Bonne journée, photo challenge

Lens Artists Challenge #275: Filling the Frame


(日本語は下に)
One, two, three, four, five, seven… Small kids sometime forget to say six while counting sweet candies. That’s not an issue for them because, as you know, the number of candies in front of them cannot be different as they see. They just forgot to say ‘six’ which was brandnew for them until two weeks ago.
It have been exceptionally hot in Japan last month I was always wearing T-shirt. Indeed, it was 25 to 30 C and some news show reported it was record breaking. However, suddenly, it has been going down from summer days to wintertime suddenly. Sometimes it is 8 degree in a morning. Where is sweet autumn? Someone foregets to count autumn?
Unfortunately, it is not so easy to find red and yellow autumn leaves this year because of extreamly long and hot summer. Leaves of cherry trees aleady fell down before turing to be red. Most of Japanese maples look brown.

Lens Artists Challenge #275: Filling the Frame

(日本語訳)
1、2、3、4、5、7… 小さな子供たちは、甘いキャンディーを数えているときに、6 と言うのを忘れることがあります。 目の前にあるキャンディーの数が子供達の目に見えているものと違うわけではないので、言い忘れたことには何の問題もありません。 2週間前まで真新しいことだった「6」という言葉を言うのを忘れただけです。
先月の日本は異常に暑かったので、いつもTシャツを着ていました。 実際、気温は25度から30度で、ニュース番組などでは記録的だと報道されていました。 しかし、突然、夏から冬へと気温が下がってきました。 朝の気温は一桁になることもあります。 あの甘い秋はどこに行ったのでしょう? 秋を数え忘れたのでしょうか?
残念ながら、今年は非常に長く暑い夏で、美しい紅葉を見つけるのは簡単ではありません。 桜の木はまだ紅葉する前に葉が落ちてしまいました。 イロハモミジのほとんどは茶色に見えます。

Art, Bonne journée

ブツバンテルン


ブツ
バン
バブンツ
ブバン
右の目尻を引っ掻くいかづちのカケラ。
茫茫たる摩天楼へとぶら下がるクモ。
有りもしない頭巾でゼンマイ仕掛けの頭を隠し、
気づきもしないエンジン音を遠ざける。
ザンザンと落ち続けるジュラ期の豪雨は
やがてブバンと鎮まりかえる。
ツブツン
ンテル
バブン
多忙だった昨日がガサつく午後と
自由とジョーシキの狭間に堕ちる後日と
強靭なジルコニア製の刃先が光る作業台と
バラバラに分解されたスケジュールとが、
自在に飛ぶ青光りしたチョウの飛ぶ伽藍の如く
何も変わらない今日を示す。
テルン
ブツバン
音を立てずに背後を走り抜ける猫。
見上げる先のいかづち。
バン

 万物流転(flux)はギリシャの哲学者ヘラクレイトス(Ἡράκλειτος)の唱えた概念らしいが、大雑把に見ればどこにでもある普遍的な見方で、仏教では諸行無常と言われる概念にも似ていないこともない。何事も絶えず変わり続けるものであり、同じように見えても、今見ているものは、つい先ほどに見たそれとは同じではない。ヘラクレイトス流に言えば、
「人は同じ川に2度と入ることはできない。川には常に違う水が流れている。」
という事になる。その言葉を知ってか知らずか、鴨長明は方丈記でこう書き出す。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」
直訳みたいなものである。
 毎日が目まぐるしく変わり続けたらとても人は生きていけない。雷が鳴る日があっても、仕事が回らず苦労する日が来ても、日常は何も変わらず過ぎていく。それでもその変わらない日常は、今を生きる人々にそれぞれにとって同じものではない。
アメリカの作家ウィラ・キャザー(Willa Cather)の言葉をたびたび取り上げているが、再度ここに掲げたい。
「人のある物語はたった2つか3つしかない。そしてその物語は何度も繰り返されるのだ。かつて経験したことのないかのような激しさで。」

