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(Floral) Friday Fragments #275


 たびたび書いているのだが、今年はなんだか季節の進みが早い気がする。それとも自分が速度についていけてないのか。
 バラももう終わりだし、最近はもうずっと雨降りで梅雨みたいだし、紫陽花もそろそろ満開だし。それって6月中旬じゃなかったかなあ。なんて思ったりもする。
 で、よくよく調べてみたら、確かにバラの時期は1週間くらい早いし、紫陽花も同じように1週くらい早めの感じではあるのだが、せいぜいその程度の差でしかないらしいのだ。えっ?もしかして、時間についていけてない?なんて心配になってきた。

 まあ、そんなことは個人的なことで、ここに書く話じゃない。そういえば同僚が会社を去る日は今月末だったな、なんて急に思い出すのだが、極めて個人的な話じゃないか。やれやれ。
 決まって最後はひとり反省会みたいなことになっている。

 年齢が上がるにつれて、経過する時間がどんどん速くなると聞くが、それって実は間違いなのじゃないかと思い始めた。経過する時間が速くなるんじゃなくて、自分の時間が遅くなっているのかも知れない。自分の時計がゆっくりしか動かないから、周囲の時間がどんどん速く感じているのだ。きっとそうだ。そうに違いない。困ったことになった。
 どうやったって、自分時計の速度を速める事などできない。

 というわけで、やれることはたったひとつ。現実を受け入れよ。それだけだ。
 がっかりする事などない。悲観的な気分になろうが、あっという間に時間が過ぎて行こうが、自分の時計の速度が遅いからと言って、世界は変わらない。

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(Floral) Friday Fragments #274


 子供の頃は、沈丁花の香りが好きだった。やがて大学生になって色々なことを好き勝手にやるようになると、沈丁花のようなほんのりと甘くどこかスパイシーな香りではなく、クチナシの強く甘い香りが好きになった。遠くからでも感じられる金木犀のフルーティな甘さも良いが、どこかストレートにくる甘さのようなものが気になるようになったのだった。

 なんだか、子供の頃の方が大人びた香りが好きだったみたいで、なんだか落ち着かない。でも、そのうち、歳を重ねて色々わかってくると、その匂いの感じ方も自分でわかるようになってくる。やがてたどり着いた結論は、案外自分は少し薄汚れた匂いが好きなのかも知れないということである。気になっている匂いは、いつもジャスミンに似ている。時々惹かれて写真にするニオイバンマツリも、匂い蕃茉莉であって、ちゃんとジャスミンを意味する「茉莉」と言う名前が付いている。とは言っても、ジャスミンとは全く無関係な花木であり、香りもジャスミンとはだいぶ違う。それでも、万人が、ジャスミンみたいだと思う匂いがするということなのだろう。

 ところで、ジャスミンという名前は、ペルシャ語期限の女性の名前としては一般的だとか。確かにジャスミンという名前のタレントさんもいるし、ディズニー映画でもアラジンに出てくるヒロインはジャスミン。残念ながら、知人の中にはいないので、真偽のほどはわからない。

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(Floral) Friday Fragments #273


 足元をふと見るとこんな花が咲いていることに気づく。強烈な日差しの中で、ちょうど影になった部分に白色が優しい。
 そもそも気付かずにいるあたりに、もう少しスローな方が良いななんて反省する。いや、そもそも忙しくなんかない。時間はたっぷりある。十分かどうかは時間が経ってみないとわからないが、若い頃みたいに走り回ってはいない。それなのにもっとスローに過ごそうなんて反省する。
 きっと、忙しくしているのに慣れてしまっているのだ。本当は忙しくもなければ、走り回っているわけでもない。なのに、忙しかった時みたいに過ごすことに慣れてしまっている。ちょっと立ち止まって周囲を眺めれば良いのに、時間が余っていても周囲に気を留めない。
 これをかっこ良く「現代人」だとか「都会に生きる」とか言ってみるが、要はカッコ悪いから言い訳しているだけだ。

