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9本の傘

201404-018The text was written only in Japanese.

一昨年の夏の台風のあと、駅に向かう道程は何とも落ち着かないものだった。まだ緑色をした樹々の葉が、アスファルトの黒々とした歩道に濡れて撒き散らされていたからでもあり、どこから来たのかも分からないピンクや青のプラスチックの何かや金属の板のようなものが、昨日まで何もなかったその場所に置かれていたからでもあるが、落ち着かない理由は、それ以上に傘にあったような気がしている。細い金属の傘骨は、一度フェンスを固定するために使った後の針金のように不規則に曲がり、それに半ば引っかかったようにビニールが丸まっている。そんな壊れた傘が幾つも道に落ちていた。よほど風雨が強かったのだろう。必死に傘の柄の上のほうを持ち、飛ばされないように小さくなって風に耐えながら家路を急ぐ。路地の壁などで巻くように変化する風に傘も安定しない。少し気を許し瞬間、突然後ろから回り込んだ風に、傘がひっくり返る。慌てて戻そうとするが、一度裏返った傘は、もう戻ろうとしない。やがて努力しても無駄だと知る。すでに、その間にも頭からつま先までずぶ濡れなのだから、同じ事だ。用を為さなくなった傘を畳むこともままならず、その誰かは、傘を放り出して歩き出した。

そんな事があったのかもしれない。単なる想像のひとつである。もしかすると、風に飛ばされ何処かに行ってしまったひとつかもしれないし、その前からそこにあったものかもしれない。きっと大変な一夜だったのだ。

そう思いながら駅に向かう道には、9本の傘が落ちていた。9本の傘には9人のそれぞれの夜があったのだろう。きっと無事に帰れただろうが、無事でも何か大切な書類を雨に濡らしてしまった人もいるかもしれない。9人のそれぞれを想像しながら、その9本の傘に私は落ち着かなくなっていた。一昨年の夏の事である。

やがて、その落ち着かない感覚は、9人のそれぞれの酷い夜にではなく、用を為さなくなった傘がそこにあることによるのではないかと思えてきた。傘を放り出さざるをえなかった酷い夜は、夜が明けて、壊れた傘を道端に棄てた次の朝になっていた。きっとそれは仕方のないことだったろう。世界中の誰もが、同じ場面で同じ事をしたに違いない。9本の傘に9人のそれぞれがあっても、同じ様に傘を放り出したのだ。そしてそれは、翌日の朝にゴミとなった。おそらくは誰も片付けようとしない金属片として。落ち着かない感覚もそうやって残された。

201404-047フランスの哲学教育には、une émancipation intellectuelle (知的親権解除)という言い方がある。une émancipationは、英語の emancipation と同じ「親権解除」の意味で良いらしい。the emancipation proclamation、かの奴隷解放宣言の「解放」である。金銭的にでも住む場所でもなく、つまりは、物理的な開放ではない。知性面での解放である。間も無く市民として責任を負うことになる子供たちが、知性面で親から解放される。親権解除するのは親ではない。子供たち側である。「知的親権解除」あるいは「知性的な開放」は、すなわち、「自立」に他ならない。親の考えではなく、一市民として自分の考えを持ち、一市民として責任を果たす。そうした自立がフランスの哲学教育にはあり、未来の市民を養成する場が哲学教育でもあるのだ。

高校生にもなれば、それはあたりまえのように問われる課題だ。バカロレアの哲学の問題のひとつ「私たちは国家がなければもっと自由なのか」に答えるのは容易ではない。それでもなお、問いは発せられる。

9人の9本の傘に落ち着かなさを覚えるのは、何処かにこの知的親権解除と関連する何かを感じるからと思えてならない。傘を放り出すしかなかった夜が明け、静かになった朝が来た時、市民としての義務を果たすことができたのか。親ではないにせよ、何処かで社会に責任を負わせている部分はないのか?9本の傘を片付け、9人の夜を過去の出来事にしているのは一体誰なのか。

自立は思う以上に難しい。誰かに助けを求めないという意味ではない。自分で考え、自分の行動で社会に責任を果たす事でなければならない。そう教えたから出来るという事でもない。自分で考え自分で行動する事が身についていなければならない。そしてそれは、多くの日本人にとって容易ではないような気がしている。

