Bonne journée, Photo

Wrap-up 2023


English text at bottom.

今年2023年に一番読まれた記事は何かなと思ってチェックしたら、2019年の「CDG 2G」だった。乱暴にまとめるならパリ・シャルル・ド・ゴール空港の乗り継ぎの愚痴を書いただけの記事だし、4年も前に書いた蜘蛛の巣のかかったような古いものである。なんだかちょっとがっかりするような、すっきりとしない結果なのだが、もしかするとそれだけ旅行者が増えて検索結果に表示されたということかなと思ったりもする。日常が戻ってきたならそれはそれで良い話だ。

二番目に読まれた記事は今年の新しいもので「切り通し」という7月のミニコラムだった。鎌倉をぶらぶらと歩いた時の感想を散文詩的に書いて、そこにちょっとした感想のようなものをつけ足しただけだから、よくもまあこんなものを読んでいただけたと嬉しくもある。とは言ってもアクセス数にはトップの「CDG 2G」と3倍もの開きがあるから、記事が人気という話でもなさそうである。途中まで書いて放り投げているカフェ・エベレスト・シリーズの習作も兼ねていたのでアクセスがあったことは良いことなのだが、どうやら一喜一憂するようなことではないらしい。

存外見向きもされなかったのは、「雨降りの昼下がり(詩篇)」という詩作であって、ほとんどアクセスもなければいいねも少ない。つくづく詩の市場は小さいのだなと思う。最近は短歌が流行りだというが、実際に世の中に溢れている短歌のほとんどが内省的な気持ちを読んだものであって、はなから多くに読まれることを期待していないものも多い印象である。名の知れた詩人であっても時に自費出版という時代だそうだから、仕方ないのだろう。せめて貶されたいと妙な感情を抱いてしまう。

トップの写真は八重山諸島の夕暮れである。1年を締めくくるには良い、なんと柔らかでゆったりとした場所なのだろう。

One of the most popular articles in English this year was “Lens Artists Challenge #275: Filling the Frame,” which talked about how much I missed fall. I don’t like to mention global warming in all phenomena related to extreme weather, but this year’s hot summer and autumn were clearly not so pleasant and unlike in the past.

Another popular article is “LAPC – Spiritual Sites.” After moving from Western France to Yokohama, Japan, I visited the southern islands of the Yaeyama Islands for vacation. Everything was beautiful and every food was delicious. If there is a place I have never been to, it would be Utaki, a sacred place where you should not set foot. I will definitely visit there again in the future.

A photo on top was taken at the Yaeyama islands. It’s a nice and calming scenery to end this year. 

Bonne journée, Cross Cultural, Photo

Christmas markets


 フランス語ではヴァン・ショウ(vin chaud)と言い、ドイツ語ではグリューヴァイン(glühwein)、イタリア語ではヴィン・ブルレ(vin brulé)、英語ではマルド・ワイン(mulled wine)、そして日本語ではホット・ワインという。そんなスパイスたっぷりの暖かなワインを飲みながら歩き回るクリスマスマーケットは楽しい。アルコールを飲めない日でも、シナモンやナツメグの香りのする暖かなりんごジュースを買っても良いし、日本だったら甘過ぎないホットチョコレートが置いてある。日中にスケートリンクで楽しんで、クリスマスマーケットでプレゼント探しをしたら、夜は食べ歩きなんていうのもちょっとハードなお楽しみなのだ。もはや欧州であっても宗教行事とはかけ離れた遠い存在になりつつあるのだから、それで良いではないか。それでも、どこに行ったって馬小屋飾りはあるし、商業的な背景以外なさそうな日本のクリスマスマーケットであっても、馬小屋飾りはきっとある。

 そういえば、欧州では使い捨ての紙コップをやめて、プラスチックのカップに切り替えたところも多い。クリスマス柄のプラスチックのカップを買って、それについでもらい、最後にカップを返却するとカップ代金が返ってくる。もちろん愛らしいカップの絵柄が気に入れば、持って返っても良い。何れにせよゴミの削減に寄与する仕組みである。横浜赤レンガ倉庫のクリスマスマーケットでは、紙コップや木製のフォークなどを使っていて、プラスチックの削減を狙っているのだろう。使い捨てだからゴミは出るが、しっかり分別して環境への影響を小さくするような仕組みになっていた。さすが世界でも最も面倒な分別を要求するなんて冗談で言われる横浜市である。

