Cross Cultural

仕事の話は通じても

たとえばフランス人と日本人が仕事で話をする時は、共通語は英語である場合が多い。大阪にしばらく住んでいたフランス人の知人は日本語に困らないから会話も日本語ということもあるが、それは稀なケースであろう。同様に、フランスに長く住んでいる日本人の知人はフランス語が普通に話せるから、フランス人と話す時はもちろんフランス語である。ところが、この中にフランス語がわからない(私のような)日本人がひとり入っただけで、(前者の例なら日本語がわからないフランス人がひとり入っただけで、)会話はとたんに停滞する事になる。会話に使う言語は分かる言語の最大公約数でなければならない。しかして、生粋のフランス人2人と日本人2人の4人のグループでの日本人同士の会話が英語だったりするという奇妙なことが起こる事になる。

いかにフランス語が得意な日本人であっても、流れ続ける言葉をリアルタイムで通訳する事は難しい。だからこそ、同時通訳という才能が職業として成立するのだろう。言語として一対一に対応しないだけでなく、両方の言語で会話を捉え、専門的な内容も含めてリアルタイムで通訳するのは神業に近い。国際公用語が存在するのは、実際的な事である。
フランス語も国連公用語だと記憶しているが、デファクトスタンダードとでも言うべきは英語である。英語であれば多くの国で教育体制が整い、普段使うことはなくても通じることが多い。英語を話したがらないと言われるフランスでさえ、今や英語だけで旅行ができる。特に観光地では、ほとんど困ることはない。聞けば小学生から学んでいると言うし、高校生ともなれば3か国語程度は話すのはめずらしくないらしい。だから若い人なら多くが英語を話す。
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Art, Bonne journée, Cross Cultural

Bonne journée (7)

焼き物 には陶器、炻器(せっき)、磁器とあって、ある程度、焼く時の温度で決まるものと思っていたが、土の違いが大きいそうである。自分の浅学を恥じるところだが、考えてみれば、その土地の焼き物は固有の姿を持っていて、その土地固有の土がそれを生み出していたりする。充分な質の土が採れなければ、伝統的な姿を維持することが難しい。伝統的な工芸とその土地の土があって、様々な焼き物があるのであろう。

栃木県南部の益子は、首都圏から日帰りできる焼き物の町のひとつである。近年、街中が大きく整備され、ちょっとしたリゾート風な感じの部分もあって、古いこじんまりと落ち着いた益子を知る身には少々淋しいが、せっかくの週末を過ごすなら、おしゃれなカフェのひとつもあった方が良い。観光シーズンの週末には蒸気機関車も運行され、山間の田園を歩けば、近代的な建造物もないのどかな風景が広がっている。

益子は、あまり報道もされないのでよく知られていないが、実は先の震災で大きな被害を受けている。周囲の市町村も含め、震災後の夏は、無残にも瓦屋根が崩れ、多くの家々の屋根にはブルーシートがかけられていた。倒壊するほどの被害は少なかったようであるが、壁が崩れたり、塀が倒れたりで、表面からは見えないところも含めて、相当な被害であっただろう。
しかし、この夏に訪ねた益子は、少なくとも表面的には、すっかりもとのようであった。もはやブルーシートもないし、崩れたと思われる塀もすっかり新しくなっている。知らない間にコンビニができて、少し風景が落ち着かなくなったりもしたが、そこに住む人にも旅行者にも利便性が増したのだから、それはそれで良い。
問題はそこではない。生活が立ち直った後にくる、益子らしさをどう取り戻すかにあるようだった。
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Bonne journée

やわらかいシステム

コンピュータネットワークで言うシステムは、グローバルに見れば、定型的な処理・操作を時間・空間に対して秩序を持って行うための枠組みである。例えば、社内の業務管理においては、