201403-069-teien先日、知り合いのフランス人エンジニアから、推薦状を書いてくれないかと頼まれた。紹介状など、映画の中で描かれる、志ある若者がチャンスを得るべく年長の先生に頼む古い時代の習慣のように思っていたから、正直、面喰らったという感じであった。聞けば、第三者の公正な推薦が必要なのだという。そこには権威のようなものもなければ年長といった考え方もない。社会に認められた自立した存在であることが重要なのだ。その上で、推薦者によって封じられ、推薦者自身によって署名されたその書類に書かれた事が判断材料のひとつとなって評価される。そうした事をあたりまえの事として教育し、自立した個人を社会で育てていく。それがフランスの哲学教育なのだろう。そう考えれば、知人に推薦状を書いてくれと頼む事など普通の事に違いない。人は、一人で生きているわけではない。社会的責任とは、成功しても失敗しても自分自身が原因などという意味でもない。社会にあって、ひとりの自立した市民として責任を果たすことが期待されている。

春本番となって木々が芽吹き、周囲に様々な色が溢れ始めた今になって、不思議と一昨年の夏を思い出した。9本の傘は、いつのまにかなくなっている。

 

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Skiing in Canadian Rocky Mt. (Avalanche Beacon)

201403-003The original text was posted as “Avalanche Beacon” in January 2013. This article was written only in Japanese.
2013年1月に公開した記事を加筆・訂正したものです。

カナディアンロッキーの山々が雄大な風景を織りなす場所、アルバータ州とブリッティッシュ・コロンビア州の境界線上にサンシャイン・ヴィレッジ・スキー場はある。古くからある一番奥のエリアまでは、ゴンドラで行くことになるが、長い長いゴンドラに乗って中間駅をやり過ごし、時間をかけてたどり着いた先が、やっとベースエリアである。森の中を行くゴンドラから尖った寒そうな木々を延々と見続け、視界が開けたと思った場所がようやく入口でしかない。つまりは、実際にロッキーの山々をスキーで楽しみたかったら、さらにリフトで上がらなければならない。とは言え、ベースエリアでも街からは隔絶された領域であるようなところだから、リフトで上がって行けば、雄大で厳しい景観に畏怖を感じるような、日常とはかけ離れた光景が待っている。天候にさえ恵まれれば、はるかに遠くまでロッキーの山々が連なり、真っ白な異空間に放り込まれた感覚である。森林限界を超えているので、すでに木々すら見当たらない。ベースエリアからゲレンデを見上げただけで、これはもうリフトで上がるしかないと心躍る風景なのである。

このスキー場には、黒々とした岩がむき出しのままとなっているような場所がいくつかある。雪も付かないような巨大な岩、あるいは、壁面というべきか。最近は整備され、無茶は許されなくなってきたようだが、上級者なら一度は滑って見たくなるようなストンと落ち込む斜面が、リフトで簡単にアプローチ出来る。勿論、そこを滑るのは簡単ではない。上から覗き込んでも下は見えない。先が見えないような断崖の先まで誰かが滑ったシュプールが見えていても、途中からは何も見えない。何もない。恐らくは、その何もない場所には黒い岩が出ている。そうやって、その見えない先に目を凝らすとその遥か先にシュプールが続いていたりする。であれば、トライしてみたくない筈がない。全てがロッキー山脈の中という光景なのだから、気持ちも昂ぶる。だが、そのような場所の前には、そっけなく一枚の案内が立てられている。曰く、ここから先は自己責任で。

ほとんどの人は、ここで思い留まることになる。寧ろ、少しでも逡巡するようであれば、思いとどまった方がよい。自己責任の意味は大きい。怪我してもスキー場に文句を言うなという意味ではない。自己責任とは、迷惑をかけるような事態になれば、それ相応の責任を自分自身でとるということだ。

よく、垂直に落ちこんだ真っ白な斜面を自由落下でもしているように滑り降りたり、岩を飛び越えたりするような映像があるが、あれは、綿密な調査と計画、強力なチーム体制で撮影されたものである。滑る前にすべての岩の位置を頭に叩き込み、すべての体制を整えた上で撮影を行っている。全体が把握できないような場所であれば、離れたところから見て指示を出している人もいたりする。その上で、何度も失敗を繰り返しながら撮影している。自己責任というのは、そうした意味なのだ。

