Bonne journée, Cross Cultural

CDG 2G

 ほとんど誰も参考にしないだろうが、シャルルドゴール空港の乗り継ぎについて書いておくことにした。相変わらず、blogに写真をアップするのはひと苦労だから、半分はテストを兼ねた投稿である。

 シャルルドゴール空港の第1ターミナルは円を地下道でつないだ宇宙ステーションのようなイメージで有名である。あるいは中央部のチェックインカウンターと入出国カウンターが一見ランダムにエスカレーターで繋がっているように見える構造が映画などで使われ、誰もがどこかしらで見たことがある知られた建築と言えるだろう。手荷物検査は飛行機に乗る直前にあって、時々遅延の原因となっている。色々と考えた結果としてそうデザインしたのだろうが、問題も多く、第2ターミナルは第1ターミナルに比べればずっと常識的な設計になっている。航空会社によってターミナルは違うので特に困る訳ではないが、この違いが時に一貫性を欠いたように見えるのがフランスである。何しろ、2機並んだエレベーターのボタンの配列が違う国である。異なる配列で作るほうがかえって面倒な気がするのだが、どうやらそこにポイントはない。
 シャルルドゴール空港第2ターミナルでのJALの到着は、正確に言えば通常は2Eだと思うが、ここから2Gに乗り継ごうとすると、またも一貫性の無さが顔を出す。誰も参考にする人などいないのかも知れないが、最近どうしたことかシャルルドゴール空港で小さな飛行機に乗り継ぐ知人が増えているくらいだから、それについて触れておけば役立つ事もあるかもしれない。
 もし乗り継ぎ便のチェックインが日本で済んでいるなら、2Eから2Gへの乗り継ぎはほとんどの人が向かう入国審査の先ではない。到着後に他の人と同じように歩いていると、出口(入国)とは別に2Gと書かれた案内が現われる。ほとんど誰も向かわないが、それは日本からの旅行者のほとんどがパリを目的地としているという事だけでなく、そもそも2Gが小さいという事もある。
 案内に従って歩いていると誰もいないので不安になるが、目的の場所が2Gであれば指示に従うだけである。すると程なく寂れた手荷物検査場が現れる。おやと思いつつボーディングパスを見せて聞いてみるとそこで良いとのこと。係員を含めて全員で10人ほどしかいない寂しい場所である。しかも、長時間フライトからようやく解放されたところだというのに間髪入れずに手荷物検査となれば、何かの間違いかとすら思う。人が少ないせいか、徹底的に検査され、ようやく抜けたと思うと数十歩でバス乗り場である。あぁ、これが無料連絡バスなのかなどと感慨に耽る必要はない。まだ入国すらしていないのだから、単なる空港内の通路みたいなものである。空港内だから、ふらふらと滑走路に出て行く奴がいないように、バスが到着するまでは扉も施錠されている。待合用のベンチもほとんどないが、バスに乗る奴もほとんどいない。バスは空港内をクネクネと走り、2Gまでは5分程度である。フランクフルトであまりに空港内バスが長く走るので、そのまま国境を越えるのではないかと不安になったのとは対照的ではないか。
 2Gにバスが到着し前のドアから降りるように促され、建物に入ると実にそこに入国カウンターがある。ようやく入国である。
 2Eに到着したのだから2Eで入国して、そこから国内向けの2Gに移動して手荷物検査というのが自然のような気がするが、何故か到着したばかりの2Eで手荷物検査をして近距離向け2Gで入国審査という不思議な手順である。まぁ、そんなものである。これを一貫性がないと見るか、行き当たりばったりのように見えてよく破綻しないと感心するかは、受け手次第だろう。

 この記事を真面目に参考にしている奇特な方に追加情報。2Eで入国することももちろんできる。パリを目的地とする方々と同じように2Eで入国審査を受け、ビルを出た近くにある無料の巡回バスに乗れば良い。2Gまでは10分程度である。2Gで手荷物検査を受ければ待合ロビーに入ることができる。
 どちらでもさして違いはない。ただ、天候が悪ければこちらの経路はあまりお勧めしない。2Gのバス停からビルまでは屋根がないのである。どうせ2Eで入国したところで遊びに行ける場所があるわけでもない。高いコーヒーでも飲んで待っているしかないのはどちらの経路も同じ。天候が悪ければ2Gで入国の方が良い。

 さらに、旅慣れてはいるが、blog記事などを参考にして移動している方にご忠告。3年もすればどこかしら変更されているのが普通である。昨日まであった通路がなくなっているのは特段驚く話でもない。先日も空港の駅の出入り口がひとつ閉鎖されてウロウロしたばかりだし、タクシーをバスレーンの真ん中に駐車したまま運転手が出かけてしまって、バスがしばらく運休になったと言うこともある。随分と前だが、シアトル空港のシャトルバスは、運転手が彼女と喧嘩しただかで運休になった。お陰で乗るはずだった飛行機を見送ったなど、今だから笑い話であって、当日はどうなるかと焦ったものである。航空会社の担当だって、バスの運転手の痴話喧嘩で乗り遅れだなんてチケット振替の理由にできないだろう。
 だから、空港に着いたら注意深く自分の目で確かめて移動していただきたい。この記事はもう古いかもしれないし、痴話喧嘩で手荷物検査がクローズする可能性だってなくもない。

