Bonne journée

doesn’t matter

201712-411

どうでもいい話ではある。言葉には何かを伝えるという目的があって、その目的を達成するために要らない事に気を使うこともあれば、勿体ぶった表現をすることもある。ある人によれば、時に高圧的な態度をとることが必要だそうだが、人それぞれである。丁寧にお願いするのがいつも良いわけでもないが、高圧的なのは伝える言葉ではない。ただ、丁寧なようなそうでもないような妙な表現が色々出てくるのも困ったものである。「よろしかったでしょうか?」など、慣れてはいてもいつもどこかで違和感を感じている。

先日、遅れた通勤電車をいつものように待ちながら、ふと急にアナウンスに違和感を覚えて驚かされた。「次の電車も併せてご利用ください」といういつものアナウンスである。だが、よくよく考えればかなり怪しい。併せて利用とはどんな意味なのか。今来たばかりの混雑した電車と次の幾分人の少ない電車の両方に同時に乗ることなどもちろん出来ない。だが、誰もが平然と受け入れている。要は、次の電車の利用も併せてご検討くださいということだろう。絶対に次の電車に乗れとは言わないが、よく考えて次の電車の方が良いと思うならそうしてほしいという随分と回りくどいお願いである。回りくどいから簡単にまとめると「併せてご利用ください」となったのかも知れない。
まぁ、どうでもいい話ではある。

 

Bonne journée, Photo

Daily Life

201712-311

日常のように淡々と時が過ぎ
日常のように終わりが曖昧なまま
過去が作られる
そうやって
心のどこかに小さなトゲが残される
容赦ない自然の惨禍も
玄関先の蔓薔薇も
同じように傷痕を残しはするが
突きささったトゲは
いつまでも
小さな痛みを与え続け
誰ひとりその終わりに気づかない
日常のみが
ただ終わりを告げる
それが日々を過ごすということ

自分には嘘をつかないこと
だけどちょっぴり嘘をつくこと
そうやって
僅かな幸せが訪れる
その小さなトゲと
僅かな幸せが
瓦礫のように折り重なったものが
生きると言うこと

 

Bonne journée, Cross Cultural

Zhu Bajie

201712-211

新聞の片隅にあった妙な広告が通り過ぎざまに目に入り、思わず立ち止まって確認した。よく見れば「嘘八百」という映画の宣伝だったのだが、薄暗い朝の光の中で動く目から入った信号は、わずかばかり漢字の形状が似ているからか、頭の中で「猪八戒」と変換されたのだ。流石にそんなドラマや映画はないだろうと見返した訳である。三国志の中にあって重要な役割を果たす猪八戒であるが、猪というその姿からしてヒーローの条件を満たしていない。その猪八戒を主人公に映画でも作ればなかなか面白そうではあるが、売れるためにはひと工夫いるだろう。

ところで、猪八戒はなかなかにかわいそうな妖怪であることは、忘れがちである。元々は天上界の水軍だったかを率いる神様であったが、少々女癖が過ぎて地上界に追放される。その際に生まれ変わる先を誤って、人間ではなく豚だか猪だかにしてしまったのだ。確かそんな話である。何もそんなところで間違わなくても良さそうなものだが、物語とはそんなものだ。あぁ、間違った!と後悔したのかどうかはわからない。

朝のまだ薄暗く冷たい空気の中でつまらない見間違いをしたために、妙なことを思い出しながら苦いコーヒーを楽しむことできた。休日の朝はそのくらいがよい。