Crawling up an easy slope.
坂というほど大げさではないけれど。
Category: Bonne journée
vice

都会に雪の予報があれば、
うんざりして何事か失敗を取り繕うような気分で過ごしながら、
実はひとひらも白いものが舞わないその日に、
何かを失ったような残念な気分をどこか抱くのは、
雪が降る街を離れて何年も過ごした夜の慣わし。
鼻の奥に酸っぱい痛みを感じながら
早朝の冷えきった新聞受けをさぐり、
白金と赤に輝きながら距離を縮める木星と火星を仰いで吐く息に
始まったばかりのいちにちを感じるのは、
どこかでつまらない嘘を隠す今日の後ろめたさ。
小さな悪徳がなければ息苦しく、
微かでも美德がなければ呼吸すらできない。
雪の写真は昨年のもの。

Fresh
2018
年末に新年の挨拶をするようになって何年にもなる。朝の短い自由を新聞を広げて楽しむサラリーマンを横目で見ながら、トミー・フラナガンのピアノを聴きつつゆったりと過ごす通勤電車の中で、そんなことをふと思い出した。御用納めの朝の電車はどこか余裕ある空気が漂っていた。なんとなく、慌ただしい何かが終わったような気がして、年末は不思議な安堵感のようなものを感じるものなのだろう。これが年始となるといきなり何事もなかったかのように仕事が始まって、一気に慌しさを取り戻す。だからほとんど新年の挨拶のようなものもない。一緒に仕事を進めているフランスのチームもしっかりと休みをとるが、クリスマスの挨拶がわりに新年のあいさつをすると、年明けの会話はスケジュールの話だったりする。そんなものである。
ともかく、2018年こそは明るい一年でありますよう。
May the New Year turn out to be the happiest and the best for you.
Bonne Année
Gelukkig nieuwjaar
Onnellista uutta vuotta 2018
Cozy
I used to have a cozy sleeping on “tatami” of a north side room
in summer and to be lying snug and warm on “engawa”, a Japanese style loggia, in winter when I was a child. Today, it is hardly seen and a part of nostalgia or a historic architecture.
The picture at the top was taken at a preserved architecture close to my house.
最近は縁側も少なくなって猫も困っているのではないかと心配。




