Bonne journée, Cross Cultural

街の本屋

201603-111Written only in Japanese

近くのスーパーで思いがけずカセットテープが売られているのを発見した。透明な矩型のプラスチックに封じ込められた磁気テープのリールが、パッケージの隙間から覗いていた。シーケンシャル・アクセスしかできない不便なそれは、デジタル化の中で急速に姿を消したものの、それでも一定の需要があって今でも売られていることは理解していた。だが実際にそれを見ると、正直どこかで不思議な感覚を覚えた。理解することと現実にはギャップがあるということだろう。
同じような感覚を時々街の本屋で感じることがある。住む街や仕事で向かう街の商店街で見かけた小さな書店は、直ぐに売れ筋の本を手にする場であると同時に、新たな発見をする場でもあった。もちろん、今でもそういった側面はある。それどころか、ここ数年すっかり定着した手書きのPOPは楽しみでもある。一方で、買う事を決めた本を買うだけなら、間違いなく大型書店を訪ねるかオンラインで注文する。発売から少し時間が経てば、小さな街の本屋で探す事は難しい。頭では理解しているのだ。どうせ見つからないからオンラインで注文し、そうやってオンラインで買うから街の本屋は少なくなる。結局、以前からの書店で出会う楽しみは、わざわざ大型書店に出向くレジャーのようになって足は遠退くのだと。それでもこうも思う。街の小さな本屋が少なくなって不便だなと。人間とはそんなものなのだろう。
そのうち街の小さな公園までがそうなりはしないかと、少し不安を感じなくもない。

 

Bonne journée, Photo, photo challenge

a water gate

201602-411

English text at bottom

子供の頃を過ごした街は、今ではすっかり変わって道に迷うほどである。よく遊んだ急坂の上の寺はなくなり、道も平らになって大型店が並ぶ。街がそれだけ良くなったということなのだが、一方で生まれ育った街すっかり変わりそこで道に迷うたびに疑問を感じなくもない。コンクリートに覆われた河岸に悲観的な感傷を感じているわけでもないし、努力の結果だとは理解している。ただ、古い水門がどこかしら通り抜けられない時間の門となって立ちはだかっているように見えてくる。

The town where I spent my childhood playing with naughty boys and girls has been completely changed. A steep slope to an old temple was replaced to an ordinary street that general merchandising stores were built along and most of riversides are now covered with concrete. I know it was a result from continuous efforts of improvement of the town, with political issues though. I’m not pessimistic but, just say, I’m wondering if it is still my hometown when I miss the way home. As if an old water gate made a barrier for small lives.
Please note that I didn’t write the Watergate. The mayor who strongly pushed on construction with his political ability when I was a kid at school is the dad of a naughty friend.

In response to WPC: State of Mind.

Bonne journée, Cross Cultural

Bonne journée (40)

201602-311

Written only in Japanese

部屋のドアを開け荷物を押し込みながら、ようやくたどり着いたという安堵感とともに、その日に泊まるホテルが快適かどうかを急いで確認してしまう癖はどうにも治らない。長旅の後なのだからベッドに身を投げ出して固まった背中の筋肉をリラックスさせるとか、とっとと荷ほどきをして自分の城を築くとか、あるいはまだまだ元気いっぱいなら早速バーカウンターを目指すとかいろいろありそうだが、とりあえずはあらゆるドアと引き出しを開け全てをチェックする。

そうやってチェックする筆頭は、ベッドや枕ではなくバスルームであることが多い。水が出ないというのには出会ったことはないが、排水されないことはある。石鹸がなかったのでフロントにお願いして持ってきてもらったが、翌日もまたなかったなど普通のことだ。後でチェックしても良さそうなものだが、ひととおり確認してから荷ほどきを始めるのはもはや習慣となった。

そんな確認をしながら気づいたことがある。最近は、地球環境を意識した変化がすっかり定着したということである。もちろん、ずっと続いてきたことではある。メルキュールは「地球を救おう」キャンペーンと称して、以前からアメニティを使わなかったらその分を寄付するとしているし、タオルなどは交換して欲しい時にバスタブに入れてくれと書いたシールを鏡に貼っている。昨年は、とうとうボディージェルとシャンプーが壁から下がっている仕様になった。確かに使い捨てのアメニティよりは環境に良いだろう。そして、その環境対策がコストダウンにもなっている。企業の都合が誰にも良いことであれば、それは継続可能であるに違いない。あまり鉄道網が使えない北米ほどではないにせよ、車社会のヨーロッパでもバス通勤が増えているそうだから、それだけ意識も高まっているのだろう。

さて、ホテルの到着チェックで一番困ったのは、石鹸や水ではない。なんと、ドアが開かなかったということだ。クローゼットとかではない。部屋のドアである。確かに鍵は開いたが、どうやってもドアは動かない。仕方なくフロントに戻って事情を説明したら、フロントマンは実にあっさりとその動かないドアを開けて見せた。少し上に引っ張るようにするのがコツだそうだ。確かにこれ以上のセキュリティはない。鍵を無理矢理こじ開けても泥棒は入れないのだから。