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(Floral) Friday Fragments #267


 当たり前のように至る所に咲くオオイヌノフグリの名前が話題になることはあっても、この花が帰化植物であることは話題にならない。そう書く自分もすっかり日本の植物だと思い込んでいた。何と言っても「大犬の陰嚢」である。そんな名前が外来種の帰化植物に付いているとは思いもしなかったし、あまりに小さな花を見ても、持ち込まれるような植物にも見えなかったからである。

 調べてみれば、そもそも大きな犬のフグリではなく、イヌノフグリに似た少し大きめの花が咲くから大きなイヌノフグリなのだそうだ。直径1cmにも満たないのに、大きいからとはどういうことなのかとさらに呆れる。しかも、イヌノフグリの名前の由来は、実が犬の陰嚢に似ているからだそうで、オオイヌノフグリの実は犬の陰嚢には似ていない。何とハート型である。

 と言うわけで、ハート型の実をつけるにも関わらず、犬の陰嚢に似た実をつける花に似ていて、その大きさがその似ている花より大きいからオオイヌノフグリと呼ばれているのだから、踏んだり蹴ったりなのかもしれない。そもそも犬にだって失礼だ。後ろから見たら、フグリの形はヒトもイヌもさして変わりはしない。むしろ、古語を使って奥ゆかしく表現しているのだから、それはそれでよしとすべきなのだろう。

 救いなのは、小さな淡いブルーの花がネモフィラに似て、案外人気だということかもしれない。見た目だけだが、小さなネモフィラなら、ヒメネモフィラと言う名前だって良さそうだ。それでもすっかり定着して愛されるオオイヌノフグリと言う名前を変えて欲しくないひとの方が多そうだ。帰化植物ではあるが、それだけ愛されている植物でもある。

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(Floral) Friday Fragments #266


 今年は横浜公園にチューリップを見に行こうと思っていた。過去形なのは、もうほとんど諦めかけているからだ。
 BASEGATE関内横浜なる施設がオープンして、駅周辺が大変な混雑となっているらしい。最近は少し寂しくなっていたところもあったので、それはそれで嬉しいのだが、のんびりしたくて行くのであって、人があふれる今は少し時間を置きたい。時間を置くということは、チューリップは終わってしまう。
 ベイスターズ戦がある時はもちろんこれまでも混んでいた。試合があるのに空いている横浜公園なんて見たくない。でも、試合がない時は市民の憩いの場でもある。ふらりと立ち寄り、日本大通りでも観光客気分で歩いて、横浜らしい空気を吸う。それもまた魅力なのだ。
 きっと少しすれば開業当初の混雑は落ち着くのだろう。そしたらBASEGATEも良いだろうし、伊勢佐木町を散歩しても良い。来年のチューリップの季節はきっと混雑も落ち着いている。そこそこ混雑はしていても、東京のような雑多な混雑まではいかないというのが横浜の魅力。それを待つしかない。

Bonne journée, Cross Cultural

チャッピー


 チャッピー、賢い

 大学入学共通テストを97%正解率だったとか。このレベルなら、東大生のバイトよりAIのほうが良いかも。記事では3%間違うという認識を持つことが重要と書いているけれど、素直に言って、チャッピーがいれば若者は要らんと読めないこともない。

 ようやく認識はされるようになったが、AIなんて間違いだらけで、幻覚見てることも少なくない。ハルシネーションなんて格好よく言うが、hallucinationであって、薬でハッピーになった東大生みたいなものだ。未だに仕事の会話でAIに任せっぱなしという事例が出てきたり、AIが分析しているんだからそれで行こうなんて会話があったりもするが、結果を疑うべきだという認識がだいぶ共有されてきた。そもそも仕組み的に、入力した以上のことはできないのだ。

 ただ、裏を返せば、学習したことなら大抵はできるはずなのだ。何しろ最近流行りのAIは、トランスフォーマーと呼ばれるブレークスルー技術があって生まれてきたもので、誤解を恐れず言えば、穴埋め問題を解きまくったら、覚えたパターンで文章を作れるようになったという程度の代物だ。もちろん画期的なアイデアなのだが、じっと考えたら今までは思いもしなかった大発明が生まれるという類のものではない。やれと言われた事を極めて広い知識でこなすスーパーアルバイトみたいなものなのだ。

