A white balloon in the sky was too far from me. It gave a feeling of bottom of a well, just it was a white dot.
This challenge was set by the Daily Post.
capturing in prose
A white balloon in the sky was too far from me. It gave a feeling of bottom of a well, just it was a white dot.
This challenge was set by the Daily Post.
そもそもヨーロッパ史は単純ではない。中高生に教えるいささか単純化された歴史は、それをよく知っている人にはよくまとまっていると思えても、恐らくは、学ぶ側から見れば単純化され過ぎて意味不明なところが多いだろうと思う。重要な事件は書かれても、その事件がおきた背景はひとことだったりする。曰く、「重税に不満をもった群衆が蜂起し王は幽閉された」の類である。そこには重税の背景も他国の侵攻も書かれない。10行前に隣国の貿易による台頭は経済状況として触れられているし、直接の原因ではないからだろう。残念なことに、多くの中高生にとっては、その事に気付くのはずっと後になってからだ。テレビのクイズ番組で見たとか、旅行の予定があるので少し調べたとか、何かのきっかけで興味をもったことで歴史の意外な背景を知るといった類である。
ヨーロッパ史にはなかなか理解が難しい部分がいくつもあるが、広範囲におよぶローマ史などよりも、スペイン史やハプスブルク家にまつわる歴史のほうが、ずっと難解だと感じている。例えば、必ず教科書に出てくる神聖ローマ帝国皇帝カール5世(Karl V.)がカスティーリャ女王フアナの子であったり、スペイン史にイスラム文化やケルト文化が登場したりすると、地理的な知識と混じってわけがわからなくなるのもうなずける。スペイン史と「幸いなるオーストリアよ、何時は結婚せよ。」は、そう簡単には結びつかない。
その上、観光ガイドはこう告げる。「スペインはスイスならぶ山岳国家である」と。まぁ、確かにそうだろうなと思わないこともない。フランス国境に横たわり、スペインをむしろアフリカと結びつけたがるピレネー山脈は、雪を頂く厳しい環境である。時にツール・ド・フランスの山場のひとつとなる。実家がピレネー近くという知人が言うには、谷間の村がとても綺麗でバカンスを過ごすには良いところだそうだ。
そんな背景を知って最初の「アンドリン村にて」を読み始めると、その厳しい自然描写とお節介だったり一風変わっていたりする人々の様子とが、鮮やかにイメージされてくる。雨と霧が覆う山岳地域は夏でも急激に気温が下がり、一方でアンダルシアでは40度の熱風が大地を覆う。思いのほか多民族であるスペインの小さな村は、美しくも微かな影を抱く。そこに住んでみたいという堀田善衛の想いは、読者をも同じ気持ちへと誘う鮮やかさである。
そうして作家に誘われ、小さな村のささやかなスペイン滞在を楽しみながら、読者はそこに暮らす人々と交流し、時に戦争の惨禍を思い描き、時間をも超えて行く。次の街はグラナダである。いや、正しくはグラナダなどではない。もっと大きな光と影と言うべきである。そう気がついた時、読者は完全に堀田善衛の見る世界の中にいる。
これ以上はここに記載すべきではない。もし、まだ未読なら自分で読んで感じなければならない。そうしなければ、この作品の魅力は恐らくわからない。文庫化されているから少しでも興味があれば読まれたい。コーヒー1杯の価格でできるスペインツアーは、普通のスペイン観光よりは、少々影が濃い。
最近読んだ本
バルセローナにて (集英社文庫)
堀田 善衞 著
Good morning! Only early birds see burning stones with morning light.
one minute to walk
before the sun light
illuminates my stone feet
This challenge was set by the Daily Post.
This article was written only in Japanese.
