Bonne journée

Bonne journée (8)

20121216-002新潟に暫く住んでいたことがあるからか、冬の海と言えばグレーというイメージから離れられない。雪が降り積もった海岸は、黒く沈み込んだ砂のグレーがくすんだ雪の白と曖昧な境界を成す。横浜のどこか華やかさも感じる降雪を無理に重ね合わせるよりも、落ち着いた愁いをイメージしたほうが、むしろ郷愁にも似た影の部分を感じて美しく思えるようでもある。海から吹きつける強風に傾いだ防砂林の松もそれを強調するかのようである。
とはいえ、そのような感覚は、春先には当てはまらない。新潟の春に降る雪は、厳しい季節が終る事を予感するための雪でもある。
20121216-001横浜の冬の海と言えば、特にクリスマスの頃であれば、煌びやかなイルミネーションや透明感の高い空との組み合わせでイメージするだろうか。夜の海に反射するビルの光が不安定に揺れ動くのも、中華街のランタンの赤い光と同じようにクリスマスの輝きのようにすら感じさえする。
その一方で、冬の朝の晴れ渡った空と海は、その境界を金属のような輝きで覆い隠し、ひたすら凍った青である。まして、凍えた水分を遥か北の山脈にふるい落とした風が吹きつける時、穏やかな時間が流れる海はそこにない。海は、春を迎えてようやく落ち着きを取り戻す。

20121216-004永遠の6月バハマの海は、3月であっても輝き続け、3月のコートダジュールは、凍ったアルプスから吹き下ろす強風も影を潜めて穏やかな陽射しに包まれる。南房総の3月は、さまさまな色に覆われた丘を越えて波音を遥かに感じ、沖縄は、夏の喧噪も遠い透明さをまだ守っている。まだ、12月だというのに3月の海を思うのは些か気が早いか。だから、12月の海は切なく美しい。

20121216-005

Books

A Book:百代の過客 日記にみる日本人

20121209-001このようなblogが一般的に日記かと問われれば、それは違うと答えるのだろうか。どこか日記と違っていても、ある種日記であると答えたくなりはしないか。日記という定義があるわけでもなく、blogという定義があるわけでもない。あるのは、日々考えたり感じたりする事を記録するモチベーションとでも言うべき何かである。
どこかで読んだ記憶によれば、人は何かを言いたい衝動があって、いうことで満足するのだそうだ。そこに読者はいなくても良い。吐き出す先が重要なのである。古くからコンピュータに携わってきた人ならblogなど引き合いに出すまでもなく、/dev/nullという何かを書き込むと単に捨て去るだけの装置に愚痴を書き込んだことがあるかもしれない。そこには読み手はいないし、想定しようもない。
一方で、この「吐き出すことで満足する」という考え方は想像しやすく魅力的だが、やや乱暴なようでもある。常識的に考えるに、単に捨て去るだけの書き込みに人が満足するとも思えない。実際には読まれることがなかったとしても、誰かが読むことを想定して日記やblogが書かれると考えるほうが、しっくりするように思われる。

今でこそ狭義の日記は、日付と毎日の出来事とそれに関するちょっとした感想や考えを記録するものであって、時に天気などの客観的情報も加えられたりもするが、そうした定義は極めて狭い意味と考えるべきだろう。平安の古より人は日記を綴り、今で言う文学のひとつとして成立してきたのだという。日記は必ずしもリアルタイムにその日その日で記録されたとは限らず、時には脚色もされて、随分後から書かれたものも多いらしい。
そうした意味において、blogの少なくとも一部は、昔からある日記の延長と言えるかもしれない。書き手が何かを思いそれを単に記録に残す場合もあれば、何か意図があってそれを広く伝えるために書く場合もあろう。目的を持った旅路の記録としての日記もあれば、仕えた貴族の賛美ということもある。その構図は今も変わらない。
個人的な旅行の思い出の記録もあれば、仕事で参加した会議の作法を綴ったものもある。支持する政党の考え方を書いて後押ししているものはインフォーマルな形で書くと胡散臭いが、それでも確かに存在する。もちろんその逆の批判めいたblogは、ずっとたくさん存在する。
昔との違いがあるとすれば、今はやたらと情報提供を目的としたblogが多いということだろうか。

