Bonne journée, Cross Cultural

フライト(前編)

 予約したフライトは、理由を告げることもなく欠航となった。それどころか欠航となったことすら乗客にも通知されなかった。南回りの長い長いフライトの数少ない楽しみとなる映画と食事を確認するためにアクセスした航空会社のサイトは、それを見に行った人だけに赤い小さな文字で欠航を告げていた。
 何も驚くような事ではない。いつものことだ。「技術的な」理由で6時間も遅延した飛行機だって飛べばラッキーと言うものだ。そんな事にすっかり慣れてしまった。お詫びなんて必要ない。顧客「サービス」カウンターの向こうでたった一人で顧客のクレームを聞いている彼には何の落ち度もない。どんな季節だろうが、航空会社をアピールでもするような独特なジャケットを羽織り、すっかり優位な立場にたったとでも勘違いした不幸な顧客が延々と文句を言うのに一所懸命耳を傾け、そして穏やかな口調でこう言うのだ。
「お気の毒ですが、フライトの見込みは立っていません。ホテルをお探しでしたらお手伝いします。」
 ほら、彼は彼の仕事を真面目にこなしているではないか。
 今回はといえば、フライトのひと月前に決まった欠航なのだから、他の航空会社で予約し直すなり日程を変えるなり、顧客にだって何か手の打ちようがあるに違いない。いつもであれば。
 そう、いつもであれば。

 欠航の代替案として航空会社から提示されたフライトは、2週間後だった。最短でも6000マイルも離れている場所への移動予定を容易く変えられるひとがどれだけいると言うのか?ましてウクライナ情勢の長期化で、かなり迂回する経路である。飛行距離はもっと長くなって疲労も大きい。しっかり休養の計画だって入れたい。時差も8時間もあって、電話するのにも気を遣う。相手は今何時かな、寝ていないよね、などと考えながら結局メールしたりする。その上、すでにいろいろ手配済みだ。
「すみません。今回の予定ですが2週間遅れになりました。別送品の集荷も2週間遅らせられますか?」
 そんな連絡をあちこち入れるだけでもたっぷり時間がかかる。

 仕方なく会社で契約している旅行代理店に、次善策としていたヘルシンキ経由に変更を依頼する事にした。リファンダブル・チケットにしといて本当に良かった。個人でとったチケットならずっと簡単なのだが、仕事の移動は保険の問題やら割引率やら考慮すべき事がたくさんあるから旅行代理店に任せたい。もちろん細かく時間指定したりする必要があるから旅行代理店はいちいち面倒なのだが、仕事なのだから仕方がない。必要な情報を伝えてあとは待つだけだ。ヘルシンキ経由ならマリメッコのお土産でも買えるかななどと、余計なこともしっかり考える。
 もっとも、一番重要なのは、ヘルシンキ経由便が取れなかった時の代替案も伝えておく事だ。旅行代理店とのやりとりにも時間がかかるから、満席ともなると時間の勝負なのである。そんなわけで、並行してシンガポール経由とオーストラリア経由も確認を依頼したのだった。
 翌日のことである。
「ヘルシンキ経由でチケットとれましたよ。プレミアム・エコノミーですがこの金額で良いですか?シンガポールもオーストラリアも押さえてあります。OKなら発券します。」
との連絡があった。もちろん文句なんてない。なんでわざわざヘルシンキまで行って、乗り換えて、ふたたびドイツ上空まで戻って来るんだと疑問を感じなくもないが、2週間後よりもずっと良い。その金額でOKですと返事する。そう言えば、空港にはムーミンのマグカップとかが売ってそうだとか、食事は良さそうだとか、安堵感から再び余計なことを考えはじめる。そもそも、ロシア上空を飛べた時代には、フライト時間も短く楽ちんでサービスの良い路線だったではないか。きっと今でも魅力的なのだ。

 そうして翌日に受け取ったチケットを見て、予想通りとでも言うべきか、溜息が出た。取得出来たチケットは旅行代理店の凡ミスでヘルシンキ1ヶ月滞在だった。いや、突然のバカンスも悪くない。初夏のヘルシンキでのんびり出来るなんて最高だ。でも、そのバカンス代を払うのは航空会社でも旅行代理店でもなく自分なわけだ。やれやれ。旅行代理店に取り直しを依頼するしかない。すっかり面倒な気分になったが、代理店の担当者だって面倒で嫌だろう。明るく丁寧にお願いするしかない。
 そんな事を考えながら取り直しを依頼したら、ヘルシンキ便はすでに満席となっていた。どうやら日本行きはかなり混雑しているらしい。やれやれ。それならシンガポール経由でも良いですよ。フライト時間も少し長いし、待ち時間も7時間もあるけれど、きれいな場所だ。
「すみません。ヘルシンキ便が取れたので、予約をリリースしてしまいました。見たところ、シンガポールもウィーンも満席です。」
 そうやって取れたチケットは、悪名高いヒースロー経由。やれやれ。

 乗り継ぎフライトだろうが同日の飛行機が取れたのだから文句は言わないほうがいいだろう。まだフライトまでひと月あるし、行き先は羽田だから日本に着いてからが楽だ。良い方向ではないか。そうやって順調な日々に戻れればよかったのだが、フランスという国はそんなに甘くない。携帯電話の解約間違いから始ってさまざまなトラブルは続く。とは言え、それはまた別の話である。

(後編に続く)

Bonne journée

息継ぎ

雨降りの28度がこれほど重いなど誰が想像しよう。戻り梅雨の横浜は肩の上にいつも何かを背負ったように落ち続け、少しばかり離れていた1,000回の冷たい朝と10,000キロだった筈の見通せない距離の狭間に記憶の一部が紛れ込んで、「そうだった」と独りごちるというより「そんな筈ではなかった」と言い訳をするのが日課になった。背中に張り付いた薄汚れたシャツと息苦しさが隠れる青いマスクとに押しつぶされそうな夕暮れの、静まり返った通勤電車に無限に繰り返される吊り革にようやくしがみついて、やっと息を継ぐ方法を思い出したような気がした。

Bonne journée, Cross Cultural

moved

L’ateriler tanu has just moved to Yokohama from Brittany in terms of physical location. It seems still not so easy to post articles regularly because of some complicated daily staff and nonsense but gradually everything starts roll. There have been a lot of procedures to be done, a lot of issues to be solved, and a lot of things to be thrown away. I could say it was tough and interesting. Perhaps, someday I may write my experience of the last one month but it’s not the right time. Here’s just one thing to say now before your vacation. Heathrow airport is still messed up.

