Bonne journée

Bonne fête aux Mamans


 写真の “Bonne fête aux Mamans” は、少々トリッキーというか、複数形で書かれている。母の日のメッセージなのだけれど、お店に書かれているから複数形と言えばその通りではある。通常なら、”Bonne fête maman” だろうし、母の日と言うだけなら”la fête des mères” の方が普通かもしれない。
 何もそんな細かなことを語学的に書かなくても良いのだが、ちょっとだけそうだよなと思ったことがあって、この写真を引っ張り出した。つまり、母は皆んな忙しいのだ。もう少し政治的に正しい表現をするなら、昔から言われるクラシカルな意味での母親は、それが実際には男性であれ、忙しいのだ。近所のスーパーの広告に、
「今日は母の日だから、自分の好きなものを買いに行きます。(異論は認めません)」
みたいな事が書いてあって、そのくらい当然だろうなと思ったりもした。
 同僚のひとりは、男性ひとりで子育てをしていて、毎日が駆け足のようだ。流石にひとりだと今日は残業なんてことはできないが、在宅勤務をしている時は、夜になっても仕事をしていることも多い。その隙間時間を使って家事をし、先日は入学式のハシゴだったとぼやいていた。
 そんな様子を見ていると、もう少し、政治が手助けすることはできないものかと思わないでもない。母の日の母は、ある意味象徴的な母であって、古い価値観であろうがなんであろうが、子供が母親に感謝する以上に社会が支えられると良いなと感じたのだった。

 フランスに住んでいた頃、アパートの前に花屋さんがあって、母の日になると、多くの若者が花束を買っていた。最近は日本でも子供が買える小さな花束を売っていたりして、たとえそれがビジネスの一部であったとしても良いことだなと感じている。照れくさいかもしれないが、そうやって表現が出来れば、将来は社会がそれを支えることができる。それが文化というものでもある。
 だから、冒頭の複数形である。みんなが良い日になれば良いなと思うのである。

コメントを残す (Leave a comment)