Bonne journée, Photo, photo challenge

A Tree

201712-111

Someone is sitting in the shade today because someone planted a tree a long time ago.
– Warren Buffett
「今日、誰かが木陰で休んでいるのは遥か以前に誰かがその木を植えたからなのです。」
– ウォーレン・バフェット

It is really good words but the next quote sounds easier somehow for me.
とても良い言葉だが、少し傲慢にも聞こえる次の言葉の方がなぜかしっくりする。

People don’t remember each tree in a park but all of us benefit from the trees. And in a way, artists are like trees in a park.
– Yoko Ono
「人は公園の木々をひとつひとつ覚えてなどいないが、私たちは皆その木々の恩恵を受けている。ある意味、アーティストとは公園の木々のようなものなのです。」
– オノ・ヨーコ

At a serene park. (The 2nd contribution to WPC:Serene)
静かな公園から。

Bonne journée, Photo

Urban Life (薬のコピー)

201711-211

通勤電車の妙な静けさの中にいると、小さな咳に罪悪感のようなものを感じなくもない。「いえ、たまたま喉がイガイガしただけです」と心の中でつまらない言い訳をしたりもする。ひとは騒音を聞き続けるとそこが一段高い基準となって、いつか慣れるものなのだろう。だから電車を降りたところで急に静かになったとは考えない。通勤ラッシュの車内は、そうした意味で、誰もいない滝壺で静けさと自己に立ち向かいながら修行でもしているような場所である。誰かが気にも留ない小さな咳をした時にその修行の場を乱す罪悪感を持つのは、咳をする自分自信の孤独な所業なのである。
ところが、少しばかり大きな咳をふたつみっつすると、状況は一変する。誰ひとりいないはずの滝行の場は、途端に異端裁判のくすんだ空気へと相変化してしまうのだ。向かいに座って新聞を広げたサラリーマン風の男は、ばさっと新聞紙を揺らすようにして警告を発し、となりでスマートフォンに熱心に何かを打ち込む和装の女は、スマートフォンに向けた顔を微動だにせずちらりと目で威嚇する。咳をした側は慌ててハンカチを当てるのが吉である。誤ってそのままさらに咳をしようものなら有罪は確定したも同然。バツの悪い孤独感ではすまないものと思った方が良い。

そんなことを思ったのは、通勤電車で漫然と広告を眺めていたら、薬の広告の不思議な符合に気付いたからだ。自分の右手には「あ!これが、私の頭痛薬」と小ぶりな広告が貼られ、目を同じ位置の隣の部分にやれ「あっ!このかぜ薬」と同じ大きさの広告がある。どうしてこうも強制的に発見させられなければならないのか、広告担当者はもう少し考えてもらいたいものである。もちろん会社も違うから単なる偶然だろうが、どうも釈然としない。そんな風にモヤモヤとしながら小さな咳をしたものだから、冒頭のようなことを思ったのだ。
いや、分かっている。もちろん勝手にくだらないことを考えているだけだ。秋も本番である。

 

Bonne journée, Cross Cultural

to talk

201710-511(written only in Japanese)

話すことによってではなく聞くことのによってのみ話す行為を終えることができる、それが生きることの宿命でさえある。声を単に発することは話すことではない。聞き手がなければ、唸り声をあげようが哲学を語ろうが同じことである。一方で相手の言うことをうわの空で聞けば、寝ていても同じことである。相手の言うことを聞いてこそ話すことは終えられる。

塩野七生によれば、カエサルは「ひとは見ようとしたものしか見ない」言ったそうだ。一次資料にはあたっていないから真偽のほどはわからないが、少なくともこの言葉はそれを知る以前からずっと、胃の上あたりで疼く違和感のようにまとわりついてきた。特段イヤな言葉とかいったわけではない。ただどこかに上辺だけでも取り繕いたくなる基準となる原器のようなものがあって、それを知らないふりをし続ける鈍い重みのような、小さな悪徳を抱えている気がするだけだ。

見聞きする日常は、当たり前すぎてかえって遠く霞みゆく。

Bonne journée, Photo, photo panoramique

Flowers in Autumn

201710-321

There is nothing more difficult for a truly creative painter than to paint a rose, because before he can do so he has first to forget all the roses that were ever painted.
– Henri Matisse

真に創造的な画家にとってバラを描くこと以上に難しいものはない。だって、そうするにはこれまで描かれたバラを全て忘れなければならないんだから。
– アンリ・マティス

であれば、どう写真を撮れば良いというのか。よほど創造しようとする意欲があっても制約が多過ぎるというものだ。淡いオレンジと強烈なオレンジが溶け合うこと無く混じり行く10月。

201710-322