アトリエ・タニュは、物理的にはブルターニュから横浜に引っ越しました。やるべきことが山積していて定期的にブログを更新できるほどの余裕はありませんが、徐々に何もかもが動き始めたように思います。たかが引っ越しに色々ありましたが、今のところは詳しく書きません。落ち着いたら何か書こうかなと思います。ただ、バカンスシーズンで英国に行く方に一言。ヒースロー空港は未だ混乱しています。地上スタッフも十分機能していないようです。ご注意あれ。

Bonne journée, Photo

summer

フランスの北西部にあたるブルターニュ地方は夏も涼しい地域なのだが、今日のブルターニュ南東部の気温は37度と異常な高温となった。フランス中央部から西部にかけては40度超えとのことなので、それでもまだ良い方なのかも知れないが、何しろ個人ではエアコンを持っていない地域だから、日中は窓を閉め切ってじっとしているしかない。リフレッシュするなら、早朝に出かけて森の中や運河沿いを散歩するのが一番かも知れない。夏至の頃は人がいっぱいで騒音も多い季節だが、さすがに今日は静まり返っている。

気温が高いことをもって温暖化というのは違うとのこと。大西洋側から高気圧が張り出してアフリカからの熱波をもたらすのは毎年1〜2回はあるから、異常高温と言っても気象学的に異常というわけではない。ただ、年々夏の暑さが早く来るようになって、むしろ夏が涼しいような気がするというのも時々聞く話だ。温暖化によりメキシコ湾流が蛇行し、温暖な冬をもたらしてきた暖流の恩恵がなくなることで、あまり雨の降らない寒い冬と冷夏が温暖化の影響とも言われている。寒くなるのに温暖化というのも妙な気持ちになるが、そんなものだろう。それでも確実に平均気温は上がっている。

写真ではサイズ感が伝わりにくいかも知れないが、写っている宿木は通常の倍のサイズはあろうかという立派なものだった。大きいからか、乗っている枝が随分と下がってきている。そんな様子を楽しんだら、日が高くなる前に家に帰る方が良い。午後になればきっと暑い。

Bonne journée, Cross Cultural

Smart City?

ここも立派な公道

トヨタのウーヴン・シティの記事を読みながら、ようやく街から未来を作るという発想が日本にも出てきたなと思う一方で、妙な違和感も同時に感じている。街自体を作るというのは、少なくとも日本にも平安時代からあるし、きっとローマを作る際には、先端技術であったろう上下水道の完備を模索しただろうから、決して新しいことではない。江戸の街だって、防災の観点から綿密に再設計された節がある。でも、ウーヴン・シティは街を作るには違いなくても、モビリティやサービスプラットフォームに主眼があって、その実験のために街まで作ろうという点で、これまで日本にあった街作りとは違うのかなと思うのである。

だとすれば、違和感はどこから来るのか。街のイラストを見ながら想像してみたが、ひとつ言えそうなのは、こんな街に住みたくないという拒絶感なのかなと思いついた。街はそこに住む人と共に何年もかけて成長するものである。変わらない街の歴史と変わりゆく街の姿が重なって、街も自分も歳を重ねる。だから自動で配達してくれる街よりも店先を眺めるのが楽しみな街がいい。多少不便な街に住みたいと思うのだ。もちろん、ウーヴン・シティにだって歩道に向けてはみ出しそうに商品を並べる店も出てくるだろうし、落書きだらけの裏路地も出現するのかも知れない。それでもビデオを見る限り、安っぽい今風のショッピングモールの中に住んででもいるような姿しか見えてこない。それはトヨタの車に住んでいるかのようでもあり、どこか気持ちが悪い。

技術開発のための街だから、50年後は気にする必要がないことは分かるし、ようやくこんなことができる会社が出てきたとも思う一方で、こんなところには絶対住みたくないと感じる生理的な違和感も否定できないのだ。ここでなくても日本でもさまざまな街が自動運転の実験や電動キックボードの導入など、さまざまなモビリティの改善やスマートシティ開発に取り組んでいる。例えば福岡も岐阜も柏市もそんな街であるに違いない。新しく作る街だけでなく、昔からある街が題材となるなら良いと思うのだが、きっとそう簡単にはいかないのだろう。

新しい実験施設ではなく、歴史も未来もある街が積極的に変わっていくのはちょっと楽しい。ヨーロッパの多くの都市では、自動車用のレーンを潰してでも自転車用レーンを作り、街の中は小型のモビリティやトラム専用のようになりつつある。エネルギーの再生こそまだまだ上手くいっていないが、車で入ることのできない街の中心部には人が溢れ、昔ながらの商店街が息を吹き返し、ちょっと面倒な移動を楽しんでいるようでもある。車で移動していると、身軽な自転車が横を追い抜いていく。ひねくれものと言われそうだが、不便なことが自慢できる街があったらきっと住みたいだろうなと時々思うのである。