Bonne journée

燃え続ける巨星


燃え続ける巨星が新たな炎の触手を伸ばし、
身震いする冷え切った惑星が、
捻じ曲がった重力場にしがみつく。
太陽風に揺れるのは音のない明日。

星と星を繋ぐ宇宙航路は冬の影のように静まり返り、
首を捻って遠くを見つめる生物が、
真っ直ぐ突き刺さる闇を避けようとする。
深淵に落ち込むのは忘れっぽい明日。

ジャッジャッと響く玉砂利の重力が、
忘れられた三輪車の側を流れ落ち、
太陽熱に温められた足元で流れ止まる午後。
振り向けば笑みを返す若い僧侶が通り過ぎる。

古い木屏に小宇宙ができていた。落ち着かない仕事に向かう道すがらの出来事を記す。

Cross Cultural, Photo

(Floral) Friday Fragments #256


 最近、気が短いらしい。色々な人が言い方変えて指摘する。
 やれ、文句が多い、やれ、ケンカっ早い、やれ、少しは我慢しろ。いやはや、そんなに言われるなんて申し訳ない。きっと相当迷惑をかけているのだ。

 若い頃は確かにそうだった。やれると分かっている事をいつまでもやらないのが大嫌いなのだ。問題があればとことん解決策を探す。だからやらない奴がいるとすぐにケンカした。
 ひとりなら自分の責任だから自分で自分を怒っていればよかったのだが、仕事となると結局はチームプレイ。やるべき事をやらずに悩んでいるの輩がいるのが気に入らなかったのだ。

 人間は誰だって間違う。仕事の早い遅いもある。苦手な事だってある。やってみたら大失敗したなんて当たり前だ。だが、やらないというのは許せない性分だった。苦手なのにやってみたら失敗したというなら喜んで助けるが、何もしないから失敗もしないという感覚は、どうにも許せなかった。

 これが年齢を重ねるとそんなふうに思わなくなる。というか、他人は他人、それぞれの感覚があると理解できるようになるのだろう。仕方がないなと割り切れるとようになる。

 ところが、最近は、再び「やらない」ことにイライラするようになったらしいのだ。原因の半分は分かっている。最近関わるようになった人に、やらずに待つタイプが多くなったのだ。その上、代わりに仕事をすると、「早すぎる」と叱られる。
 でも、それはイライラするきっかけでしかないと自分では分かっている。きっと別な理由があるのだ。年齢かもしれないし、寒さなのかもしれない。ともかく自分が再び短気になったらしいと理解することが第一歩。

 人それぞれ多様だから世界は面白い。違うからこそイライラするのだが、違うからこそ面白いのだ。誰にだって長所も短所もあって、その判断基準もそれぞれ。それで良いのだ。
 なんて、思えるようになったのはひとつの進歩でもある。

 でもなあ、
 いやいや、冷静になれ。自分。
 自分の思ったようにどんどん進めて、世界を変えようとしているヤツみたいになって良いのか?
 いや、自分が何したって世界は変わらん。

 そんなくだらない事を考える新年なのだった。
 写真はもちろん、反省の白である。

Bonne journée

フランスの田舎


 お試しで運用しているNoteにアップした記事を再掲載しようかと思ったが、それでは面白くないので別記事である。もし暇があって、フランスに少し興味があって、著者をサポートしても良いかなと思う気持ちがあったら、無理は言わないからアクセスしてみていただきたい。

 そこで何を書いたかと言えば、ku:nel (クウネル)が、「なにしろ「フランスびいき♡」なもので」なんて特集を組んでいるというので、もっと田舎にも目を向けてよと愚痴っている。だから、読んでも得られるものはあまりない。申し訳ない。しかも、使っている写真はこの記事と全く同じである。やれやれ。

 フランスには住んでいたこともあるし、長年毎年のように仕事とプライベートで通っていたので思い入れはある。だからと言って、極端なフランス贔屓ではない。日本に住んでいたらぜひ見習いたいと思うこともたくさんあれば、あんな風になったらダメだと思うことも少なからずある。

 そんな話とは別にして、どうしてこうも日本では、フランス=パリなんだろうと思うのだ。見方を変えれば、日本=東京とか、日本=京都とか言っているのとか同じで、パリでフランスを代表して欲しくない。フランス中でパリ・ミュゼットは流れていないし(アコーディオンの音がもの悲しいアレね)、皆がエッフェル塔に行くわけじゃない(あの前でポーズつけて写真撮って叱られた人もいたけれど)。

 パリにどれだけ魅力を感じるかは人それぞれだし、決して魅力のない街じゃない。犯罪も多いし、薄汚れた汚さはあるけれど、それはパリが都会だからであって、パリだから汚いわけじゃない。でも、フランスだったらもっと素敵な場所があるじゃない。そう思うのだ。

 例えばこの記事のトップにある写真。西の果ての田舎道でとった何でもない風景。地平線まで広がる畑と大きな雲。美しいじゃありませんか。日本だったら北海道に似た風景があるのだろうけれど、スケール感はずっと大きい。えっ?牛が欲しい?いやいや牛なら掃いて捨てるほどいる(もちろんそれに見合った匂いもするけれど)。
 歴史的建造物だって、有名じゃないだけで、たくさんある。まあ、大抵は観光案内所すらない廃墟なのだけれど。(下の写真の建造物は、ちゃんと案内所があります。たしか。夏の間だったら…)