タイムリーに情報提供するには、1200年昔のインフラとしての日記は、勿論不十分だった。昨日何があったではなく、昨年何があった程度のタイムスパンが限界だったはずである。Webがなかったどころか印刷機がない状態では、タイムリーに広く読まれることは想定しようがなかったのだから。
恐らくは、そのタイムスパンにおいて1200年昔の日記は、読者を想定していたはずである。すなわち、次の世代に向けて。次の世代が読者であれば、他人に見せることのない個人的な記録と読ませるための作品が両立する。極少数の選ばれた読者だけが、僅かに遅れてそれを読むことのできる幸運を手にするのである。
これが、江戸になってくれば話は異なる。調べたことがないのでわからないが、限界のあった人間印刷機である写本ですら組織的になったのではないか。日記の古典的な形態でありながら商業化を意識した、あるいは商業化の計画の一環としての作品が生まれたに違いない。

キーン氏は、一般読者に向けて、日記の変遷を丁寧に見せてくれる。ひとつひとつの日記を個別に紹介しながら、時折挿まれる大きな流れを外観する助けも借りて、読者は、短期間に歴史のうねりまでを実感することになる。時には、日本以外の日記や詩歌の引用により、その時代の日本の日記の特質を描き出して見せてくれることすらある。文庫本であってもポケットに入ると言うには無理のあるその厚みに圧倒される読みでのある本ではあるが、1000年を遥かに超える日記文学の歴史が目の前にあることに驚きを禁じ得ない。
高校生が学ぶ古典の日記は、平安時代と江戸時代がほぼすべてである。それどころか、日記に限らず学ぶ古典すべてに、この大きなギャップがあるように思われる。しかも文法解釈と現代とは異なる語意の理解に明け暮れるので、時代的なギャップに気づくことなく時間が過ぎて行く。勿論、そのような理解は個人的なものであって、実際にはそれ以外も学んでいるのかもしれない。しかし少なくとも、個人的にはそう感じていたことは事実である。
今、それが、平安の終わり、貴族から武家の時代変わりゆく中で失われた部分と、再び訪れた江戸の平安にルネッサンスのように現れた部分とのギャップであったと思いあたる。
なるほど松尾芭蕉が描いた旅は、曽良のような随行者が書いた旅と異なっていると学んだように記憶してはいる。だから、芭蕉の書いたことを鵜呑みにするなと。今思えば、その講義は正しくなかったのである。芭蕉は最初から事実を記録するつもりなどなかったのだから。
感じたギャップは、「作品」としての価値であり、「記録」としての価値において存在しているのではない。そんなことを思いながら、1200年の時の流れを身近に想う本である。

本の中で流れ行く時代は、江戸で終わりを告げる。欠けたその後の日記文学は、続編として刊行されている。鷗外や啄木など、いよいよ華やかな日記を収めるのに文庫で800ページとさらに多くの文字が必要だったということだろうか。
そして考える。果たしてWebの時代の日記を論評するなら、キーン先生ならどう扱うのかと。

最近読んだ本

百代の過客 日記にみる日本人 (講談社学術文庫)
ドナルド・キーン, 金関 寿夫 訳

世界を変えるデザイン――ものづくりには夢がある
シンシア スミス 著, 槌屋 詩野, 北村 陽子 訳

Cross Cultural

仕事の話は通じても

たとえばフランス人と日本人が仕事で話をする時は、共通語は英語である場合が多い。大阪にしばらく住んでいたフランス人の知人は日本語に困らないから会話も日本語ということもあるが、それは稀なケースであろう。同様に、フランスに長く住んでいる日本人の知人はフランス語が普通に話せるから、フランス人と話す時はもちろんフランス語である。ところが、この中にフランス語がわからない(私のような)日本人がひとり入っただけで、(前者の例なら日本語がわからないフランス人がひとり入っただけで、)会話はとたんに停滞する事になる。会話に使う言語は分かる言語の最大公約数でなければならない。しかして、生粋のフランス人2人と日本人2人の4人のグループでの日本人同士の会話が英語だったりするという奇妙なことが起こる事になる。

いかにフランス語が得意な日本人であっても、流れ続ける言葉をリアルタイムで通訳する事は難しい。だからこそ、同時通訳という才能が職業として成立するのだろう。言語として一対一に対応しないだけでなく、両方の言語で会話を捉え、専門的な内容も含めてリアルタイムで通訳するのは神業に近い。国際公用語が存在するのは、実際的な事である。
フランス語も国連公用語だと記憶しているが、デファクトスタンダードとでも言うべきは英語である。英語であれば多くの国で教育体制が整い、普段使うことはなくても通じることが多い。英語を話したがらないと言われるフランスでさえ、今や英語だけで旅行ができる。特に観光地では、ほとんど困ることはない。聞けば小学生から学んでいると言うし、高校生ともなれば3か国語程度は話すのはめずらしくないらしい。だから若い人なら多くが英語を話す。
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Art, Bonne journée, Cross Cultural