 欧州のクリスマスマーケットは一晩中騒がしいんでしょう?なんて言う人がいたが、せいぜい21時には終わって街のイルミネーションも消されるのが一般的だ。それこそ、クリスマス飾りはほぼ完全に消灯される。クリスマスは家族で過ごす季節。いつもなら19時に閉まる商店街が、少し遅くまで営業しているという程度で、21時ころにはすっかり街が静まりかえるのが普通である。その点では、日本のクリスマスマーケットもかつてと違って家族連れが多く、早めに帰るグループも多くなったように感じている。

 さて、写真を多めにポストしてみたが、上の2枚は横浜赤レンガ倉庫(左)とよく知られたストラスブール・クレベール広場(右)のクリスマスツリーである。下の9枚にもあちこち混じっている。規模や飾り方に違いはあれど、横浜も含めて華やかな雰囲気も混雑も共通である。

Bonne journée

leaves-5


Japanese maple leaves change color in late autumn, at about the same time as ginkgo leaves. Sometimes it is scarlet, sometimes cardinal red, or vermilion. It was so hot last Saturday that I was wearing a T-shirt, but from now on, wool sweaters are going to be necessary.

いろはもみじがようやく真紅に色付いた。先の土曜日は暑くてTシャツ1枚で午後を過ごしていたが、これからはウールのセーターが必須となりそうだ。

Bonne journée

雨降りの昼下がり(詩篇)


いつから雨が嫌いになったのだろう。
きっと嫌いになったわけじゃない。
ちょっと面倒になっただけなんだ。
だって、濡れた革靴を拭かなきゃいけないし、
自転車だとレインコート着なきゃいけないし、
待ち合わせに遅れるって電話したくないから。
雨が嫌いになったはずはない。
だって、雨の日のブーツだって持ってるし、
昨日だって傘を丁寧にしまったし、
黒い雲を見て目を背けたりもしなかった。
赤茶色の枯葉を踏み分けて近道を抜けたつま先に、
昨日蹴飛ばした空き缶のカケラがくっついているような気がして、
段差を飛び越えるのを躊躇う右足と、
置いてきぼりになった左足の膝に、
水溜りに隠れた無数の水滴が飛びついて来るから、
ちょっと嫌になっただけなんだ。
いつから雨が嫌いになったのだろう。
金属で出来たみたいな冷たい銀色の粒が、
一日の終わりに辻褄合わせのように流れ込んできた光線と
今日の言い訳ばかりの仕事を締めくくるチャイムとを
無関心を装うように覆い隠すから、
ほんの少し嫌いになったと言い訳したくなっただけなのだ。
しばらく前に住んでいた異国の町が、
いつだってはっきりしない雨降りだから、
ほんの少し嫌になったような気がしただけなのだ。
くすんだ空を見上げてもきっといい天気だねと挨拶し、
傘を忘れた午後でも笑って空を見上げていたのは、
きっと、無理に笑顔を作っていたわけじゃない。
乾いた鋭い刃先のような風が頬をすり抜けていく季節よりも、
氷雨が指の関節を叩くような朝の方が、
冗談を言いながら飲む淹れたてのコーヒーが美味しいことだって、
疾(と)うの昔から知っていた。
日差しが紺のコートの背中を温める午後が、
耳を赤く冷やす日没の前触れだと
ずっと分かっていたのではなかったのか。
だから雨が嫌いになったわけじゃない。
雨降りの日を探してウロウロする天邪鬼は、
きっと雨が好きなのだ。
ダウンの入った真新しいネイビーのレインコートを引っ張り出して、
カサカサになった指先をポケットの奥底までしっかり収め、
時には雨に打たれて歩きたい。

 先週に引き続き「雨」がテーマである。この詩篇が当初意図したところを表現できているか甚だ自信がないが、思っていたことは表現したし、新しい表現もしてみたつもりでもある。
 上の写真は数年前に撮ったお気に入りの雨の写真なのだが、ここまでずっと使わずにきた。雨のブルターニュらしい柔らかな光が差し始めた時の雨粒の輝きが、少し憂鬱で少し楽しい散歩の一部となっている。ブルターニュでは傘をさしてバーベキューをするんだよなんて自虐的に言うが、その楽しさを知らないなんて勿体無いと一部のブルターニュの人は思っていたりするのである。