 今回のブツバンテルンでは、ネコトコトリで試した手法を久しぶりに使ってみた。もし読みにくいと感じられたら試みは成功したのだが、どうだろう。
 おまけでちょっとひとこと。Grandfather’s old axeという言い方がある。年季の入ったおじいちゃんの斧なのだが、刃は3回、柄は2回交換している。としたら、それは本物のおじいちゃんの斧と言えるのか?木造の建造物を絶えず直しながら使い続けるのは、歴史なのかレプリカなのか?万物流転は古典でありながらちょっと難しい。

Bonne journée, photo challenge

LAPC #273: Symmetry


A face of animals including human usually has symmetry in nature in terms of its shape. Few exception may be seen in a shape of a flounder or a calling crab. I don’t know why, but I imagine that we are drawn to symmetry because it helps us notice dangers in the natural world. You may find a face-like shape on the left photo.
I saw a shape of elephant back in the photo at bottom. Do you see anything?

Lens-Artists Photo Challenge #273: Symmetry

(日本語訳)
人の顔を含む動物の顔などの形は通常は対称性を持っています。少数の例外はヒラメやシオマネキでしょう。その理由は分かりませんが、自然界の危険を感知するのに都合が良いから対称性に惹かれるのではないかと想像しています。
下の写真ではゾウの背中を感じました。何か見えるでしょうか?

Bonne journée, Photo

客船


 時々そこがどこかわからなくなる事がある。
 紛れもなくそこは、捻じ曲がった木とコンクリートとどこかに行きたいという願望とで出来た横浜大さん橋埠頭なのであって、行政上は中区海岸通りと記号化されているのだが、そこに停泊する鉄の船とその船から降り立つ人々の無数の言語とがどこかに記憶されているかどうかは甚だ自信がない。「あれは確か…、」と思い出そうとする。その先に赤れんが倉庫。
 カメラのファインダーを覗き込んでシャッターを押すのを忘れたように、指先の冷たい金属が温まって感触が定まらず、船の名前すら思い出せない。そのくせ3万トンの船だと見立てたシルバーミューズが4万トンであると機械的に情報を羅列するiPadを見て、以前に見誤った飛鳥Ⅱが5万トンだった事を思い出す。どのみち想像力とは無縁の数字の羅列。
 ポートサイドを桟橋に寄せて停泊するのは昔から続く商船の慣わし。そんな時代がかったことなど今更守る事などないと思いながらも、シルバーミューズの船尾を眺めて確認する。その向こうには放水する消防艇と貨物の積み出し港。
 時々自分がどこにいるのかわからなくなる事がある。
 誰もが行こうとする海側を歩きもせず、銀杏の黄色く濁った匂いを嗅ぎながら、バスが通り過ぎるのに気づく。パスポートセンターの入り口は遠く見えない向こう側。中国語である事以外何もわからない声が頭の上をふらふらと通り抜け、保育園の子供達が緑に刈り揃えられた芝生を駆ける。薔薇が咲き揃わない10月。水先案内人はまだ出番には早い昼前の停滞する時間。昼食には未だ見ぬシンガポールの焼そばを食べよう。
 時々自分がどこにいたいのかわからなくなる事がある。

Bonne journée, photo challenge

LAPC #271: Contrast


In stark contrast with old and weak concrete blocks covering the ground, a wild grass was looked fresh and strong.

I have been thinking a way of expressing contrast in terms photography but it’s not the time to get strong contrast in autumn, especially on cloudy day. In recent two years, I used to take smaller camera for walking because it’s more easy to carry and good to find unexpected things. A picture on top was taken by it with an intention showing contrast between soft and sharp, old and fresh, instead of photographical contrast.

More often, more opportunities. That is what I learnt.

Lens-Artists Photo Challenge #271: Contrasts


(日本語訳)地面を覆う古くて弱いコンクリートブロックとは対照的に、雑草は新鮮で力強く見えた。
写真用語としてのコントラストを表現する方法を考えてみたが、秋は、特に曇りの日は、コントラストが強い季節ではない。持ち運びが簡単で、思いがけないものを見つけるのにのに良いので、ここ数年は小型のカメラを散歩に持っていくことが増えている。 上の写真は写真のコントラストというより、古いと新しい、柔らかいとシャープの対比を意識して撮影したものだ。
より頻繁に持ち出せれば、より多くの写真の機会がある。それが最近学んだことである。