をかけてモン・サン・ミシェルは島に戻ったのだが、この時から工事車両や島内のホテル関係者といったどうしても必要な例外を除いて、島に渡る方法は原則徒歩か電動バスということになった。実際のところ、二酸化炭素を気にして橋を架け替えたのではなく、調査の結果2040年にモン・サン・ミシェルは島ではなく砂洲に囲まれた突端になると分かったからだが、この時駐車場を島側ではなく大陸側において一般車両を締め出そうと考えたのは正解だった。大潮の時には一部が海に沈むという橋のアイデアもあって、今ではすっかり巡礼の道が戻ったように見える。

フランスも例外ではなく、政治的な発想がどこにでもあるから、モン・サン・ミシェルに貢献したとかいったよく分からない理由で一般車両が橋を渡ることもある。そんな時は案外大排気量のリムジンだったりするわけで、想像するほどストイックでもない。それでもやれることはやる国でもある。ある程度の大きさの街なら自転車レーンが用意されていることも当たり前だし、自転車レーンの設置ができないほど狭い道でも自動車用のレーンを制限してでも設置する。自動車の相互通行が一方通行になったり、片側2車線が1車線に変更されることも珍しくない。

先日、知人がハイブリッドの車をやめて自転車に切り替えた。少々太り気味だったから、すっかりトレーニングとダイエットなのだろうと思ったら、理由は二酸化炭素排出量削減だそうだ。だから電動自転車に乗っている。どうせなら電動じゃない方が良いぞとアドバイスはしておいたが、アドバイスが心に響いたかどうかは分からない。まぁ、確かに車よりは体力を使うし、電動であっても車よりは二酸化炭素を排出しない。やらないよりやったほうが良いというのは間違いない。二酸化炭素と体重は、ある意味似たようなものである。

Bonne journée, Cross Cultural

five tall trees

見慣れた公園を歩いていたら、急に5本の背の高い木がそれまで見たこともなかったようにこちらを見つめていて、訳もわからず威圧感を覚えたのはどうしたことか。

その5本のスッと立ち上がった木は、多少の権威でも背負っているようにアイロンをきちんとあてた制服を着て、両腕を腰の横に置き、落ち着き払った様子ではあっても気迫に満ちた眼差しをこちらにむけていた。気づくまではゆっくりとこちらに歩いてきていたのかもしれないが、背丈よりは少し遠い距離を置いて立ち止まり、何かを言いたそうにしているのだった。その5本の木を見上げて慌てて写真を取れば、木々は一言も発することなくいつもの木に戻っていた。

だから妖精の住む国の朝の散歩は面白い。