その花の名前を知らない。それはただ道端に咲いていた。その花を知らない。それでも、誰かがそれを知っているだろう。対称性と非対称性。幾何学的な造形に美しさを発見する。夏はそこにある。
今日も良い一日を。
capturing in prose
その花の名前を知らない。それはただ道端に咲いていた。その花を知らない。それでも、誰かがそれを知っているだろう。対称性と非対称性。幾何学的な造形に美しさを発見する。夏はそこにある。
今日も良い一日を。
そろそろ外で過ごす時間が増える季節ですよと告げるかのようなゴールデンウィークの喧騒が過ぎると、辺りには梅雨の気配が現れ始める。なんと気の早いことか。だが、ゆっくりと周囲の植物に目を遣るにはちょうど良い頃だと考えなおす。朝の少し湿った空気が新しい緑を一層輝かす。
冬のような寒さと激しい雨の週末の後、キンと冷えた月曜の朝は、透き通った空と強い陽射しが眩しく美しい朝だった。いつの間にか紫蘭(シラン)の紫の花が開き、雛罌粟(ヒナゲシ)のくすんだオレンジが広がっている。春はまだ歩み続けている。 Continue reading “Bonne journée (16)”
タイトルのPhoto panoramique、そのまま訳せばパノラマ写真であるが、広く視野を広げて写真を撮りたいという願望である。
写真には、空間的な切り取り(あるいはパースペクティブ)と時間的な切り取りの2つの要素があって、手軽で簡単な手法であるにも拘らず、この2つを共に満足させることが難しい。
アンリ・カルティエ=ブレッソンの有名な「決定的瞬間」の原題は “Image à la sauvette” であり、辞書などを引いてみると「隠れるように大慌てで去って行くイメージ」だそうである。逃げ去り行く映像とでも訳したらよいだろうか。時間的に空間を切り取ることの難しさを表現しているのかもしれない。
とまれ、そのような大袈裟なことを考えながら写真を撮る技術もセンスも持ち合わせていない。せめて、日々感じとった風景を少しでもイメージに近付けて表現したいものである。