written only in Japanese
「本日はご利用ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております。」
もはや記号であって、そこにメッセージがあるわけではない。誰もがスマートフォンを覗き込み、誰かと話をし、バッグに本や新聞をしまい込み始めて、おそらくは耳に残ってはいない。実は頭に入る必要などないのだ。ベルがなるのと同じく、そこには終点ですよという合図としての「音」が雑音に紛れて聞こえるいつもの通勤電車だけがある。
だが、その次に続く英文のアナウンスは少しだけ違う。もちろん、英語であろうと本質的に「音」でしかないことには違いはない。だからこそ、音ではない意味のあるメッセージとしてアナウンスが耳に入ったその朝は、こう返してしまったのだ。
「そうだといいね。私もそう願ってます。」
英語と日本語では、実は主語となる部分が違っている。日本語での「またのご利用」をするのは乗客だが、英語では「また御奉仕することを願っています」と言っているのであって、主体は鉄道会社なのだ。決まり文句と言えばそれまでだが、立場はまるで逆である。サービスを利用して欲しいのか、サービスを提供したいのか。
どうでも良いことには違いない。メープルシロップのたっぷりかかったパンケーキが良いか、パンケーキにメープルシロップをたっぷりかけて欲しいかという程度の話である。いつもの「音」。ただそれだけだ。
このところ、スマートフォンには毎日のように電車遅延の通知が届く。すぐに復旧することもあれば、しばらく動かないこともある。その度に、面倒な思いをする人がいて、傷つく人がいて、やるせない思いをする人がいる。時には、ラッキーと探していた言い訳を見つける人もいる。ポイント通過に揺れる車内でじとっと汗をかいたつり革にしがみつきながら、「そうだといいね」と言う自分に、少し都会の疲れを感じなくもない。
写真はそろそろ終わりのサルスベリ。天候不順のためか今年は長く楽しめた。







