タイトルのPhoto panoramique、そのまま訳せばパノラマ写真であるが、広く視野を広げて写真を撮りたいという願望である。
写真には、空間的な切り取り(あるいはパースペクティブ)と時間的な切り取りの2つの要素があって、手軽で簡単な手法であるにも拘らず、この2つを共に満足させることが難しい。
アンリ・カルティエ=ブレッソンの有名な「決定的瞬間」の原題は “Image à la sauvette” であり、辞書などを引いてみると「隠れるように大慌てで去って行くイメージ」だそうである。逃げ去り行く映像とでも訳したらよいだろうか。時間的に空間を切り取ることの難しさを表現しているのかもしれない。
とまれ、そのような大袈裟なことを考えながら写真を撮る技術もセンスも持ち合わせていない。せめて、日々感じとった風景を少しでもイメージに近付けて表現したいものである。
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Bonne journée (14)
東京で桜が満開といつもの年より早めに聞くと、今のうちに春らしい写真でもアップしておかないと出遅れたような気がしてしまうのは、あまりにblogに囚われた感覚か。ネットワークが動機であっても、それでも今年も桜の季節は巡ってきた。川沿いの桜並木は色とりどりのレジャーシートがパッチワークとなり、近くを通る人が花見の相談をしているのが聞こえてくると、淡いブルーとピンクの世界と賑やかな世界の境界線が見えるようである。
一方、桜でなくても春らしい花はそこかしこで自己主張を始めている。喧騒から離れ、静かに風に揺れる様子を見れば、どこかゆったりとした気分になる。
こころなしか南の国のおおらかさを感じる木蓮の紫もあれば、広がり始めた緑の隙間の影でひっそりと輝く青もある。雪柳の白は、色の少ない冬から華やかな春への橋渡しの様でもある。
だが、色使いの地味な姿に春らしさを感じるものである。土筆が気がつかない間に出ているのを発見してふと頰が緩むこともある。
今回の写真は、すべて横浜の住宅街でiPhoneを使って撮影している。このiPhoneのカメラがなかなか難しい。土筆の写真もピンボケというか、ピンが奥になってしまった。ちゃんとスクリーンをタップしてるのだが、思う場所にピントが合ってくれない。
そこでふと思う。また、テクノロジーを気にしてると。
今日も良い一日を。

