Books, Cross Cultural

A Book: 里山資本主義

201410-024Written only in Japanese.

狭い意味でのデザイン、あるいは見た目という卑近な言葉までは必要ないが意匠とでも言うべき姿としてのデザインには、好き嫌いはあっても良い悪いはない。ゴッホの絵にも好きな人も嫌いな人もいるように、感性の違いは必ずある。比較的安価なものであればあまり気にしないかも知れないが、車のような安くはない買い物なら、デザインの好き嫌いは気になる人も多いだろう。安価であっても、ペンのような手にするものは、デザインが重要だったりする。ところが、それが良い悪いかと言われれば、感性に対して良い悪いもない。

無論、実際には「良い」デザインがあるという反論があることは分かっている。多くの人が好きなデザインは良いデザインであろうし、誰もが使いやすい工業デザインが優れていることは間違いない。ただ、そこには「商業的に」という説明が見え隠れする。商業的であることが悪いわけではもちろんない。売れることで安価になるかも知れないし、誰もが使いやすくあった方が良い。それでも、どこか、「良い」デザインによって失う何かがあるような気がしてならない。

企業活動にとって、なるべく多くの人に受け入れられることは重要である。たったひとつしか売れないなら受注生産のほうが良い。100個売れるデザインより10000個売れるデザインのほうが良い。そうやっていくとやがて、万人受けするデザインだけが生き残る。どれもが同じようなデザインになり、同じ文法の中で表現を少し変えたものばかりとなる。いつだったか、会話内容から製品の意匠デザインを担当していると思われる人が、ため息を吐きながらこんな話をしているのを聞いたことがある。その人は、新しい形態のデザインを提案しても、良いデザインだが次に考えると言われて受け容れられないというのである。だから、もう少し普通のデザイン案も用意すると。仕事をするなら真っ当な話である。自分の思うところと、より保守的な案のふたつを提示し、意思決定者が選択可能にする。結果は保守的なほうと分かってはいても、考えは提案しなければならない。
「日本車なんてつまらないよね。みんな先っぽが斜めに丸くなってて、どのメーカーもデザイン同じなんだから。」
とその人は言う。そのつまらないデザインは、世界中で売れている。T社にいたっては、世界トップを争っている。そうやって、販売の視点でデザインが決まり、どれもが同じになるのだろう。

都会だろうが、地方都市だろうが、人口数十人の村だろうが、それは等しく存在する。万人受けするデザインであれば、どこでも売れるだろう。特に工業デザインなら地域差は少ない。だから都会の論理が良いということになる。東京は田舎にも持ち込まれ、人は東京を目指す。そうしたことが悪いことでもない。

201410-025ところが、いつも仕事をしているフランス人と話していると、どこか違うような気がしてくる。原点のずれのようなものを感じることがあるのである。彼の地元では大きな青空市が週末に立つ。その市では、生鮮食料品を中心に日用品が売られている。さぞかし新鮮で安いたくさんの種類の野菜でいっぱいなのだろうと思うと、そうでもないと言う。新鮮であるのは間違いない。だが、値段も高いし種類が多いとも言えないのだそうだ。安くて手軽な食料品が欲しいなら、郊外の大型スーパーの方が良いと。それでも彼は、時間があれば市で買う。安全でエネルギーを使わないエコな野菜を選ぶのだ。大型スーパーは、画一化された工場で作ったような野菜を大量に買い付けて運ぶ。手間がかかる有機農法などコストに見合わない。何が使われたかなど分かったものではない。そもそも、そんな物が美味しいはずがない。そんなことらしい。もちろん、季節はずれの食品は手に入らないだろう。いつも必ず市で買うわけにもいかない。時間のある時に会話を楽しみながら美味しそうな食材を探し、ついでにブランチを楽しむということなのだろう。売る側も自信と誇りを持って売っているから、あまりいい加減なことはしない。そんな人々が集まれば、自然と地元の伝統文化を残そうといった話にもなる。パリも良いけど地方も悪くないなと思える場所にもなる。

さて、ここに書いたことと本書は直接関係ない。本書に書かれていることの正否は(そんなものがあればだが)、時代と社会が決めることであって気にする必要はない。そもそもこのブログで書いたことでさえ甚だ怪しい。どこかに勘違いはないかと問われれば、記憶自体が大きな勘違いでしかないのかもしれない。であれば、どうして直接関係のない話を書き連ねたのか。本書を読んだことで思ったこと、思い浮かべたこと、それ自体が本書の価値なのではないかと感じるからである。どこかにひょっとすると同じバックグラウンドがある可能性がありはしないか。そんなことを考えることだって、一つの読み方だろう。