フランス南部にあるローマ時代の水道橋ポンデュガール(pont du gard)はフランス南部を代表する橋のひとつである。もはや現役ではないが、2000年の時を隔ててそれはそこにあり続けている。人の住む気配もない渓谷を越えて、それは、かつて水を運び続けていた。そして今運んでいるのは、観光客とたゆまぬ時である。橋に向かって今は世界遺産として整備された観光客向けのゲートをくぐると、その先は渓流沿いの散歩道か公園といった景色となる。緩やかなカーブを曲がってふと現れるそれは、まさに巨大な石の建造物である。あまりに巨大で精密にできているため、200年前に作られたと言っても誰も疑わないだろう。だが、それでもその水道橋はローマの史跡としてそこにある。
セーヌ川に架かるパリ最古の橋はポンヌフ(Pont Neuf)である。17世紀初頭に竣工した情緒のあるその佇まいは、度々写真でも紹介され、パリ好きでなくとも何処かで見覚えがあるだろう。規則正しい石造りのアーチと橋桁ごとにある円柱を半分にしたような張り出しが、シテ島を挟んでセーヌ右岸と左岸をつなぎ、それは、400年にわたって歴史を見続けてきた。有名な橋には必ず事件やドラマがあるとでも言いたげなほど、その橋には歴史がある。
イタリアのフィレンツェにも有名な橋がある。アルノ川に架かるポンテヴェッキオ(Ponte Vecchio)は、あまりにも有名な橋であるがゆえに、すぐにはピンとこなくても写真を見れば誰でも「あぁ、あれか」となる。橋の上には宝飾店が立ち並び、橋を渡っているかどうかも一見分からない。こちらはフィレンツェで最も古い橋だそうである。
せっかくだから、スペインの世界遺産の橋にも触れておきたい。プエンテデビスカヤ(Puente de Vizcaya)はエッフェルの弟子が作った運搬橋である。橋には違いないが、普通の橋を想像すると大分違う。高い鉄の橋桁からワイヤーが下ろされ、運搬用のゴンドラを吊り下げている奇妙な形状なのだ。いろんな橋があるものだ。
フランス語やイタリア語が得意なわけでもないから、最近まで、こうした橋の名前は単に記号のようなものだった。フランスのかの世界遺産ポンデュガールはポンデュガールという名前でしかなかった。実はpontがフランス語で橋であることは知っていても、それは別なものだったのである。ラテン語系の言語でポンという発音が、あるいはpntで構成される言葉が橋であると頭が気付いた時、急にフランス語のpontとポンデュガールが繋がった。普段使わない言語とはそんなものだろうが、何か神経回路が再構成されたみたいで、奇妙な感覚である。
そうなると、つなぎ直された神経回路がささやき出す。ポンヌフは新橋だと(ヌフは新しいの意)。「巴里の中心を流れる川には大きな中洲があり、その中州に渡るなら新橋が良い。」などと書くと急に東京の話のように思えてくる。新橋という地名は日常ではそれ自体が記号みたいなものであって、新しい橋とは考えないだろうが、何処かで新しい橋という意味合いは感じている。フランスに住みフランス語を当たり前のように話す人にとっても同様なのではないか。日本に住んで日本語を当たり前のよう話す人が新橋と言う感覚でポンヌフと言い、なんでこんな古い橋が新橋なのかねと思うのではないかと。イタリア語はほとんど分からないが、こうなるとポンテヴェッキオも古橋であって(ヴェッキオは古いの意)、そのままの意味だ。ちなみに、フランス語で古いは vieux と音は似ているが語源が同じかどうかは分からない。
疑問を感じたら知り合いのフランス人に聞いて見れば良いのだが、これは案外難しそうだ。ほら、東京に新橋があるだろうなどと切り出しても埒が明かないのは明白だ。私の英語力では細かなニュアンスまでは伝わらないだろうし、相手も英語は道具であって感情までを伝える言語ではない。フランス語は挨拶程度なので話にならない。結局はポンヌフと新橋の差は分からないのだろう。
ラテン語系の三姉妹ついでに言えば、よく知られた新聞のルモンド(le monde)は、そのまま「世界」である。ワールドカップは、フランス語ではCupe du monde であって、スペイン語だとCopa del Mundo となる。なんとなくラテン語系の言語間の変換ルールが見えそうでもある。だからと言って、ヨーロッパに住む人が母国語以外に複数の言語を話すのが当たり前だということにはならない。日本語とフランス語を覚えるよりスペイン語とフランス語を覚えるほうが簡単ではあろうが、ゲルマン系のドイツ語とフランス語はだいぶ異なっている。ヨーロッパに住む人は、必要があるから努力して他の言語を覚えているということだろう。先日、テレビを見ていたら、ポーランドだったかどこだったかの比較的ヨーロッパ北東部の国の人が、フランスの会社が運営する船の乗務員としてスペインを航行する船上でインタビューされていた。岩手県出身の人が、大阪の船会社に就職し、現在は鹿児島の観光船で働いているという感覚なのかもしれない。だとすれば、必要なら努力して他の言語を覚えるのが当然という思いに至っても不思議ではない。
何はともあれ、次回チャンスがあれば、パリの新橋を訪ねてみることにしようか。