Photo, photo challenge

Weekly Photo Challenge: Life Imitates Art

201602-201
imitating “The Hunters in the Snow” by Pieter Bruegel the Elder

When I was young at school, I went to the backyard of the school building  with some kids mostly everyday not for playing but skating. Indeed, the school had a tiny ice rink and I was a volunteer of maintaining it. The place I spent my childhood is sunny in winter but the temperature is enough low to make a flat ice. My job was to sweep up the surface of the ice and then my teacher sprinkled the rink with water. Of course, volunteers had the privilege of skating freely in short time.
The picture on top was taken in the bay area of Yokohama. The place named “Art rink” appears every winter at a shopping mall and a lot of kids find the pleasure of skating. The place itself is like an art and the scenery is like a movie.

By the way, I still don’t feel a sense of reality in the words of Oscar Wild probably because the life impressed me as being dynamic and plentiful but the story is simple, as Willa Cather saying

There are only two or three human stories and they go on repeating themselves as fiercely as if they had never happened before.

オスカーワイルドの言葉「人生は芸術を模倣する」は、少しばかり傲慢な言い方ではないか。まるで、人生で感じる様々なことがアートとしてある決められた何か以外ではありえないかのようでもある。芸術至上主義が芸術のための芸術だけを意味するわけではないことは、歴史を再評価できるようになった戦後には(おそらくは)共有された認識ではあろうが、それでも様々に感じる出来事が限られたアートで定義できそうな表現にはなかなか同意できない。
ウィラキャザーの言う、この文のほうがずっと理解しやすいかもしれない。

人のある物語はたった2つか3つしかない。そしてその物語は何度も繰り返されるのだ。かつて経験したことのないかのような激しさで。

上の写真は横浜赤レンガ倉庫のアートリンク。暖かな空気に氷も溶け、ほとんど誰もいないリンクに鏡のような層ができていた。

In response to the weekly photo challengeLife Imitates Art by The Daily Post.

 

Bonne journée, Cross Cultural

Bonne journée (38)

201602-111Written only in Japanese
フランス語はほとんど話せないが、何度か訪れているうちに最低限の挨拶のようなものだけは身についてきた。「こんにちは」と言った類である。郷に入っては郷に従えと言う通り、旅行者だからと言って相手に甘えてばかりとはいかない。少しでも旅先の文化を尊重する努力があればこそ、良い出会いもある。もちろん、フランス人やフランス在住の日本人からやんわりと忠告されることも無いわけでもないが、努力すれば相手も大目に見てくれる。そうやって、少しずつ覚えてきたと言うべきか。日本に来たフランスからの旅行者から、たどたどしい日本語で「こんにちは。横浜に行きますか?」と電車を指差しながら聞かれれば、答えたくなるのと同じである。
今は以前と違って、フランスでも大きな街なら英語が通じることが多い。まして、旅行者が行くような小綺麗な店ならほとんど問題ない。だが、少し小さな地元の店に行けば、たちまち英語はあやしくなる。その英語の通じそうにない店のガラス越しにちょっと美味しそうなマカロンが見えたら、フランス語を理由にためらいたくはない。

ということで、フランスの街角のお店に入った時の挨拶である。店に入ってまずひとこと「ボンジュール」は欠かせない。誰も教えてくれなかったし、案外語学の本にも旅行ガイドにも書いてないが、初めての店だろうがひやかしだろうが、ほぼ誰もが挨拶をする。日本で店主が「いらっしゃいませ」と言うことになっている暗黙の了解と同じで、客も「こんにちは」と言うことになっていると思えばよい。逆に「ボンジュール」と言わないに客は怪訝な眼差しが向けられる。もちろん、旅行客だなと直ぐに想像してもらえるだろうから絶対に必要なわけではない。大目に見てくれるのはそんな時である。「こんにちは」はフランス語で「ボンジュール」ですよなど、初めてフランス語を学ぶ時に教えられる基礎の基礎だが、それは言語であって、文化ではないのだ。
201602-112ホテルの食事は高い上にたいして美味しくないから、フランスに行ったら朝食はパン屋で買う事が多い。街中なら歩いて5分の範囲にパン屋が必ずある国だから、時差ぼけ解消と健康と美味しいパンのために朝から歩くのは気にならない。大抵は7:30くらいに店は開いている。見つけたパン屋のドアをくぐって最初にするのはこの「ボンジュール」の挨拶である。そうやって挨拶してしまえば、後は焼きたてのパンを見ながら「これひとつ」と言いながら指を立てるだけで買い物はできる。日本語であっても意図は通じるに違いない。もちろん、「un croissant, sil vous plait(アン クロワッサン シルヴプレ)」くらい言えるとよい。たどたどしいフランス語でそう言いながら、たったひとつクロワッサンを買ったら、おまけにシュケットを幾つか一緒に包んでくれたのは、随分と前のことである。もちろん、「ボンジュール」が良かったわけではない。恐らくは、お金のない学生か移民と思われただけだろう。もちろん、メルシーと言いながらクロワッサンを受け取り、「Bonne journée(ボンジョルネ)」と店を出た。後ろからは「à vous aussi(ア ヴ オゥスィ)」の声。「良い1日を」「あなたもね」そんな会話である。
これは、レストランでも変わらない。それどころか、美味しかったから次の日も晩御飯は同じレストランにしようと同じ時間に訪ねたら、前日と同じ人が出てきて、握手しながら「ボンソワ」と挨拶したということも一度や二度ではない。挨拶は基本のコミュニケーションである。

 

Photo, photo challenge

Weekly Photo Challenge: Time

201602-101
3 to 12

Time is passing between now and then.
Time was passing between hopes and fears.
It is always passing with no rules.

A picture on top was not taken at Cinderella time but lunch time!
Pictures below was taken at “Akarenga”, The Yokohama Red Brick Warehouse, and surroundings where both fast and slow time is passing simultaneously. It’s good place for walking and shopping.

In response to the weekly photo challenge, Time by The Daily Post.