Books, Photo

A Book: My Family and Other Animals

201608-411

written only in Japanese.
石ころをひっくり返してダンゴムシがわっと広がるのをじっと見ていた夏は、遥か遠い時間の彼方に静かに沈み込んでしまっている。その湿った石の青い匂いはまだ鼻の奧に微かな記憶を残してはいるが、決してそれが本当の記憶かどうかは分からない。記憶とはそんなものだろうし、記憶が定かでないから鼻の奥をくすぐり続けるのだ。ちりぢりになったダンゴムシが草の裏や隣のコンクリート塀の隙間に消えて、その後どうなったのかは覚えていない。きっとずっと見続けていたわけではないのだろう。ただ、翌日になればまた同じように石をひっくり返し、ダンゴムシがわっと広がるのを飽きるまで繰り返し見ていたのだ。
飽きるまで見ていた記憶はもうひとつある。近所の見上げるような神社の大柱と階段の間にできた雨のあたらない隙間に、それは秘密の場所のようにひっそりと隠れていた。昼下がりの生ぬるい光の陰に隠れて潜り込んだ先には、アリジゴクの巣が無数にあったのだ。決して蟻を捕まえて放り込むようなことはしなかった。ただひたすらアリジゴクと一緒に、餌を探して歩き回る不運な蟻が、ふとしたはずみで足を滑らす瞬間をひたすら待っていた。どれくらい待ったのか、何度足を運んだのか、記憶は何も教えてくれない。ただ、不運な蟻がもがけばもがくほどすり鉢の下に吸い込まれ、やがて自然の連鎖に組み込まれていく姿を見たのは、一度や二度ではなかったことは確かである。
そういった記憶には、なぜか自分以外が出てこない。どうやって思い出そうとも、それはただひとりの記憶である。不思議に孤独感がないのには、何か理由があるだろう。その理由にはまだ解がない。

201608-413自然が好きな少年の文学などととらえる向きはないだろうが、そのように読んでも全く問題はない。まばゆい光と自然の創り出す色と時に夜の輝きとに溢れるギリシャの田舎で、少年の目に映る一家の騒動が幸せ一杯に描かれれば、それが少しばかり暗い影を持っていようと読者は一緒に大騒ぎに加わって良いのである。

この幸福感はどこから来るのか、ひょっとすると忘れている子供の頃の記憶の中に共通の何かがあるのではないかと思わずにはいられない。

 

最近読んだ本

虫とけものと家族たち (中公文庫)
ジェラルド・ダレル著、池澤 夏樹 訳

201608-412

Art, Photo, photo challenge

Weekly Photo Challenge: Frame

201608-401日本語は後半に
Once in a while I should have discussed photography on the blog because I have posted pictures every time. Frame, what a great subject to talk about it.
Honestly saying I don’t like to use a frame for my photos. It narrows down the canvas, limits a camera position and add one element of the picture in advance. In addition, we enjoy pictures on a screen of computer rather than prints. In other words, we see many layered frames like a screen, an application window, a picture window and a picture itself. Perhaps you remember that iPhone was like a panda when its screen factor was changed (iPhone4 to 5). When you ran some application for older iPhone, you might see a white application color inside a black frame inside a white iPhone.
However sometimes I found me taking a picture with a frame. One of my favorites I took was a image of Nuremburg through a old window glass at night. I missed it but still remember.
A typical framing style I like is found in Ukiyoe pictures. If you love photography, you know, “frame” doesn’t mean the rim of a picture. It must be a typical one but even a small branch as a foreground object can be a frame. Indeed Ukiyoe artists loved to use such expressions and Van Gogh would be one of successors.
Today I chose three different pictures which have no typical frame.

201608-403

写真を毎回アップしているのだから、たまには写真に関することでも書くべきだろう。「フレーム」良い題材である。
正直、写真でいうところのフレームが好きなわけではない。少ない切り取られた領域をさらに狭めて制限するものであるし、コンピュータスクリーンで見るのが当たり前の今、写真はすでにいくつものフレームが重なっている。
それでも時々、フレームのある写真を撮っていることに気づく。今でもお気に入りの一枚はニュルンベルクの古い窓枠から夜の様子を撮ったものである。
典型的なフレームのスタイルは浮世絵に見られる。それは単なる枠ではなく、例えば木の枝に切り取られた風景であったりする。そんなわけで、今日は、典型的とは言えないフレームを選んでみた。

In response to the weekly photo challenge, Frame by The Daily Post.

201608-402

Bonne journée, Photo

Short Break

201608-311

I’m now half off-line. I will check SNSs time to time but perhaps be in silence occasionally.
I hope you had a good weekend, summer vacation or cheerful winter time.
See you soon.

ここ数日は半分オフラインの状況。とはいえ、まもなく通常通りに復帰予定。
時々の沈黙にご理解願いたい。

This is the scheduled post. Thank you for your understanding.