Art, Photo, photo challenge, photo panoramique

Weekly Photo Challenge: From Lines to Patterns

20130921-004

You see many lines here but is there any patterns?

The picture was taken at a museum of potteries, perhaps earthenware would be a better expression, where a famous potter lived in this house fifty years ago. His name was Shoji Hamada.

Looking into the room, perhaps you could see some rectangle patterns on walls, floors and tables.

This challenge was set by the Daily Post.

Art, Bonne journée

Bonne journée (19)

20130810-002

日本語は後半に

A new TV ad series of the LED light project of musée de Louvre by Toshiba was shot in the museum. In the previous ad video, a little girl was just talking with an old man there. He was unknown man but obviously any art lover would likely imagine who he was because he was bearded. The ad looked common and non characteristic as usual corporate ads did. Continue reading “Bonne journée (19)” →

Art, Books

A Book: Paris France

20130707-001多かれ少なかれ、フランスには洗練された優雅さを、パリには揺るぎない歴史の重みと時代の先端を急ぐ喧騒を感じるものである。少なくとも、アメリカ人や日本人には、どこかそんなところがある。それは、化粧品の匂いであったり、ワインのボトルに書かれた文字の小さなアクサンテギュ(accent aigu) であったり、新聞広告に使われたエッフェル塔(la tour Eiffel)のかすれた写真であったりする。そしてその憧憬は、100年の昔も今も変わらない。

藤田嗣治(Léonard Foujita)がパリに向かったのも、現代の旅行者がパリのアパルトマンに滞在するのも、その期待や意図は大きく違っているかもしれないが、どこかに憧れに似た感覚で共通しているに違いない。カフェでクロワッサンとコーヒーの朝食を食べながら眺める通りも、夕暮れに傍に抱えた荷物を気にしながら歩く雑踏も、ともに含めて受け入れながら人はパリに憧れる。パリはどこかで巴里である。

一方で、今の柔らかな陽射しあふれるパリがすべてというわけではない。片田舎の遥に続く牧草地がフランスのすべてでもない。20世紀の前半にヨーロッパどころか世界を覆い尽くした暗雲もまた含めてパリでありフランスでなければならない。19世紀末の輝きと戦争の惨禍〜と言うより戦時の影〜を含めてパリでありフランスである。道の真ん中にぽつんとある瓶。倒れているわけでもなく、ただ無言でそこにあり息をひそめて立つビン。近付いて、そして足速に通り過ぎる。ガートルード・スタイン(Gertrude Stein)は、そんなイメージに戦時を描き出す。そうした戦時は、他国の侵略も内戦も革命もすべて含めて庶民の生活に影を落す。フランスもまた歴史を背負っている。

20130707-002そして思うのである。歴史の一部となったエッフェル塔は、果たしてパリやフランスの近代を表す建造物なのか。最先端のテクノロジーなのではないか。鉄の時代、エッフェル塔もメトロを示すエクトール・ギマール(Hector Guimard)によるアールヌーボーの入口も最先端の技術とデザインであったはずである。家族が親戚が知人があれを作ったのだと皆が自慢していたに違いない。そうした誇りはやがて薄れ、時代遅れとなり、そして再び見直される。メトロの入口もいまやほとんどが復刻されたものだ。そうしたものである。その自由と自己修復力がフランスでもある。そんな時間を超えた感覚もまた、漠然と抱くパリへの憧憬の一部を成す。

時間の経過とともにパリは目に見えない近代化を繰り返す。変わることなく立ち尽くす建造物。時々一瞬目を逸らす間に現れるとんがった建物も10年単位の慌ただしいサイクルで周囲に溶け込み、やがて景観が修復されて行く。ルーブル美術館中庭のピラミッドは、宮殿に現代的なテクスチャをあたえるオブジェクトではなく、ナポレオンと地下のショッピング街を緩やかにつなぐ線のようなものなのだ。そうやって現代は歴史の一部となって行く。

19世紀の最後の年をパリに子供時代を過ごしたガートルード・スタインは言う。当時、バカンスといえばパリであり、フランスはパリとその周辺だったと。その後の急速なモビリティの発展は、バカンスも家族も変えていったのだろう。19世紀最後の日と今日を点で取り出せば、明らかに違っている。今なら東京からパリまでは12時間のフライトであり、ロンドンからなら2時間だ。パリの周辺どころかすべてがフランスである。違っていて当然だ。

だが、2000年の線と見れば、ひとつながりのものでもある。もちろん、あちらこちらにほころびもあれば、良く見えないところもある。

ひょっとすると20世紀になって歴史が反芻された結果を見ているだけかもしれない。それでもなお、フランス近代絵画を作った画家達がパリのカフェで熱い議論を交わし、その果実がオルセー(Musee d’Orsay)の一画に掲げられているのを見る時、それを単なる歴史の一部と見ることは出来ないように思うのだ。恐らくは、そうした果実は当時前衛的なものだったろうし、エッフェル塔を作り上げた最先端の技術と同じく、近代化される過程の一部だったはずである。

The twentieth century was not interested in impressions, it was not interested in emotions it was interested in conceptions and so there was the twentieth century painting.