 昔は丁寧な暮らしという言葉も分からなかったが、ようやく腑に落ちるようになってきた。意識を変えていかないと、せっかく出来た時間が忙しかった時と変わらず過ぎていってしまう。もっと丁寧に。丁寧に。立ち止まるために写真を撮ろう。

(そんなスローな事が苦手な性格だってわかっているけれど…)

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(Floral) Friday Fragments #272


 この写真は、ある人にとってはちょっとトリックっぽい。
 ジャスミンの強い芳香をたどって周囲を探してみれば、ハゴロモジャスミンのような白い5弁の花が朝の静まり返った空気の中で光にあたっていたのだが、よく見れば地中海の木陰のような涼しげな緑がキラキラしている。見たことのない美しい木だなと思って近付いたら、ジャスミンが絡みついていたのは低木のオリーブだった。オリーブももう間も無く開花の時期だが、これほど一体化していると、私のようにうっかりしている人間は、騙されてしまいそうな気配である。
 もしかすると、コーヒーの花やレモンの花もこうやって絡みついたら面白いかななどと想像しながら写真を撮った。どちらも木としては強く硬い枝が広がるから、ジャスミンのようにはいかないだろうなとも思うが、何だか興味深い。

 それにしてももどかしいのは、フォーカス合わせである。この写真は手元にiPhoneしかなかったので、その標準レンズで撮影したが、思ったところになかなかピントが合わない。これがファインダを覗いて手動でフォーカスできたら簡単なのになどとぶつくさ言いながら撮影しているのは、正直変なやつである。もちろん、スクリーンをタッチしてフォーカス位置を指定しているのだが、なぜか奥にピントがあったりもする。それでも機動力の高いiPhoneだからいつでも写真が撮れているので、どちらが良いとも言い難い。
 また来週にでも撮り直そう、なんて思っている間に花は終わってしまうのだけれど…

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(Floral) Friday Fragments #271


 5月1日はメーデー。この日が労働者の日ではない国は案外少なく、北米、オーストラリア、スイス、日本など、数えるほどしかない。米国には、9月の第1月曜日にレイバー・デー(Labor Day)があって、ほぼメーデーと同様の扱いだが、米国発祥のメーデーがなぜレイバー・デーになったのかはよくわからない。日本には、メーデーに相当する祝日はないが、あえていうなら勤労感謝の日か?ただ、勤労感謝の日は、サンクスギビング(Thanksgiving Day)に相当するような気もするので、日本にはメーデーは存在しないのかもしれない。

 夏の訪れを祝う5月祭も起源のひとつであるし、世界的にお祝いムードなので、日本が労働者の賃上げ要求の日みたいに扱われるのも違和感があるが、素直に労働者の日として日本でもお祝いムードになると良いななんて思ったりもする。この日ばかりは、経営者も労働者に感謝して祝日にしても良いのではないか。

 海外取引をしていると、休みの多い日本のGWの只中にある5月1日は、つい仕事が集中してしまう日でもある。ここを逃すと、次は5月7日まで誰もいないとか、場合によっては、5月中旬まで人が少ないとか、色々あって、つい5月1日をあてにしてしまうのだ。で、海外にメールをしてから気が付く。あー、メーデーだった!もう、後の祭り。

 さて、緊急事態を宣言するときの言葉もメーデーである。5月1日はMaydayだが、国際救難信号のメーデーは何か?もちろん、5月とは関係ない。フランス語である。”m’aider” = “me aider” = “aide” + “me”、助けるの意味のエイドはカタカナでも通じるし、meは英語と同じ私であって、私を助けてという意味だ。案外あちこちにフランス語は埋もれている。

 正確には、”venez m’aider” 助けに来て!ということだそうなので、フラ語を勉強されている方、ネタに覚えておきましょう。私もvenezがついているとは知りませんでした。なるほど、そりゃそうか。