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Silent Mode
走り出したその車内は、意外に静かだ。旅を共にする人々の話し声や雑誌をめくる音に覆い隠されて、小さな機械音もほとんど聞こえない。TGVの車内でウトウトとしかけた乗客にとっての一番のノイズは、むしろすれ違うTGVの風圧による。バンと大きな音をたてて窓を叩く風は、速さの裏返しである。
意外なほどにスマートフォンを操作する乗客も少なく、誰もが自分の隙間時間をそれぞれの流儀で過ごす。それでも、車内で忙しなく電話をする人々は少なくない。ビジネスが止まらないのは世界共通。車内での電話は禁止されているが、連絡をとりたいという欲望はどこにでもある。電話が繋がると、あわててデッキに向かう姿は日常的だ。自己主張と社会的責任のバランスは、電話が繋がったらデッキに向かうという形でとられているのだ。たまにはずっと大声で話し続ける輩もいるが、それも世界共通。デッキまで大声で話しながら移動するのを良しとするか、そもそも電話をすることからしてマナー違反とするかはそれぞれだろうが、少なくともフランスらしい風景ではある。混雑した日本の通勤電車とは比較しようもない。ただ、新幹線でもマナーをしっかり守ろうとする日本の風景は、少しだけ堅苦しいのかも知れない。
マナーモードか通話可能かは、車内アナウンスでもしっかり案内されるが、TGVの場合はステッカーが貼ってある。このステッカーが可愛らしい。何ひとつ言葉はいらないそのステッカーを見れば、フランス語が分かる必要もない。センスいいなとちょっと感心。
Bonne journée(32): 羽生PA
お盆の混雑する東北道、混雑する蓮田SAを避けて羽生PAに立ち寄ったところ、大き目のごく普通のパーキングエリアだった羽生は、タイムスリップでもしたような江戸の様相にすっかり変わっていた。「鬼平江戸処」と言うらしい。火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)長谷川平蔵(通称鬼の平蔵)を描いた池波正太郎の「鬼平犯科帳」をモチーフにしたということだろう。何故羽生なのかは分からないが、少なくともそこは鬼平が闊歩する日本橋である。裏手には芝居小屋(中に入れるわけではない)もあり、自動販売機ですら目立たないように風景に溶け込んでいる。
柳の向こうに見える日本橋の大通りを賑やかに歩くのは、もちろん江戸の町人ではなく、東北道を走りつかれた人々がしばしの休憩を取っているのだが、不思議と混雑している様相はパーキングエリアのそれとは違って、江戸の活気あふれる人混みのようでもある。風に揺れる柳の小枝の反対側は、日本橋川でも神田川でもなく車の流れであるが、写真で切り取れば、そんなことも気にならない。
池波正太郎ファンなら、恐らくは相当楽しい風景なのだろう。小説やドラマに出てくるであろう大店(おおだな)のひとつひとつを見てそれが何か分かるほどの知識がないのが残念だが、知らずとも想像するだけでよい。そもそも多くの人がスマートフォンやカメラで写真を撮っている様子からして、鬼平が何者かすら知らずとも楽しめそうだということだ。なんとなく一休みと思って立ち寄ったら何やら江戸の風景が広がっていて、日光江戸村か映画のセットのような気分で歩いてみたら結構楽しいといったところではないか。
もちろん、セットは張りぼてではない。建物の中もしっかりとそれらしく作られている。お土産屋さんはもちろん普通の現代のお土産屋さんであって、江戸の店先とは異なるのだが、その雰囲気はしっかりと違和感の少ない形になっている。
もし東北道の上りを走る機会があったら、話のネタに一度立ち寄ってみてはどうだろうか。最近は、SAやPAがリニューアルしてなかなか楽しい場所になってきた。体を休めるだけでなく、気分もリフレッシュできるならそれが一番良い。一般的なお盆休みが終わったころになっての情報で役に立たないかもしれないが、秋の行楽シーズンにでもチャンスがあれば立ち寄っても面白いかもしれない。
良い一日を。
Wordless Wednesday : after the rain
良いご旅行を
The text was written only in Japanese.
随分と前のこと、どこの路線だったか失念したが、電車のアナウンスが面白くて話題になった車掌さんがいたと記憶している。テレビで取り上げられたり、webの記事になったりと、短い時間であったがちょっとしたネタのようになっていた。ここ横浜でも、話題にこそならなかったが、デジタルな車掌さんがいて、その電車にあたるとちょっと楽しみになっていた。特にアナウンスが面白いわけでもなく、単に話し方がデジタル音声のように聞こえるだけなのだが、そのデジタルぶりは、デジタルではこうは出来ないだろうというレベルで、ほとんど抑揚もリズムもない徹底のしかたであった。恐らくは、意識してではなく、自然にそうなっていたのだろう。
どこの国にも名物車掌さんはいるらしく、お堅いフランスの国鉄SNCFも例外ではない。その車掌さんは、もったいぶった言い方でマダム・マドモアゼル・エ・ムッシューと始めた。英語で言えば、Ladies and Gentlemen, Boys and Girlsに近いか。フランスでは、たとえ未婚の女性と思ってもマドモアゼルとは言わない。大人の女性としてマダムと呼びかける。だから、マドモアゼルを入れた言い方は、丁寧であると同時にBoys and Girlsを追加した言い方にも似ている。車掌さんの名前は、フランソワ。自分で名乗っているので間違いない。この車掌さん、話の途中で何度でもこのマダム・マドモアゼル・エ・ムッシューと呼びかける。何かを伝えるたびに「ご乗車の皆様」というわけである。いちいちもったいぶってゆったりと話をしながら、次第に自分の世界に乗客を巻き込んで行くのだ。停車駅をひとつひとつ丁寧に読み上げ、食堂車の案内を事務的というよりプレゼンテーションする。雑誌をめくりiPhoneでメールを打ちながら、アナウンスなど聞いてもいなかった乗客が順番に顔を上げ始める。そしていつの間にかクスクス笑いが聞こえ始める。どこかの航空会社が、法律で決められた安全のための説明を誰も聞いちゃいないというので始めた出来の良いビデオというのがあったが、フランソワは話術だけで注目させるのだ。
「ご乗車の皆様、次に停車するのはマッシーでございます。」「ご乗車の皆様、本列車には食堂車がございます。食堂車では軽食に加え、香り豊かなコーヒーをご用意して、皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております。」「ご乗車の皆様、ご不明な点がございましたら…」

そんな調子で話は続く。車内では携帯電話をマナーモードになどと単純には言わない。マナーモード(英語ならサイレントモード)と言う部分は、「お席では、サイレントモードに」と言いながら、まるで他の人に聞こえてはまずいとコソコソ話でもするように小声になる。ここまでくれば、大抵の乗客はアナウンスなどこれっぽっちも聴いていない風を装いながらもしっかりと耳をそばだてているはずである。そしてクスクス笑いが始まるのだ。
このアナウンス、しっかり最後まで手抜きはない。
「ご乗車の皆様、ご不明な点がございましたら、遠慮なくお声をお掛け下さい。もし、フランス語に不案内でしたら車掌にご相談ください。もし、フランソワとちょっと話してみたいということでしたら、ご遠慮なくお声をお掛け下さい。5分程度でしたらお相手になります。では、良いご旅行を。」