最近読んだ本

里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く(角川oneテーマ21)
藻谷 浩介、NHK広島取材班 著

 

Bonne journée, Photo, photo challenge

Weekly Photo Challenge: Signs

201410-010At first, I got interested in the shape and color of this sign. It was a hot summer day, sky was blue and the metal was shining. The sign was looked like a part of summer.  Then, I took this picture with my iPhone but what was this?
It said “Lead Hook” which meant that you could hang a leash of your dog on the hook. Looking into the sign, its shape was a face of a dog. Interestingly, the sign said in Japanese, “please do not use for a big dog”.

201410-011

I posted similar pictures. Let me do it again because I like this signs as a symbolic view of busy city.

201410-012

The last one is a handmade road sign. I think it was a good combination of green and a sign.

All the pictures were taken with iPhone 5.

In response to the weekly photo challengeSigns by The Daily Post.

Cross Cultural

A postbox 郵便ポスト

201409-053written only in Japanese.

今時なかなか手紙を出す機会もなくなってきたが、旅先から送る手紙は、案外根強く残っている。フランスの街角のカフェでコーヒーを飲みながら絵葉書に何かしら一所懸命書いているのは、かならずしも旅行者だけではなさそうだ。買い物袋を抱えて葉書を覗き込む人々は、きっと空いた時間に手紙を書くそこに住む誰かに違いない。足を組んで、木製の小さな丸テーブルの上で、小さなボールペンを躍らせる。次第に小さな白い空白はブルーブラックの文字に埋まり、小さな紙切れは小さな切手を貼られて誰かのもとに運ばれていく。それが日常の一断片なら、少し羨ましい気もしないではない。

201409-051さっとスマートフォンを出して、写真を添えたメールを送るのは、何かを伝える手段として否定する気は毛頭ない。むしろ、その方がリアルタイムに伝わって、ずっと良いかも知れない。地球を半分回った向こうから、会話をするように送られてきたメッセージは、遥か遠いその場所をいっきに身近な場所にしてくれる。「それで、いつ来るの。」とメッセージを送った相手から、質問を察してか、送信と同時に「来週火曜の朝に着くから」と返事を受けて、光より速いなどと楽しんでいると、いつの間にか、数千キロの距離を感じなくなっている。

それでも、今も誰かが絵葉書に何かを書いている。受け取る相手の表情を想像しながら、キーボードではなく、胸ポケットや手帳の間にちゃんと収まる小さなペンで書いている。そして、その数グラムの紙切れはやがてポストに投函され、想いとともに送られて行く。なんの手ごたえも返さない無愛想な送信ボタンを押すのではなく、どこか意思を試されるような投函という作業が、想いを伝える。

旅先で手紙を出す時、それが住む国と違う国であればなおさら、それはちょっとだけいつもと違った風景となる。だから、旅先から送る手紙は、少しばかり意味が違ってくるのだろう。

この文章を書くにあたって、フランスのポストがどんなだったか思い出せない事に気が付いた。古い写真をひっくり返してみても、写真にも写っていない。確かに郵便局に行ったことはあってもポストに投函したことはない。そんなものだろうが、世界中のポストが気になり始めた。

201409-052

Cross Cultural

Silent Mode

201409-015Written only in Japanese.

走り出したその車内は、意外に静かだ。旅を共にする人々の話し声や雑誌をめくる音に覆い隠されて、小さな機械音もほとんど聞こえない。TGVの車内でウトウトとしかけた乗客にとっての一番のノイズは、むしろすれ違うTGVの風圧による。バンと大きな音をたてて窓を叩く風は、速さの裏返しである。