  • 必要な情報を入力・収集
  • 紙などに記録
  • 整理して表示
  • アクションの状況を把握

といったことが、間違いのないように一連の流れとして行われる事を強制する仕組みであると考えられる。そのためには、手順や情報の項目などが整理されていなければならず、その場その場の最適解では矛盾が発生することになる。システム・エンジニアの仕事は、全体としての最適解を探すということでもある。ひとりの利用者やある局面にとってどんなに優れた解を提供しても、それ以外にしわ寄せがあれば、それはたちまち使われなくなる。
一方、利用者から見れば、システムが提供するものはその結果でなければならない。販売数量を把握して、必要な生産量を正しく決定するといったことが、余分な作業をすることなく実現されることが重要である。すなわち、やりたいことを感じている利用者と、やりたいことが何であるかを明確化するシステム・エンジニアという2つの立場でシステムは構築されなければならない。

それは、言い方を代えれば、利用者にとっての利便性(ユーザビリティ)あるいは操作性と求める結果が確実に得られる一貫性とでもいうべきものの両立ということでもある。問題なのは、利用者によって求めるものが異なるということである。システムは、利用者によって使う目的が異なると言っても良い。
例えば、在庫を管理するシステムは、在庫を引き当てる目的でのみ使う利用者もいれば、不良在庫を分別し対処するために使う利用者もいるかもしれない。経営的立場であれば、総在庫金額の推移や回転率の分野毎の状況が知りたいかもしれない。顧客と販売契約を結ぶために在庫を引き当てた担当者にとって、素早い簡単な検索は必須である。もちろん、間違いはあってはならない。

やや異なるが、たとえば自動販売機であっても、2つの点からシステムは構成されている。ひとつは、コインを投入してボタンを押し、物品が出てくる仕組み全体であり、もうひとつは、自動販売機を管理して物品を補給し、売り上げを回収する整合性の取れた仕組みである。自動販売機を使う利用者と自動販売機を使って商売する側では目的が違って当然である。それでもなお、自動販売機はひとつでなければならない。
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Bonne journée

Bonne journée (6)

金木犀の輝く匂いはいつも不意である。秋のある日、突然に周囲を甘い香りで包み込み、気が付けば路面をオレンジに染め、そして何事もなかったように元のように戻る。それは、あたかも、夏の朝に窓を開けて気付く霧のようでもあり、夕暮れに一瞬見える黄金色の水面のようでもある。いつか必ずやってくるのに、その甘い香りに驚き、それが数日だけ許された秋の楽しみとわかっていても、再び通った金木犀の下でもはや香りがしないことに再び驚く。何よりも、ざくろの赤い実の自己主張しない秋にふと気付く時、もはや金木犀の香りを忘れているのである。

気の早い街角のショーウィンドゥは、自己主張の強いかぼちゃを早々に片付け、クリスマスのイルミネーションの準備に忙しい。コートの襟を立てるにはまだ早いが、店先には所々雪である。気が早いのか、秋は通り過ぎるだけなのか、それとも南半球と北半球が入れ替わったのか、とりあえず輝く秋はまだこれからである。

Bonne journée

ダイアローグ:休憩中

電車の中でぼんやりしていたり、道を歩いていて前を歩く集団があまりにゆっくりであったりすると、どうしても耳に入ってしまう会話がある。聞いては失礼だと思っても、聞き逃したいない話もあれば、聞きたくないのに聞こえてしまう話もある。

会議室そばの休憩コーナーで、社会人数年といった感じの若い男が数人で雑談中である。どう見ても社会人としてのマナーに欠けるラフな出で立ちが、むしろ精一杯努力しているようで、微笑ましい。話題は一点、次のビッグイベントに向けて、それぞれのイメージは広がっていく。

【A】あれ、すげーな。光がハンパねぇ。
【B】おー、レーザーみてぇなのがグァと動いて見えんのな。あんなに空中に光の線が見えるとは思わなかったよ。
【A】ミッキーもよく見えるしな。
【B】ミラコスタから見えんじゃね?
【C】あの時間じゃ見られねぇよ。
【B】結婚式の時間帯じゃ無理か?そこまでうまくはいかないよな。
【A】おめぇ、式はいつなんだよ?
【C】いや、まだ結婚するか決まってないんだよ。
【A,B】なに〜、何だよそれ。
【C】いや、まだ正式に決まってなくて。
【A,B】…
【C】でもさ、ミラコスタの下くぐって行けんだろ。あれ、別なところから出られんだよ。
【A】そこ、ポイントじゃないから。