もちろん、そうは言ってもそこに斜面があれば滑りたくなる。危険だから滑らないのではもったいない。断崖を滑るような無茶をせずとも楽しみ方はある。もちろん、無理せずサンシャイン・ヴィレッジのてっぺんから森林限界を超えて何もない斜面を楽しむだけでもよい。あるいは、自己責任の看板がない程度に厳しい斜面を望むなら、ほど近いレイクルイーズという手もある。サンシャイン・ヴィレッジもレイクルイーズもロッキー観光の中心となるバンフからわずか20分から30分程度。毎日多くのバスが運行している。バスは主要なホテルに止まるから、裏手の安いホテルに泊まっていても、歩く距離はたいしたことはない。バスが止まるホテルまでスキーをかついで行って、あとはバスを待つだけ。誰もがスキー靴でドタバタと歩いているからゆっくり歩いていても文句を言われることもない。レイクルイーズスキー場行きのバスに乗り込めば、あとは寝ていても大丈夫だ。

レイクルイーズのベースエリアからリフトを乗り継ぎ延々と上がって行くと、そのほぼ頂上に Top of the World と呼ばれる場所がある。素晴らしいのはその向こう側である。ここには自己責任の文言はない。所謂バックボウル側に未整備の斜面が延々と続く。ピステンは入らないので、コブだらけのハードなバーンが維持されている。モーグルの競技も行われるそこは、実力以上に飛ばせば、間違いなく頭から自由落下の爽快感を味わえる場所である。

もうひとつの楽しみは、そのバックボウル側を上がるリフトだろう。モーグルの公式コースだからモーグル好きがたくさん集まって来る。そのモーグル好きが、リフトの上から”Hop, hop.”といった感じで声をかけてくる。勿論、その声につられて飛ばせば自由落下となるのは同じことである。

スキーに付けるリボン。パウダースノーであれば、邪魔にならない。
スキーに付けるリボン。パウダースノーであれば、邪魔にならない。

自己責任でよいならバンフからのツアーもあるヘリスキーを楽しまない手はない。自己責任といっても、快適で安全なツアーである。ここしばらくは事故もないとのことで、恐らくは極めて安全なのだろうと思う。ヘリで運ばれた先には、ヘリと参加者以外は何人の気配のない真っ白な世界が待っている。ヘリが去った後は、青と白の無音の世界だ。けして安くはないが、日常ではあり得ないその情景を味わう価値はある。

上級者限定という類でもない。さすがに初心者は無理だが、ボーゲンで止まったり曲がったりが出来れば、それ相応のコースに案内してくれる。自己申告でクラス分けを行い、 さらに最初の比較的簡単な斜面でさらにグループを決めてくれるから、自分の実力にあったコースを滑ることができる。クラスによってスタート地点が違ったりするが、基本的には、滑る場所もほぼ同じである。クラスが違ったから青く輝く氷河を見られなかったということはない。

自己責任と書いたが、参加の申し込みには「死んでも文句は言いません。」と書かれた契約書へのサインが必要である。そもそも死んでも文句が言えるのかどうか甚だあやしいが、この書類にサインして、参加は自己責任ということのようである。

ツアーは至れり尽くせりである。山の上での食事でもサンドウィッチと暖かなコーヒーか紅茶が用意されたりする。見知らぬ同志で交流を深め、一日を楽しくかつ安全に過ごす良いチャンスにもなっている。

もちろん、滑る前の講義も充実している。パウダースノーの滑り方の注意から転んだ時の対処まで、それ相応に充実した講義があるから、初めてでも困ることはない。そして、その充実した準備がまさに自己責任にもつながっている。

最初にヘリに乗る前に、スキーの積み方と下ろし方、降りたあとの身の処し方について説明を受ける。その上、実際に練習をしてもみるが、講義の重要性を理解するのは、実際にヘリから降りた時である。

講義では、ヘリから降りたら、協力してスキーを下ろし、身を屈めてヘリから離れたら、密集して体を小さくして離陸を待つように教えられる。先ずは平地でワイワイと楽しく輪を作り、実際にやって見る。英語だけでなく、ドイツ語やら日本語やら参加者の言語が飛び交い、終いには笑い声で言葉の違いも無くなるが、どうにかやることだけは理解して出発である。さて、そんなところに着陸して良いのかと疑うような尾根の平になった小さな場所に、雪煙を巻き上げながらヘリが降り、降機の指示が出る。思ったより激しいローターの風に寒さを感じながら、練習通りにスキーを下ろして、指示された場所に小さく丸くなる。ちょっと顔を上げると、稜線の向こうに蒼く澄んだ空が見え、雪の白い領域と空との境界線からヘリが離れて行く。太陽光に雪煙が輝き、境界線はグラデーションとなる。だが、ここでルールを守ることを思い出す。体を小さく、頭を下げよと。