意外なほどにスマートフォンを操作する乗客も少なく、誰もが自分の隙間時間をそれぞれの流儀で過ごす。それでも、車内で忙しなく電話をする人々は少なくない。ビジネスが止まらないのは世界共通。車内での電話は禁止されているが、連絡をとりたいという欲望はどこにでもある。電話が繋がると、あわててデッキに向かう姿は日常的だ。自己主張と社会的責任のバランスは、電話が繋がったらデッキに向かうという形でとられているのだ。たまにはずっと大声で話し続ける輩もいるが、それも世界共通。デッキまで大声で話しながら移動するのを良しとするか、そもそも電話をすることからしてマナー違反とするかはそれぞれだろうが、少なくともフランスらしい風景ではある。混雑した日本の通勤電車とは比較しようもない。ただ、新幹線でもマナーをしっかり守ろうとする日本の風景は、少しだけ堅苦しいのかも知れない。

201409-017マナーモードか通話可能かは、車内アナウンスでもしっかり案内されるが、TGVの場合はステッカーが貼ってある。このステッカーが可愛らしい。何ひとつ言葉はいらないそのステッカーを見れば、フランス語が分かる必要もない。センスいいなとちょっと感心。

201409-016

 

Bonne journée, Cross Cultural

良いご旅行を

201407-018The text was written only in Japanese.

随分と前のこと、どこの路線だったか失念したが、電車のアナウンスが面白くて話題になった車掌さんがいたと記憶している。テレビで取り上げられたり、webの記事になったりと、短い時間であったがちょっとしたネタのようになっていた。ここ横浜でも、話題にこそならなかったが、デジタルな車掌さんがいて、その電車にあたるとちょっと楽しみになっていた。特にアナウンスが面白いわけでもなく、単に話し方がデジタル音声のように聞こえるだけなのだが、そのデジタルぶりは、デジタルではこうは出来ないだろうというレベルで、ほとんど抑揚もリズムもない徹底のしかたであった。恐らくは、意識してではなく、自然にそうなっていたのだろう。

どこの国にも名物車掌さんはいるらしく、お堅いフランスの国鉄SNCFも例外ではない。その車掌さんは、もったいぶった言い方でマダム・マドモアゼル・エ・ムッシューと始めた。英語で言えば、Ladies and Gentlemen, Boys and Girlsに近いか。フランスでは、たとえ未婚の女性と思ってもマドモアゼルとは言わない。大人の女性としてマダムと呼びかける。だから、マドモアゼルを入れた言い方は、丁寧であると同時にBoys and Girlsを追加した言い方にも似ている。車掌さんの名前は、フランソワ。自分で名乗っているので間違いない。この車掌さん、話の途中で何度でもこのマダム・マドモアゼル・エ・ムッシューと呼びかける。何かを伝えるたびに「ご乗車の皆様」というわけである。いちいちもったいぶってゆったりと話をしながら、次第に自分の世界に乗客を巻き込んで行くのだ。停車駅をひとつひとつ丁寧に読み上げ、食堂車の案内を事務的というよりプレゼンテーションする。雑誌をめくりiPhoneでメールを打ちながら、アナウンスなど聞いてもいなかった乗客が順番に顔を上げ始める。そしていつの間にかクスクス笑いが聞こえ始める。どこかの航空会社が、法律で決められた安全のための説明を誰も聞いちゃいないというので始めた出来の良いビデオというのがあったが、フランソワは話術だけで注目させるのだ。

「ご乗車の皆様、次に停車するのはマッシーでございます。」「ご乗車の皆様、本列車には食堂車がございます。食堂車では軽食に加え、香り豊かなコーヒーをご用意して、皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております。」「ご乗車の皆様、ご不明な点がございましたら…」

TGVではなく、ゆりかもめのような都市型交通(CDGVAL)
TGVではなく、ゆりかもめのような都市型交通(CDGVAL)

そんな調子で話は続く。車内では携帯電話をマナーモードになどと単純には言わない。マナーモード(英語ならサイレントモード)と言う部分は、「お席では、サイレントモードに」と言いながら、まるで他の人に聞こえてはまずいとコソコソ話でもするように小声になる。ここまでくれば、大抵の乗客はアナウンスなどこれっぽっちも聴いていない風を装いながらもしっかりと耳をそばだてているはずである。そしてクスクス笑いが始まるのだ。

このアナウンス、しっかり最後まで手抜きはない。

「ご乗車の皆様、ご不明な点がございましたら、遠慮なくお声をお掛け下さい。もし、フランス語に不案内でしたら車掌にご相談ください。もし、フランソワとちょっと話してみたいということでしたら、ご遠慮なくお声をお掛け下さい。5分程度でしたらお相手になります。では、良いご旅行を。」