近代化を繰り返すニューヨークや東京にはスクラップ・アンド・ビルドを当然として受け入れる文化がある。そのような文化背景がその通りであるならば、多様なイメージが渾然一体となったアートが街にあふれていても違和感はない。街と一体化したアートがやがてキースへリング(Keith Haring)となったことは自然な事だっただろう。20世紀はそんな多様性を豊かさとして受け入れた時代であるのかもしれない。そして、光や風を感じ、路地のあたりまえにあるカフェの人々の喧騒を楽しみ、それを描き止めようとした画家の時代はやがて概念をどう表現するかを考える時代へと変わって行く。フランスの画家もしかりである。表現するものが宗教から領主となり、日常となり、自然となり、感じた印象となり、そして考えへと広がって行く。だからキースへリングがフランスに現れても不思議ではない。

もちろん、キースへリングはニューヨークの摩天楼の片隅に忘れられた壁があったからこそ生まれたものだろう。フランスあるいはパリであれば違っていたに違いない。

ガートルード・スタインと同時期に活躍したラウル・デュフィ(Raoul Dufy)は、美術研究者からは違うと言われるだろうが、私の中にあってはキースへリングと同程度にポップな面を持っている。色彩の魔術師とも言われるデュフィがパリの最先端の壁を見た時、頭の中で雑然と混じりあっていた思いが色彩となって溢れ出たと思えてくるのである。秩序はあるがルールは無い。そんな感覚をおぼえて、キースへリングと同様の秩序だったポップが見えるのである。

フランス人は議論好きだと言われる。一律に決めつけるようなそんな見方は恐らくは正しくはないが、過去の経験はその通りだとささやいている。自分に正直で、謙遜も人を労わることもするが、感情よりも頭で考えて結論を下すことが多いと。頭で考え、最先端の技術を論理的に受け入れ、同時に秩序があることも重要だと考える。それがロジックとファッションのフランスである。もちろん暴言でしかない。

To be latin was to be civilized to be logical and to be fashionable and the French were and they knew it.

20130707-003パリの風景は石と鉄と花で出来ている。裏路地の道路を横切り向かいのカフェの鉄のテーブルに向かう時、通りかかった車に道を譲り、遠く見えた知り合いに  Salut!と声をかける。赤信号でも車が来なければ当たり前のように交差点を横切るが、歩行者優先でも車が通れなくて困っていれば道を譲る。壁の色が周囲にとけ込んでいなければたとえ他人の家であっても意見し、安い物でも必要かどうかを考え直してからでないと買わず、困っている人がいればさっと小銭を渡す。恐らく、この100年変わっていないのだろう。フランス人に聞けば「それは違う」と即座に言うだろうが、そこに住む人にはわからないところがありそうだ。

そんなものだろう。だからツールドフランスは第100回なのである。

みすず書房より1977年に刊行された和訳は、残念ながら現在絶版である。運が良ければ図書館で見つけることが出来るが、新刊書としての入手は難しい。多数の分館がある横浜市立図書館でも中央図書館に1冊あるだけのようだ。探す場合には、「パリ フランス 個人的回想」で検索するとよい。ただ、原著でも英語は平易である。難しい単語ももちろんあるが、そのたび辞書を引けばよい。問題は、時々出てくるフランス語とカンマの位置だろう。カンマは慣れれば困る範囲ではないが、前者ばかりは背景を知らないと苦労するかもしれない。

最近読んだ本

Paris France (Peter Owen Modern Classic)
Gertrude Stein 著

Art, Cross Cultural

三溪園に過ごす

20130600-000一般に赤道に近ければ近いほど窓は大きく、極に近ければ近いほど窓は小さい。住居の開口部に大きさは、当然、気温に比例する。正確さを求めるなら、そこに湿 度も関わってくる。風の強さはどうか。風もまた窓の大きさを決める。気候は建物の特徴に大きな影響を与える。だが、それ以上に文化が建築に与える影響は大きい。建築そのものが文化でさえある。

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Art

Kin no Kokoro

20130501-0062013年ゴールデンウィークの直前、六本木ヒルズが開業10周年を迎えたそうだ。10周年のマークは、ジャン=ミシェル・オトニエル(Jean-Michel Othoniel)の作品に着想を得たという。この「着想を得」たという表現を安易に使うあたりに六本木ヒルズらしさを感じるのは、偏ったイメージかそれとも違うのか。

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