ルールを守らず、うっかりと上半身を起こした参加者は、直後に凄まじい雪煙に包まれ、運が良ければ顔が、悪ければ下着の中まで雪だらけである。笑いごとではない。体温が奪われ、しばらくは快適とは言い難い状況となる。上級コースだと風に煽られて、転落しかねないから、ルールにはルールの意味があるのである。それで死んでも自己責任であるが、責任には死んだあとの始末も含まれるから、単純な話ではない。

守るべきルールは他にもある。同じグループで助け合うこと、ガイドの指示に従って、言われた場所だけを滑ること、単独行動は絶対にしないこと。どれもこれも、極めて重要である。

ガイドの後ろを一列になって滑るように指示されれば、それはもうはっきりとせいぜい1~2メートルの幅で順番について来いということである。真っ白な広い場所であっても自己判断でシュプールを逸れてはならない。実際のところ、ちょっと羽目を外して数メートル離れただけで、真っ白なパウダーの中にダイブすることは稀ではない。やってみれば分かるが、パウダーに頭を突っ込むと、息することすらままならない。やめておいたほうが無難である。後からよくよく見れば、隠れたロックの僅かな影に気がついたりもするが、気がつくなら飛ばされる前が良い。そして、それは慣れなければ難しい。

その上、恐らくは、外れたスキーもすぐには見つからない。スキーに大きなリボンをつけてはいても、深いパウダーに埋れたスキーが見えるわけではない。雪を荒らせば、捜す範囲がどこかすら分からなくなる。そんな時になって初めて互いに協力するルールの意味が見えてくる。もちろん、ルール以前に、どれだけ親しくなっておくかが重要であることは明らかである。打算的ということではない。相互に親しみを感じられるようになっていなければ、人は、腰まで埋もれるようなパウダーの中で、親身に人のために努力するものではない。

ヘリスキーのための準備となる講義は、行きのバスの中でも行われる。バンフからのツアーだと2時間程度バスに揺られることになるが、挨拶から始まって、ビデオを見たり、面白おかしい話を聞いたりするから飽きることはない。その中でも興味深いのは、アバランチ・ビーコン(avalanche beacon)だろう。雪山をやる人はお馴染みのあの箱である。アバランチ・ビーコンは文字通り、雪崩にあった人を捜すための発信器である。通常は発信モードにしておいて、雪崩にあった人を捜す時は受信モードに切り替える。バスの中では、もちろん受信モードで練習する。雪崩に巻き込まれた側の練習をしてもしかたない。さあみんな受信モードにしてとの合図で、いっせいにイヤフォンで音を聞く。講師はバスの中を行き来して、遭難者役である。講師が近づくと音が大きくなり、離れると小さくなる。

原理も使い方も極めて単純である。だが、遭難者の捜し方となると途端に難しくなる。バスの中のようにはいかない。何と言っても、遭難者がこちらに向かって歩いてくるとは思えない。従って、理論だけでもあらかじめ知っておく必要がある。

捜索者は、先ずは誰が巻き込まれたかを確認する。パーティーにはその時初めて知り合った人が含まれているかもしれない。遭難者が何人かを知るのは大切なステップである。

遭難者がどの辺りに埋れていそうかを把握することも重要である。その上で、探索域をメッシュ状に大まかに区分けして、最もいそうな場所を斜面に直角にスキャンする。1回目に音が聞こえればラッキーである。次は、最も音が大きかった場所から直角にスキャンを開始する。これを繰り返せば、原理的には、最終的に遭難者の真上にたどり着く。

