Bonne journée

Bonne journée (6)

金木犀の輝く匂いはいつも不意である。秋のある日、突然に周囲を甘い香りで包み込み、気が付けば路面をオレンジに染め、そして何事もなかったように元のように戻る。それは、あたかも、夏の朝に窓を開けて気付く霧のようでもあり、夕暮れに一瞬見える黄金色の水面のようでもある。いつか必ずやってくるのに、その甘い香りに驚き、それが数日だけ許された秋の楽しみとわかっていても、再び通った金木犀の下でもはや香りがしないことに再び驚く。何よりも、ざくろの赤い実の自己主張しない秋にふと気付く時、もはや金木犀の香りを忘れているのである。

気の早い街角のショーウィンドゥは、自己主張の強いかぼちゃを早々に片付け、クリスマスのイルミネーションの準備に忙しい。コートの襟を立てるにはまだ早いが、店先には所々雪である。気が早いのか、秋は通り過ぎるだけなのか、それとも南半球と北半球が入れ替わったのか、とりあえず輝く秋はまだこれからである。

Bonne journée

ダイアローグ:休憩中

電車の中でぼんやりしていたり、道を歩いていて前を歩く集団があまりにゆっくりであったりすると、どうしても耳に入ってしまう会話がある。聞いては失礼だと思っても、聞き逃したいない話もあれば、聞きたくないのに聞こえてしまう話もある。

会議室そばの休憩コーナーで、社会人数年といった感じの若い男が数人で雑談中である。どう見ても社会人としてのマナーに欠けるラフな出で立ちが、むしろ精一杯努力しているようで、微笑ましい。話題は一点、次のビッグイベントに向けて、それぞれのイメージは広がっていく。

【A】あれ、すげーな。光がハンパねぇ。
【B】おー、レーザーみてぇなのがグァと動いて見えんのな。あんなに空中に光の線が見えるとは思わなかったよ。
【A】ミッキーもよく見えるしな。
【B】ミラコスタから見えんじゃね?
【C】あの時間じゃ見られねぇよ。
【B】結婚式の時間帯じゃ無理か?そこまでうまくはいかないよな。
【A】おめぇ、式はいつなんだよ?
【C】いや、まだ結婚するか決まってないんだよ。
【A,B】なに〜、何だよそれ。
【C】いや、まだ正式に決まってなくて。
【A,B】…
【C】でもさ、ミラコスタの下くぐって行けんだろ。あれ、別なところから出られんだよ。
【A】そこ、ポイントじゃないから。

Art, Bonne journée

Bonne journée (5)

秋は行楽の季節である。夏のようなどこまでも明るくまぶしい季節ではないが、落ち着いたトーンの光にあふれている点では、夏以上に風景が眩しく見えることすらある。FMからは、音楽と共に楽しげなトークが聞こえてくるとなれば、急ぎすぎない日常が心地よく感じてくる。もちろん、三連休ともなれば、気が遠くなるような渋滞情報も聞こえてくるのだが。

10月の江ノ島周辺の海は、相変わらず夏のようにサーフボードとヨットでいっぱいだ。海岸で日焼けを楽しむ人は、真夏に比べればずっと少ないが、すぐ近くの葉山の海のような静かな海ではない。江ノ電のゆっくりと流れる車窓からは、夏と間違えてしまいそうな輝く海が見え隠れする。停車する駅から古い寺社に向かう人が散見されなければ、夏はもう終わることがないのだろうかとさえ思えてくる。それでも、もうじきこの最後の夏のかけらも影を潜め、初冬の心地よい寂しさがやって来る。

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Books

A Book: 都市と都市

books-cityハードボイルド小説かと思うような前半だけで、映画化はいつかと調べたくなる「都市と都市」は、ハヤカワからSFとして翻訳が出版されている。よく考えたら絶対にありそうもない状況に、恐らくは一切の疑問を持つこともなく、一気に読了してしまう類の稀有なSFである。そもそも、SFと書きながら、本当にSFと書くべきかどうか迷う。異なる2つの都市が、重なり合って存在しているという設定自体がSFであると言ってしまえばその通りだ。しかし、その特異な設定は、見事にリアリティを感じさせるまでに書き込まれており、読みながら疑問を感じるようなものではない。設定が、ヨーロッパのイスタンブールからもそう遠くない一都市としている(と思われる)ところが、さらにリアリティを増す要因となっているだろう。昔から言われるSFのScience Fiction とは異なる意味 Speculative Fiction とするのが分かりやすい。

この手の小説にこれ以上の説明を加える事は、明確なルール違反である。ルール違反は避けなければならない。ここまでが限界だろう。だが、これだけは書いておかなければならない。この特異な設定は、時に、ごく身近な構造でもあるという事だ。
重なりあう都市のイメージは、多重化され多層化された都会の生活にも似た、ある種のもどかしさを感じさせるものである。時に、隣に誰が生活しているかを知らず、それどころか、人が住んでいるかどうかすら知らない。街ですれ違う多くの人は、すれ違っても覚えていないし、すれ違ったことすら記憶に残らない。それでも、その一人ひとりには生活も固有の世界観もある。つまり、同じような周囲を感知しない状態は、すべての人が共通に持つものであり、複雑にたたみ込まれた複層的な状態である。それは、単純に都市空間の孤独感や無関心という言葉で括れるものでもなく、多層に重なりあう構造そのもののネガティブな側面でもあるだろう。

ミルフィーユのような甘い複層化された都市空間は、SFやハードボイルドには似合わないというところもあるのだろうが、それにしても、重なりあう都市は、それ自体が重いのである。

最近読んだ本

都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)
チャイナ・ミエヴィル 著, 日暮 雅通 訳

Bonne journée

Bonne journée (4)

ハロウィン(Halloween)はケルト由来らしい。アイルランドやイギリスやアメリカに親しい知人がいないから、どのくらい重要な行事かはわからないが、少なくとも、子供たちには相当楽しみな行事に違いない。おばけとお菓子の組み合わせなんて、無視できない誘惑である。輸入食品屋さんの店先を見るだけで、十分伝わってくる。

Wikipediaによれば、カソリック系の行事だから、プロテスタントが多い地域では、翌日の諸聖人の日だけが抜け落ちて、お楽しみの部分だけが残ったということだ。日本のハロウィンはアメリカから入れたようなところがあるので、楽しければそれで良しなのかもしれない。 Continue reading “Bonne journée (4)”