Bonne journée, Photo, photo panoramique

Humid evening

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English text at bottom

裂けてスポンジがむき出しになった孤独なベージュのシート
踏みつけられるごとに規則正しい悲鳴をあげる義務感に追われたペダル
すっかり刈り取られたはずの蔦が再び物憂げな空を見上げる石壁
灰色の雨と青緑色の雨の合間に息を吐くエンジン

繰り返し通り抜ける路地にいつまでも警戒し続ける猫と
繰り返し重い足を持ち上げる階段に猫を探す夕暮れ
湿った夏草の匂いもまた夕餉までの渇きの一部をなし
湿ったシャツの襟元もまた1日の終わりを示す

Here comes the hot and humid night in Yokohama. It’s still in the rainy season and I need to find a better way to sleep well every night. Sometimes I wonder if it would take decades before I supposed to be able to get my own nights but, of course, I know it’s just a kind of exaggerated sigh.

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Photo, photo challenge

Weekly Photo Challenge: Look Up

 

201607-201

Looking up the city to find my position,
Aware of being small.
Looking down the city to confirm the soil,
Awaken myself to missing portion.

自分の居場所を探そうと都市を見上げれば
小ささを知り
踏みつける土を確かめようとその町を見下ろせば
無くした欠片に気づく

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In response to the weekly photo challengeLook Up by The Daily Post.

Bonne journée, Books, Cross Cultural

永遠に完成しない

201607-111

6月26日付の朝日新聞の書評にて、加藤出氏が「東京β 更新され続ける都市の物語」(速水健朗 著)について書いていた。未読であるのでその書評にも著書そのものにも詳しく触れるつもりはないが、ただその書評にあった一文が気になった。自分の常識と現在が少しずれていることに気づいたからである。書評にはこうあった。
「ITの世界で永遠に完成しないことを「β」と呼ぶことに倣い…」
この言葉が、著書を言い表すものかどうかはわからない。察するに、永遠に作り続けられる未完の都市としての東京がβなのだろう。その通りだろうと思う。変わりつつもどこかに完成したバランスがあるのが普通の都市だが、東京は変わり続けることが東京の定義であるかのようだ。少なくともそう見える。
しかしながら、ITの世界でのβという話であれば別である。ソフトウェアでのβは、完成したものでなければならない。
「すべて要件を満たし、もうやることはありません。完成です。ただ、テスト完璧に終わっているわけではありません。もし、何か違ってたら直すかもしれません。」
そう、どこかに未完の可能性を残しているかもしれないという言い訳のような気配を残して言われることはあっても、完成はしているのだ。そこには物事に対する向き合い方の違いが明確にある。ウェブで「β」という時、それは、
「このサービスには完成形としての自信があります。ただ、皆さんにご協力いただいて少しばかりテストさせてください。」
と言っている。未完成だとは言っていない。どこかに不完全な部分があるわけではない。アップデートされるのは、完全だと思っていたものに対する何かしらの改善が必要だと分かったからである。永遠に完成しないのではない。

201607-112
冒頭の写真も、遠景は毎年繰り返すように雑然としたまま何も変わらない。

いつからか、完成しないことが当たり前のように言われるようになってきたような気がしてならない。完成しないことがいけないと言いたいのではない。ITであれ都市であれ、その時々で人は対象を完成をさせてきたのだろうと思うだけである。あとで振り返って永遠に完成しないと評されれば、それは後出しジャンケンみたいなものである。
十分な時が経てば、恐らくは都市のある瞬間のスナップショットは完成した様子を見せるだろう。それでいて、その次の時代には更新されている。そう言うものだろう。

美しく植えられた花壇には美しく花が咲き、季節はそこでも着実に進んでいく。いくら手をかけても、時は止まることがない。たとえ雑草であっても、前年に一所懸命刈り取った場所であっても、それは季節とともに帰ってくる。永遠に完成しないと思っているのは、案外繰り返す日常のなんらかの言い訳程度のものかもしれない。