言葉で言うだけならなんとかなりそうでもあるが、実際には簡単ではない。捜索するということは、極限状況にあるという事でもある。そのような中での探索である。再び危険な状況になるかもしれないし、自分自身が怪我をしているかもしれない。互いに協力して対処できる信頼関係が必要である。ルールを守り、親しく交流する状況があって初めて非常時の対応が可能となる。講義の目的は、結局のところ、非常時になったらどうするかではなく、そのような事態とならないための行動と、なってしまった後の心構えを伝えることにある。何しろ、雪崩にあって誰かを探すことになっても、パーティーの命綱となった自分自身の安全も確保しなければならないし、そもそも探索を行う体力が残っていないかもしれない。ヘリに連絡する手段も雪の下に埋れている可能性もある。うまく探索ができたとしても、発見までには長い時間がかかるだろう。呼吸すらままならない雪の下の遭難者が生きている可能性は低い。それでも捜さなければならないのである。

アバランチ・ビーコンは、別名、死体発見器と呼ばれている。

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切符

201401-061This article was written only in Japanese.

普段の会話の中で、切符という言葉をあまり使わなくなったような気がしている。思い出そうと思っても、切符という単語を使った文章すら出てこない。もちろん、日常会話においてという意味であって、切符が死語というわけではない。切符を買うと表現することに違和感はない。それでも、日常会話となるとどうだろう。切符という単語を使う機会などほとんど無いような気がするのである。

横浜から鎌倉に向かうのに切符を買う必要はない。PASMOをかざすだけで改札を抜け、そこに切符を買うから待っててといった会話は出てこない。大阪に行くならどうか。おそらく、指定券とか言うのだろう。横浜の港周辺をつなぐシーバスに乗るなら買うのはチケットだ。映画だろうがコンサートだろうが、買うのはチケットであって、切符ではない。

そんな事を考えていたら、ふと気がついた。相変わらず、仕事の言葉としては切符は生きているのではないかと。劇場でチケットを切り取る仕事は、相変わらず「切符もぎ」と言いそうだ。Webで探せば、切符もぎのバイトも出てこないわけではない。だがそれも長くはないのかも知れない。電子的なチケットの利用も増えているから、そのうち「切符もぎ」の仕事は無くなって、「切符をもぎる」という表現も意味の難しい語句になるのだろう。あるいは、切符は丁寧な表現や文語として残るのか。

実は、切符という言葉のある言い方を考えていて、別にひとつ思いついたものがある。警察に止められて切符を切られたという言い方である。切符が普通に使われているかどうか分からないが、少なくともチケットとは言い換えなさそうだ。寧ろ、反則切符は何故「切符」なのかという疑問が湧いてくる。切符には引き換え券的ニュアンスがあるから反則切符なのだとすると、なにやら違和感も感じなくもない。

ところで、交通違反の反則金の制度は世界中にあるらしいが、その仕組みには意図の違いなのか文化の違いなのか、だいぶ異なったものがある。例えば、日本なら反則金に加えて点数が加算される。何ポイント貯めると免許停止とこちらも何やら不思議な感覚だが、多くの国では罰金だけだそうだ 。その一方で、反則金の払込は遅延しても、多少高い利率の遅延金が発生するだけである。これがフランスだと、最初の支払い期限は2週間と日本より長いが、この2週を過ぎると倍になる。さらに2週を過ぎるとまた倍になる。45ユーロが90ユーロになり、さらに270ユーロになるといった感じである。真面目に対応すれば安く済むが、いい加減にしてるとひどく高くなりますよという意味では、ひとつの面白い方法かもしれない。

201401-060話が脱線したが、長距離列車に改札を作らないヨーロッパと二重に改札を作る日本の違いも興味深い。新幹線の改札は、何故駅の中に二重に作られているのか、どうしても理由が見つからない。原則として車内改札を行わないためとか、在来線との乗り換えで切符を買い直すニーズがあるからとかいろいろな話はあるが、どれもしっくりこない。あえて言うなら、特急券の改札を出入り口で行って車内改札を減らし、コストダウンするというのが一番もっともらしいだろうか。