Bonne journée, Cross Cultural

Bonne journée (40)

201602-311

Written only in Japanese

部屋のドアを開け荷物を押し込みながら、ようやくたどり着いたという安堵感とともに、その日に泊まるホテルが快適かどうかを急いで確認してしまう癖はどうにも治らない。長旅の後なのだからベッドに身を投げ出して固まった背中の筋肉をリラックスさせるとか、とっとと荷ほどきをして自分の城を築くとか、あるいはまだまだ元気いっぱいなら早速バーカウンターを目指すとかいろいろありそうだが、とりあえずはあらゆるドアと引き出しを開け全てをチェックする。

そうやってチェックする筆頭は、ベッドや枕ではなくバスルームであることが多い。水が出ないというのには出会ったことはないが、排水されないことはある。石鹸がなかったのでフロントにお願いして持ってきてもらったが、翌日もまたなかったなど普通のことだ。後でチェックしても良さそうなものだが、ひととおり確認してから荷ほどきを始めるのはもはや習慣となった。

そんな確認をしながら気づいたことがある。最近は、地球環境を意識した変化がすっかり定着したということである。もちろん、ずっと続いてきたことではある。メルキュールは「地球を救おう」キャンペーンと称して、以前からアメニティを使わなかったらその分を寄付するとしているし、タオルなどは交換して欲しい時にバスタブに入れてくれと書いたシールを鏡に貼っている。昨年は、とうとうボディージェルとシャンプーが壁から下がっている仕様になった。確かに使い捨てのアメニティよりは環境に良いだろう。そして、その環境対策がコストダウンにもなっている。企業の都合が誰にも良いことであれば、それは継続可能であるに違いない。あまり鉄道網が使えない北米ほどではないにせよ、車社会のヨーロッパでもバス通勤が増えているそうだから、それだけ意識も高まっているのだろう。

さて、ホテルの到着チェックで一番困ったのは、石鹸や水ではない。なんと、ドアが開かなかったということだ。クローゼットとかではない。部屋のドアである。確かに鍵は開いたが、どうやってもドアは動かない。仕方なくフロントに戻って事情を説明したら、フロントマンは実にあっさりとその動かないドアを開けて見せた。少し上に引っ張るようにするのがコツだそうだ。確かにこれ以上のセキュリティはない。鍵を無理矢理こじ開けても泥棒は入れないのだから。

 

Bonne journée, Cross Cultural

Paris

201510-211(written only in Japanese)

時々フランス人が理解できなくなる。散々待たされて悪態をついているかと思えば、自分では時間にルーズで「仕方ないだろ」と諦めた様に言う。待たされるのが嫌なら自分もきびきびと動けばいいだろうと思うのだが、それはそれ、これはこれと動じない。ある人に言わせれば、時計とにらめっこして時間に追われるくらいなら、お喋りでもしてのんびりする方が良いと思っているが、それでも待たされるような時は、とりあえず悪態をついてみるのが慣わしみたいなものらしい。そこには何の矛盾もないのだと言う。世界でもトップクラスの生産性の高い国だそうだから、それでも問題ないのだろう。でも、もう少し工夫の余地があると思うのは、自分が近視眼的なのか、それとも、時間に追われる癖がついているのか。
そんな状況だから、TGVに乗る時はいつもイライラさせられる。定刻通りに出発しないのにはすっかり慣れた。15分遅れなんて表示を見ると「概ね定刻通りだな」とむしろ安心したりする。慣れないのは、出発ホームの表示が10分前にしか出ないシステムだ。やっと7番線などと表示が出たと思ったら、乗客の誰もがホームに動き出す。エスカレーターや階段があったりすると大混雑になる。ようやくホームにたどり着いた頃には、発車3分前だったなんてことは日常茶飯事だ。そこで車両番号を見て、またひと騒動。自分の予約した車両がはるか彼方だったりすると、荷物を持って走るしかない。なにせ長距離列車である。長い長い列車に大荷物は当たり前。やっと乗れたと思った頃には定刻を過ぎていたりする。そこで気づくのだ。定刻通りになど出発しないと。(ぴったり定刻通りに目の前でドアを閉められたこともあるから安心出来ないが)
空港もしかり、以前に書いたことがあったと思うが、荷物検査の長蛇の列に飛行機を待たせたという話も特段珍しいことではない。先日もシャルルドゴール空港の出国カウンターは、ディズニーランドのアトラクション待ちのような長い列となっていた。様子を見るなりこれはいかんと思って時計を確認したが、時計を見たところで何も解決しない。ただただ待つしかないのだ。