 つまり、出来の良いアルバイトという程度ならチャッピーでも良い場合がある。97%の正答率なら十分ではないか。

 優秀なアルバイトだって間違いは起こす。3%のミスを過信してしまうのは使いこなす側の問題でしかない。機械なら間違わないと考える奇妙な迷信さえ克服できれば大丈夫。

 さてさて、ここまで書いて、読者の多くはすでに興味を失い、一部は書いてある事を不快に感じているのだろう。そう分かって書いている。本題はここからだ。その本題のためにここまで書いてきた。
 次の問題を考えたい。

「真実は常に人を納得させるものだろうか?」
 La vérité est-elle toujours convaincante?

 昨年のバカロレアの問題である。もちろん正解はない。心理学的に認知バイアスに触れても良いだろうし、歴史を取り上げることもできるだろう。

 AIにこれを問えば、間違いなくさまざまな知見を例示して説明してくれる。だが、正解があるわけではないとしたら、そのAIの回答はどう評価したら良いだろう。
 なるべく広い知見を網羅したか?
 個人の考えに従って説得力のある論旨を展開したか?
 歴史に学び将来を語ったか?
どれが正解という解はない。解がないなら回答を評価する軸はどこにあるのか?

 答えがない時、人の力量は試される。文脈を捉え、相手を想い、より良い答えを導くことは容易くはない。

 あっ!バナーの写真と本文は無関係であることは言うまでもない。

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(Floral) Friday Fragments #265


 常磐自動車道を走っていたら、川沿いに黄色の帯。遠目にはなんだか分からなかったが、どうやら菜の花らしい。房総半島の菜の花は1月下旬には咲き始め、2月中旬には横浜も黄色でいっぱいになる。きっと種類がいくつかあるのだろうけれど、もう3月も半ばだから、遅いと言えば遅いのかもしれない。もう間も無く、薄ピンクの桜と終わりかけの黄色の菜の花が同時に見られる時期になる。一足早く咲く河津桜なら、あちこちでもう楽しめている。

 そうだった。この(Floral) Friday Fragmentsは、元々は季節の花の話題だったはずなのだ。なんて思い出したわけではない。近頃は暗い話題が多すぎるから、短くてもこんなネタの方が良いのかなと戻しただけだ。
 個人的にも病気をしたり(こんな書き方をすると弱っているような感じがするが、実際は至って元気で、長年気になっていた体調の変化の理由が病気のようなものと分かって、少々気にしているという程度)、仕事に課題があったり(というか、若い頃のように血気盛んにやれなくなったから、つい課題解決よりも妥協を選ぶという程度)、趣味の範囲でやってきたチャレンジが結果に繋がらなかったり(趣味の範囲なのに、プロに挑む自分の無謀さを受け入れたとい程度)と、なかなかスッキリとはいかない。
 それが人生というものだから面白いのだが。

 さて、次のイベントは何かな?気分転換しよう。

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(Floral) Friday Fragments #264


 群れるメジロを押しのけて蜜を吸うヒヨドリが、やがて飽きてしまってどこかにいなくなった頃、ようやく鼻がむずむずしているなと気付いたら大きなくしゃみ。鳥がいなくなった後でよかったなんて妙な遠慮をしている自分に気づいた。

 世界がきな臭いのは今に始まった話ではないが、最近はなんだかあまりにテンポが速すぎて、ゆっくりくしゃみをしているどころではない。落ち着かないニュースが世界をめぐり、欧州のWebサイトが見えなくなると不安を感じる昨日、それが思い過ごしでしかないとわかっていても、つい話題にしている自分が嫌になってくる。

 そんな時は散歩でもしているのが一番とばかりに外に出る。そうして大きなくしゃみで鳥を驚かす。申し訳ない。これでも春を楽しんでいるのだ。さて、そろそろ気分を変えて楽しく歩こう。