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A Book: インド夜想曲

201512-411This article was written only in Japanese.

空港の外で疲れきった客を待つタクシーの薄汚れたトランクの重いドアを跳ね上げると、早朝の赤い光に埃がキラキラと反射した。後ろで順番を待つ旅行者が苛立ったように誰かに悪態をつき、別な誰かが笑い声を上げた。わずかな雲の隙間から射していた陽が輝く塵を隠すように急に陰り、風が冷たくなった。ところどころへこんだアルミの旅行カバンを持ち上げ、トランクの奥に押しこむ。空港のタクシー乗り場は、ロビーの華やかさを否定するようにコンクリートの空間を主張していた。
「どこまで?」
「モンパルナスに。」
丸められた小さな紙切れをカバンの横に放り込みながら、そのタクシードライバーは跳ね上げられたトランクのドアに手をかける。
「駅?それともホテル?」
思い出したようにズボンのポケットからiPhoneを取り出し、胸ポケットにしまい直した。疲れているからか、どこかで自分の頭の中を覗き込まれているような妙な感覚がしていた。
「ノボテル。どうして駅かホテルだと?」
「遠距離飛んできて、空港に着いたら大抵はホテルに向かうだろ。」
シートに身体を滑り込ませると、長旅の疲れを背中に感じた。走り出した車のディーゼルエンジンの微かな振動が小声で眠れと告げるが、不思議と脳は眠ろうとはせず、窓の向こうを黒い曇が流れるのを数えるだけだった。ラジオからは古臭いジャズが流れていた。
「直ぐに仕事じゃなくて良かった。たっぷり1時間半はかかる。」
そう言うと、ドライバーは電話を始めた。フランス語は得意でない自分には彼が何を言っているのか分からなかったが、週末の馬鹿騒ぎの話でもしているように、時々下品な笑い声がエンジン音をかき消した。「モンパルナスのノボテルだよ」そう話す部分だけが30分もの電話の中で唯一の分かる部分だった。窓の向こうでは軍の黒い輸送機がふらふらと高度を下げていた。
「あんた、通りの名前分かるか?」
不意にドライバーはミラー越しにこちらに問いかけた。その瞬間、電話での長い世間話の合間にノボテルの場所を知人に訊ね、結局は分からなかったのだと悟った。「分からないよなぁ、今日来たんだから。」ドライバーは答えを待たずにまた電話を始めた。電話が終わったらホテル近くにおすすめのレストランがないか聞こうかと思っていたが、無理な相談のようだった。乗り出した身を再びシートに任せた。
気づいた時には、タクシーは石の街に穿たれたビルの間の谷底を恐ろしい速度で下っている途中だった。視界を無機質な光を放つショーウィンドウと、固く閉ざされたドアと、微かな背徳とがすり抜けた。今日は日曜だった。午前中の静まり返った街を歩く人々など、観光客かあてのない朝を過ごす誰かでしかない。ラジオからは意味の分からないおしゃべりが流れ、ドライバーは変わらず電話をしていた。モンパルナスはもう目の前だった。Bluetoothのヘッドセットにがなり立てながら不意にタクシーを路肩に止めると、ドライバーは手でホテルを指し示し、続いてメーターを指差した。乗客と会話をするより重要な何かが電話の向こうにあるようだった。左の手のひらに右手で何かを書くようにして、ドライバーはレシートがいるかと聞いていた。そうしながら、電話越しに悪態をつくのだった。
「良い一日を。」
旅行カバンをようやく歩道の上に置いた頃には、タクシーは窓から手を上げるドライバーと共に混雑する大通りの中に紛れて行った。その後姿をぼんやりと眺めながら、レストランを聞くのを忘れていることを思い出した。

果たして、旅行文学などと乱暴な分類に当てはめて良いのか分からないが、旅行文学の多くが何かを探す旅を扱うものだとすれば、これはまさしく旅行文学であるに違いない。タブッキはインドの混沌とした風景を背景に、どこまでも曖昧な旅に読者を引き摺り込む。その筆致は、時に推理小説のようでもあり、自省的な翳りを見せたかと思えば、おしゃれな映画の1シーンでもあるように、軽妙な会話に姿を変える。確かに誰かを探す旅ではあるが、その誰かは傍観者である読者には分からない。一人称で語られる文を読む読者には、それが誰かなど分かる必要はないはずだ。話す相手の頭の中まで分かる人間などいない。だが、読者は容赦なくその探索の旅に引き摺り込まれるのだ。しかも、好き好んでそうしている。やがて読者は怪しく思い始める。本当に探している相手はそこにいるのかと。
推理小説風のストーリーに余計な説明はいらない。ただタブッキの筆に身を任せるのが良い。ただ、タブッキに満ち足りた安心感は期待してはならない。それがベストセラーである理由なのだから。

いつものように、前半のテクストは作品への自分なりの返歌である。そしてまた、多少の脚色がないではないが、実体験でもある。

 

インド夜想曲 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)
アントニオ・タブッキ (Antonio Tabucchi) 著、 須賀 敦子 訳

 

Bonne journée, Photo, photo panoramique

Shakedown

201512-311

I usually post an article about cross-cultural things in Japanese and photographs in English. A few weeks ago, as readers who understand Japanese know, I wrote a short story of my experience in Otaru, an historic northern town, through the finder of my old camera which was already missed somewhere. It was absolutely good SLR for taking snapshots. The Olympus with a 50mm lens had been a kind of reference for a long time. Now I own a D-SLR. It is much larger than Olympus but easier to use. At least it always captures a image as I looked into.
One of lenses I have used is 13-years-old zoom one and time to time camera reports an error then I have decided to add new one.
Pictures taken with new zoom are here.

先日、小樽での出来事を書いた中で、レンズの画角に少し触れた。単焦点レンズを当たり前のように使っていたのに、ズームレンズに慣れてしまうと単焦点はいささか面倒なレンズでもある。一方で、美しいボケや意識して距離を変えることによる面白さのようなものがあるのも単焦点レンズである。実は古くなったマクロレンズ(前の所有者を含めて20年ほど経過)を買い替えようと思っていたが、これまた古いズームレンズもエラーを出すようになってしまい、やむなくズームレンズの方を買い替えた。標準ズームはあまりに便利でこれがないわけにはいかない。ピントが甘いマクロレンズは、まだしばらく捨てられない。