Art, Bonne journée, Cross Cultural

Bonne journée (7)

焼き物 には陶器、炻器(せっき)、磁器とあって、ある程度、焼く時の温度で決まるものと思っていたが、土の違いが大きいそうである。自分の浅学を恥じるところだが、考えてみれば、その土地の焼き物は固有の姿を持っていて、その土地固有の土がそれを生み出していたりする。充分な質の土が採れなければ、伝統的な姿を維持することが難しい。伝統的な工芸とその土地の土があって、様々な焼き物があるのであろう。

栃木県南部の益子は、首都圏から日帰りできる焼き物の町のひとつである。近年、街中が大きく整備され、ちょっとしたリゾート風な感じの部分もあって、古いこじんまりと落ち着いた益子を知る身には少々淋しいが、せっかくの週末を過ごすなら、おしゃれなカフェのひとつもあった方が良い。観光シーズンの週末には蒸気機関車も運行され、山間の田園を歩けば、近代的な建造物もないのどかな風景が広がっている。

益子は、あまり報道もされないのでよく知られていないが、実は先の震災で大きな被害を受けている。周囲の市町村も含め、震災後の夏は、無残にも瓦屋根が崩れ、多くの家々の屋根にはブルーシートがかけられていた。倒壊するほどの被害は少なかったようであるが、壁が崩れたり、塀が倒れたりで、表面からは見えないところも含めて、相当な被害であっただろう。
しかし、この夏に訪ねた益子は、少なくとも表面的には、すっかりもとのようであった。もはやブルーシートもないし、崩れたと思われる塀もすっかり新しくなっている。知らない間にコンビニができて、少し風景が落ち着かなくなったりもしたが、そこに住む人にも旅行者にも利便性が増したのだから、それはそれで良い。
問題はそこではない。生活が立ち直った後にくる、益子らしさをどう取り戻すかにあるようだった。

建ち並ぶ焼き物店は、古くからある名の知れたところから新しい提案をしているような店まで、焼き物店のはしごが歩いてできるほどである。子供の頃、母親の実家が益子だったこともあり、よく行く店は「〜さん」とさん付けで呼んでいたから、今でも親しいわけでもないのに愛着がある。祖父は浜田庄司や島岡達三を「浜田さん」「島岡さん」と呼んでいたが、今やレンブラントのように特別な名詞のようにすらなった芸術家(そんな言い方は好まないだろうが)をさん付けで呼ぶのは、それだけ民藝が身近にあったからだろう。

そんな、たびたび足を運んだ焼き物店を再び訪ねて驚いたのは、溢れかえっていて華やかだった焼き物が、こころなしか少なくなっていたように感じられたことである。もちろん、選ぶに苦労するほどの焼き物が並べられているという点では以前と変わりない。東京で買うことを考えたら、選択肢は無限に思えてくる。何しろ、少しでも釉薬が気に入らないとか、形が違うとか思えば、隣の店に行けば良いのである。また、値段も様々だから、多少高くても良いものをと考えても良いし、割ってもいいと割り切って、カジュアルに安いものを選んでも良い。
しかし、震災前の益子は、それ以上のものであったように思われる。つまり、街自体がワゴンセールのようにも感じられるほど、焼き物に溢れていたのだった。

震災の被害は、東北のあまりに甚大な被害に隠れて聞こえてこないが、けして小さなものではない。先の震災で家の壁や屋根が壊れている。それでいて、割れやすい益子焼が無事であった筈がない。恐らくは、相当な被害があったはずである。あれから1年半が経過したとはいえ、かつての状態を取り戻すには、かなりの努力が必要だったろう。多くの割れた焼き物を、やるせない気持ちで、ひとつひとつ片付けていったに違いない。登り窯も無事であったとは思えない。今は電気炉なども使われているが、連なるように斜面に作られた登り窯は、益子の象徴でもある。無事に復旧したことを願うばかりである。

益子焼は、肉厚で素朴な焼き物である。強く押すと弾力があると感じるほどに柔らかな姿をしている。深い青や暖かい茶色に華やかさよりも落ち着きを感じ、日常使いにあっている。その素朴な民藝の味わいに魅力を感じる人には邪道と言われるかもしれないが、コーヒーや紅茶を飲むのにも向いている。特に冬場は、飲み物が冷めにくく口に熱くない。
小さな街である。ゆっくりと散策しながら気に入った普段使いのカップを探すなら、季節を問わず、その時々の風情を楽しむのが良い。その瞬間、その日、その季節に感じた好みで選んでも、その素朴さゆえに後悔することもない。ただし、迷ったら両方買うか、素朴と感じた方を選ぶこと。複数買うなら形が揃っていることにこだわらないこと。不揃いで素朴なのが益子焼の魅力でもあり、使う時に迷える楽しみもある。それでもどれをとっても益子焼であることは、自然と感じるはずである。

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