一方で、TGVには改札がない。黄色い機械に切符を入れて刻印するのが改札であって、ゲートにはなっていない。だから、誰でも切符なしで乗り込むことができる。車内改札はしっかり実施されるからキセル乗車は少ないのだろうと思うが、良心に任せているという側面が大きいのかよくわからない。無人販売など不可能という国なので、良心に任せるというのは矛盾を感じなくもない。とはいえ、不正乗車には滅っぽうきびしい。打鍵を忘れると、高額な罰金が待っている。言い訳など通用しないらしい。必ず、時間に余裕を持って切符に打刻することが重要である。何しろまともに動かない機械なので、延々と切符を入れては抜いて、そのたび紙のカールを延ばしてみたり、いれる角度を微妙に変えてみたりと大変に時間がかかることがある。ただの機械に悪態をついて、隣の機械に鞍替えして見ても、運が悪ければまた同じことである。車掌さんに文句を言えば、「難しいのは分かってる。ルールだからなんとかやってくれ。」とつれない言葉。俺の責任じゃないといった感じだ。理解できないこともない。車掌さんが何かできるわけでもない。時間に余裕を持って打刻するのは旅行者の責任なのだ。ベルが鳴るまで打刻しなかったほうが悪いのだ。車掌さんができることはただひとつ。早めに打刻するようアドバイスして、ウインクしながら見逃すことくらいである。

さて、最後にもうひとつ切符の例文を。「甲子園の切符を手にする」というのは、なんとか会話水準の文章かも知れない。反則切符や罰金の話で終わりたくないので、爽やかな例文を見つけてみた次第である。

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Ice-breaker

needle ice
needle ice

先日、BBCのニュースを読んでいて、砕氷船をIce-breakerと言うことを知った。アメリカの砕氷船が南極で氷に閉じ込められた船を救出したという記事である。辞書にあたれば、Ice breaking boatなどとも言うらしい。英語圏の人には当たり前の語彙だろうが、普段に英語を必要としない自分には初めての単語であった。何しろ、日常の話題に砕氷船は出てこない。

南極の1月はいよいよ本格的な夏の始まり。砕氷船しらせが3年ぶりに昭和基地に接岸などといったニュースもあって、活動できる時期なのだろう。ペンギンも子育ての時期に違いない。

冒頭の写真は、お察しの通り特に意味はない。単に氷つながりである。霜柱は、needle iceやfrost crystalsなどと言うらしい。辞書にあたるとfrost needlesという表現もある。発生する場所が限られるので、こちらは分かりにくい表現だろう。

ところでIce-breakerという単語は初めて出会ったわけではない。知らない者同士で集まった会議や研修の最初に、場の緊張を解くためにやる軽い話題やゲームなどをアイスブレークという事がある。カタカナ英語か一般的な英語か分からなかったので辞書で探してみたら、こちらの意味も案外載っているので通じる単語なのかもしれない。

緊張を解くアイスブレークは対応する日本語が難しいところだが、砕氷船の意味ならそのままである。ひょっとするとice breaking boatの直訳が砕氷船なのかもしれないとも思う。だとすると、直訳が分かりやすい例のひとつだろう。日本語とヨーロッパ系の様々な言語は、外来語は別にして根っ子が完全にことなるので、いちいち単語を覚えないといけないが、砕氷船くらい分かりやすいとありがたい。フランス語のcommentに比べたら、よほど良いかもしれない。フランス語のcommentは英語ならhowやwhatなので、フランス人も混乱することがあるそうだ。フランス人が言っていたので半分大袈裟な冗談かも知れないが、多少は本当のことらしい。何だって?と聞き返すように思わずcomment?と言ったらAny comment? と勘違いされたりするのだろうか?

まだ1月だし、いつも硬い文体で書いているので時には軽い話題でもと思ったが、意味不明な内容になってしまった。これではIce-breakerにもならないか。

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Bonne journée, Cross Cultural, Photo, photo panoramique

New year’s visits

201401-001The last day of 2013 was calm and passing gently in Yokohama. At least, it seemed to be suitable for spending a time with my family. A sound of a bell of temple was telling the new year.

201401-002
at a Buddhist temple

Though common Japanese are not devotional as I wrote ever, new year’s visit to a shrine or a temple is ordinary custom. Exactly saying, visiting temple is completely different from praying at shrine.

To ding a bell of a Buddhist temple is done around the midnight of the last day and, in general, it should be 108 times. Maybe as you know, its tone is very low. Interestingly,  people may visit a shrine also in order to pray a happy year. The first picture was taken at a Buddhist temple just after finishing preparation of year-end ringing a bell.

at a shrine
at a small shrine

The third picture was taken at a shrine, close to the temple in the first and the second pic, where many people were praying for 2014.

at Yokohama, Japan.

年末年始は、比較的穏やかな陽気となった。風もさほど強くなく、気温も徐々に上がって、春めいていて感じられる。今年一年が良い年となることを祈りつつ、横浜より。

201401-004