Bonne journée (7)

焼き物 には陶器、炻器(せっき)、磁器とあって、ある程度、焼く時の温度で決まるものと思っていたが、土の違いが大きいそうである。自分の浅学を恥じるところだが、考えてみれば、その土地の焼き物は固有の姿を持っていて、その土地固有の土がそれを生み出していたりする。充分な質の土が採れなければ、伝統的な姿を維持することが難しい。伝統的な工芸とその土地の土があって、様々な焼き物があるのであろう。

栃木県南部の益子は、首都圏から日帰りできる焼き物の町のひとつである。近年、街中が大きく整備され、ちょっとしたリゾート風な感じの部分もあって、古いこじんまりと落ち着いた益子を知る身には少々淋しいが、せっかくの週末を過ごすなら、おしゃれなカフェのひとつもあった方が良い。観光シーズンの週末には蒸気機関車も運行され、山間の田園を歩けば、近代的な建造物もないのどかな風景が広がっている。

益子は、あまり報道もされないのでよく知られていないが、実は先の震災で大きな被害を受けている。周囲の市町村も含め、震災後の夏は、無残にも瓦屋根が崩れ、多くの家々の屋根にはブルーシートがかけられていた。倒壊するほどの被害は少なかったようであるが、壁が崩れたり、塀が倒れたりで、表面からは見えないところも含めて、相当な被害であっただろう。
しかし、この夏に訪ねた益子は、少なくとも表面的には、すっかりもとのようであった。もはやブルーシートもないし、崩れたと思われる塀もすっかり新しくなっている。知らない間にコンビニができて、少し風景が落ち着かなくなったりもしたが、そこに住む人にも旅行者にも利便性が増したのだから、それはそれで良い。
問題はそこではない。生活が立ち直った後にくる、益子らしさをどう取り戻すかにあるようだった。
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Bonne journée

やわらかいシステム

コンピュータネットワークで言うシステムは、グローバルに見れば、定型的な処理・操作を時間・空間に対して秩序を持って行うための枠組みである。例えば、社内の業務管理においては、

  • 必要な情報を入力・収集
  • 紙などに記録
  • 整理して表示
  • アクションの状況を把握

といったことが、間違いのないように一連の流れとして行われる事を強制する仕組みであると考えられる。そのためには、手順や情報の項目などが整理されていなければならず、その場その場の最適解では矛盾が発生することになる。システム・エンジニアの仕事は、全体としての最適解を探すということでもある。ひとりの利用者やある局面にとってどんなに優れた解を提供しても、それ以外にしわ寄せがあれば、それはたちまち使われなくなる。
一方、利用者から見れば、システムが提供するものはその結果でなければならない。販売数量を把握して、必要な生産量を正しく決定するといったことが、余分な作業をすることなく実現されることが重要である。すなわち、やりたいことを感じている利用者と、やりたいことが何であるかを明確化するシステム・エンジニアという2つの立場でシステムは構築されなければならない。

それは、言い方を代えれば、利用者にとっての利便性(ユーザビリティ)あるいは操作性と求める結果が確実に得られる一貫性とでもいうべきものの両立ということでもある。問題なのは、利用者によって求めるものが異なるということである。システムは、利用者によって使う目的が異なると言っても良い。
例えば、在庫を管理するシステムは、在庫を引き当てる目的でのみ使う利用者もいれば、不良在庫を分別し対処するために使う利用者もいるかもしれない。経営的立場であれば、総在庫金額の推移や回転率の分野毎の状況が知りたいかもしれない。顧客と販売契約を結ぶために在庫を引き当てた担当者にとって、素早い簡単な検索は必須である。もちろん、間違いはあってはならない。

やや異なるが、たとえば自動販売機であっても、2つの点からシステムは構成されている。ひとつは、コインを投入してボタンを押し、物品が出てくる仕組み全体であり、もうひとつは、自動販売機を管理して物品を補給し、売り上げを回収する整合性の取れた仕組みである。自動販売機を使う利用者と自動販売機を使って商売する側では目的が違って当然である。それでもなお、自動販売機はひとつでなければならない。
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