Bonne journée, photo challenge

Lens-Artists Challenge #304: Behind


Boring?
Well, the photo above is not interesting. It is a traditional Japanese room with tatami mats and a very low table. The reed blinds on the window might be interesting to some people. Some people might think that a cool breeze is blowing through them. But that was not my intention. What I wanted to capture was behind the reed blinds. The contrast of the roof tiles, the tropical plants and the shadows in the room made the room look cooler.

Lens-Artists Challenge #304: Behind

I know the next photo needs no explanation. Hydrangea is a rainy season plant, and it looks more beautiful in the shade. The temple behind the flower should have been more blurred. I actually took some blurry photos. But in the end, the blurry photos were just photos of flowers.


Finally, I would like to show my failure of paying attention the background. I wanted to take a picture of a bollard with a background of a bay and a bridge. Pan focus would be better but the focus should on a bollard. I didn’t find any concern. However, I realized my simple mistake. There was no bay water between me and the bridge on the picture.

Cross Cultural, Photo

Floral Friday #175


 今年はバラも紫陽花も早くてもうほとんど終わりかけている。近所の空き地のヒルガオは随分と早く咲き始めたなと思ったら、夏前の草刈りで根こそぎ無くなり、もはや夏の様相を見せ始めた。そんな状況の割には梅雨入りは遅れている。あまり雨量は多くはないもののすっきりと晴れない日も多かった春を思えば、梅雨は前線の動きでしかないイベントにでもなってしまったようだ。

 最近は混雑しているスーパーや病院以外ではマスク姿も見かけなくなって以前の生活が戻ってきたが、あの不思議な時期以降、どういうわけか街中に出かけることが億劫になってきている。人の顔を見に出かけたって何も面白くないと気がついただけなのかも知れないが、どこかで生活が変わってしまったようでもある。無理してでも出歩かないと、何もしないことに慣れてしまうような気がして落ち着かないということもある。ひとり、カメラを抱えて公園の花の写真を撮りに出かけるのは、何かしないと何かが壊れてしまうと感じる根拠のない不安への対応みたいなものだ。その何かが何なのかは答えがないのだから。

 まあ、半分は運動不足解消のために、カメラというウェイトを持って歩いているというのが本音ではある。そのウェイトも重い一眼レフに重いレンズだったものが、軽い小さなミラーレスへと変わり、最近はiPhoneだ。それで十分なのだから仕方ない。たったひとつ都会に住むメリットがあるとすれば、運動不足解消とか言いながら、黙っていても5000歩くらいは歩いてしまうということか。

 やっぱり写真でも撮りに行こう。

Cross Cultural, Photo

Floral Friday #174


 引き続き鎌倉の写真なのだが、この写真のどこが鎌倉かと考えれば、この雰囲気なのかも知れない。いや、どこで撮ったってこんな写真になるでしょうと冷静な頭が反論はしているが、これが鎌倉なのである。

 今やほとんど観光でしか行かなくなったとはいえ、頭のどこかに観光地とは異なる鎌倉のイメージというものがあって、横浜から短いトンネルを抜けたら全く違う場所に出るものだと思っているらしい。それは観光で行く別な場所とかいうのとは全く違っているものなのであって、日用品を買いに行く近所のスーパーに対する深緑の公園のようなものだし、大船イタトマJrが閉店したというのと横浜のよく行くレストランがなくなってしまったというのが似たようで全然違う、ということでもある。

 先日初めて気がついたのだが、大船駅は、鎌倉市大船と横浜市栄区笠間の間にある。それなのに、大船駅は立派な鎌倉なのだ。だからこの写真も誰がなんと言おうと鎌倉なのだ。そんなイメージが頭の中の鎌倉というエリアを構成している。でも、それって何なのだろう。答えはない。