列に並んで辺りをうかがえば、のんびりと本などを読みながら自分のペースで待つ人もいれば、少しでも先に進もうとそわそわと動き続ける人もいる。待つ姿はひとそれぞれ。様々な思いが出会うことなくゆらゆらと漂う。中国語を話す大きな集団は、少し離れた同士で冗談でも言い合っているのか突然大声で笑い、その間でフランス語で捲したてるビジネスマンが電話に悪態をつく。私の前といえば、マイクのついた大きなヘッドホンで電話をしながらアフリカ系の女性がしきりにボーディングパスを見ている。なにもそんなに大きなヘッドホンで電話しなくてもと思うが、周囲の喧噪に邪魔されずに済むのだろう。少し変な姿ではあるが、こんな時には確かに便利に違いない。電話を終えたその女性は、肩をすくめてやれやれと同意を求めるのだった。ひどい列ね。そんな感じだ。
「長く待ちそうだ」と言うと、同士が現れたということなのだろう、「間に合わないわよ」と愚痴を言い始めた。「見てよ、もう出発の時間なのよ。あと30分。絶対間に合わない。なんで2つしかカウンター開けないのよ。」絶望的である。聞けばこれからモロッコ経由でアフリカ大陸のどこかまで行くらしい。聞いたことのない地名だったが、モロッコで乗り継ぐとのことだった。黒い皮のジャケットの襟をつまみぴったりとした服を直しながら、彼女は思い立ったようにこちらを見る。
「そうだ、ちょっと荷物見ててくれない?ちょっと行って話つけてくる。」
唐突にそう言ったかと思うと、彼女は列をかき分けあれよあれよという間に先に進んでいった。機内持ち込み手荷物にしては大きすぎる黒いナイロンのキャリーバッグだけが、前に残された。そうやって人混みの向こうに時々見える巨大なヘッドホンの赤だけが、かろうじて彼女が列の先にいることを示す唯一のものとなった。見ず知らずの相手とは言え、何重にも折り曲げられた長い列の中から大きすぎるバッグを持って立ち去る輩はまずいないだろう。まして警備のしっかりとした出国の列である。何も気にする事などない。そうは言っても初めて会話をしたのはわずか数分前なのだ。落ち着かない気分で周りを見渡せば、急に周囲の喧噪がいろいろ聞こえてくるのだった。
視界から消えていた赤いヘッドホンは、程なくして遠くにちらちらと現れた。
「ありがとう。カウンターは開かないらしいのよ。私の便はディレイしてるから大丈夫の一点張り。まったくどうなってるの。」
そう言って、彼女は何事もなかったように再び巨大な赤いヘッドホンで電話を始めた。周囲は相変わらずの喧噪と我関せずと本を読み続ける誰かと電話で悪態をつくビジネスマンとのごった煮だった。
それから10分。赤いヘッドホンの女性と私はつづら折りのひとつをのろのろと進み、ようやく次の折れ曲がりまでたどり着いた。目の前には出国カウンターがあり、警備員と責任者と思われる二人が暇そうに書類を見ている。我々といえば、つづら折りをあとひと往復しなければ辿り着けない。
「ちょっと行ってくる。」
赤いヘッドホンを首に巻きつけ、彼女はロープを強引にまたぎ、責任者風の係官と何やら話し始めた。何を言っているのかわからなかったが、時折大袈裟に肩をすくめる動作とパタパタと振るボーディングパスの動きから、埒があかないという事だけは了解できた。皆待ってるのは同じなんだとでも言われているのだろう。そう思った時である。くるっと踵を返した彼女はロープの向こうから黒いバッグに手を伸ばし、さっと荷物をロープにくぐらせた。
「話はついた。」
それだけ言うと出国カウンターの最前列に向かって行く。
「良い旅を。」
そう声をかけた時にはすでにパスポートを受け取ってカウンターの間を抜けて行くところだった。こちらをちらっと見ながら小さくバイバイと手を振って。
その後、彼女が飛行機に間に合ったのかどうかはわからない。自分はといえば、再び出国カウンターとは逆方向にノロノロと進んで行くだけだった。再び喧噪が周囲を包む。結局、出国の列を完全に抜けたのは、1時間近く並んだ後だった。
やれやれ。出発時間まではあと30分。時間はないがコーヒーでも飲みながらゆっくりしたい。でも、その前にまだひとつやる事が残っていた。ここはシャルルドゴール空港の第1ターミナル。これから長い手荷物検査の列が待っている。

Bonne journée, Photo, photo challenge

Weekly Photo Challenge: Connected

201509-109

We are all connected. Exaggerated? Probably you are right but sometimes I found me being connected to some friends even when I was at a far place. Stations have marvelous power in nature.

In response to the weekly photo challengeConnected by The Daily Post.