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A Book: 優雅なハリネズミ

201701-411This article was written only in Japanese.

日常のように淡々と時が過ぎ、日常のように終わりが曖昧なまま過去となる。そうやって心のどこかに小さなトゲが残される。容赦ない自然の惨禍も玄関先の蔓薔薇も同じように傷痕を残しはするが、突きささったトゲはいつまでも小さな痛みを与え続け、誰ひとりその終わりに気づくことはない。日常のみが、ただ終わりを告げる。それが日々を過ごすということである。
通勤電車のつり革に必死でしがみつき、その日のちっぽけな出来事を思い返しながら、子供時代に過ごした遠い田舎の小さな町の嫌な出来事が通り過ぎるのを眺める事も、朝の出がけに郵便受けを覗き込み、その日のくだらない予定を反芻しつつ、ふと見つけた差出人に忘れていた記憶を呼び起こす事も、全てが区切りのはっきりしない時間の中に刻まれた昨日の断片でしかない。オレンジ色に反射する幸せに満ちたレンガの壁も、忘れてしまいたいくすんだ会議室の壁も、同じ空間を共有している。それが過ぎて行く日々である。
そうした変わることなど無い日常は、唐突にねじ曲がる。不意の出会いも思いがけない偶然も、ある日突然日常の一部となって踏み込んでくる。だから誰もが後ろめたい何かを隠している。自分の息をするのに必要な半径の中に誰かが不意に入って来ないように。

最初に粗削りな印象を強く感じたことだけは、あらかじめ告白しておかなければならない。決してネガティヴな感情を抱いた訳ではないが、だからと言って、しばらくは洗練された作品といったポジティヴな印象には程遠いものでだった。それが、ページを繰って新たな段落に出会うたび、いつの間にか粗削りなことが必然であるように思えてくる。そうした不思議な作品だ。幾重にも折りたたまれた異質な層が、後半になって急に滑り出す。慌てて前のページを見返しても、どこかに適切なページが見つかる訳でもない。読み終えてからようやくもやもやとした影が見えたりする。売れるわけだ。

優雅なハリネズミ
ミュリエル・バルベリ (Muriel Barbery) 著、 河村 真紀子 訳

 

Photo, photo challenge

Weekly Photo Challenge: Graceful

201701-401

In some cases, a graceful way of moving means a kind of lifestyles such as a gentle carriage for some other people. A few years ago, a public advertising about a traditional culture of Japan came up in the new. It said, for example, how should we do when you pass by one another with umbrellas. If everyone inclines an umbrella slightly, the world could go better.

I have picked up two pictures of Hikawa-maru, an old ocean liner, again because it looks graceful and I believe that passengers would have a graceful carriage.

優雅さとはある種ライフスタイルのようなものである。かつて江戸しぐさが話題になった時のように、視覚的なだけのものではない何かを人は求めている。

In response to the weekly photo challenge, Graceful by The Daily Post.

201701-402