photo challenge

Canal d’Ille-et-Rance

It is said that the canal was built in the 17th century. It crosses from Rennes, one of Brittany’s central cities, to Dinan, near the English Channel. I love walking along the canal and it is not exceptional. Many people enjoy walking, running, cycling and cruising on weekends. If you are interested in those type of activities, the canal would give you 79km length happiness.

Lens-Artists #203: Local Vistas

Bonne journée, Cross Cultural

Smart City?

ここも立派な公道

トヨタのウーヴン・シティの記事を読みながら、ようやく街から未来を作るという発想が日本にも出てきたなと思う一方で、妙な違和感も同時に感じている。街自体を作るというのは、少なくとも日本にも平安時代からあるし、きっとローマを作る際には、先端技術であったろう上下水道の完備を模索しただろうから、決して新しいことではない。江戸の街だって、防災の観点から綿密に再設計された節がある。でも、ウーヴン・シティは街を作るには違いなくても、モビリティやサービスプラットフォームに主眼があって、その実験のために街まで作ろうという点で、これまで日本にあった街作りとは違うのかなと思うのである。

だとすれば、違和感はどこから来るのか。街のイラストを見ながら想像してみたが、ひとつ言えそうなのは、こんな街に住みたくないという拒絶感なのかなと思いついた。街はそこに住む人と共に何年もかけて成長するものである。変わらない街の歴史と変わりゆく街の姿が重なって、街も自分も歳を重ねる。だから自動で配達してくれる街よりも店先を眺めるのが楽しみな街がいい。多少不便な街に住みたいと思うのだ。もちろん、ウーヴン・シティにだって歩道に向けてはみ出しそうに商品を並べる店も出てくるだろうし、落書きだらけの裏路地も出現するのかも知れない。それでもビデオを見る限り、安っぽい今風のショッピングモールの中に住んででもいるような姿しか見えてこない。それはトヨタの車に住んでいるかのようでもあり、どこか気持ちが悪い。

技術開発のための街だから、50年後は気にする必要がないことは分かるし、ようやくこんなことができる会社が出てきたとも思う一方で、こんなところには絶対住みたくないと感じる生理的な違和感も否定できないのだ。ここでなくても日本でもさまざまな街が自動運転の実験や電動キックボードの導入など、さまざまなモビリティの改善やスマートシティ開発に取り組んでいる。例えば福岡も岐阜も柏市もそんな街であるに違いない。新しく作る街だけでなく、昔からある街が題材となるなら良いと思うのだが、きっとそう簡単にはいかないのだろう。

新しい実験施設ではなく、歴史も未来もある街が積極的に変わっていくのはちょっと楽しい。ヨーロッパの多くの都市では、自動車用のレーンを潰してでも自転車用レーンを作り、街の中は小型のモビリティやトラム専用のようになりつつある。エネルギーの再生こそまだまだ上手くいっていないが、車で入ることのできない街の中心部には人が溢れ、昔ながらの商店街が息を吹き返し、ちょっと面倒な移動を楽しんでいるようでもある。車で移動していると、身軽な自転車が横を追い抜いていく。ひねくれものと言われそうだが、不便なことが自慢できる街があったらきっと住みたいだろうなと時々思うのである。