Bonne journée, Cross Cultural

夏至

201507-115

written only in Japanese

喧騒を忘れる静かなブルーグレーの朝、屋根裏の跳ね上げ扉を開けて遠く煉瓦の尖塔を眺める。燕が二羽、クリーム色のペンキがかすれて所々茶色になった窓枠をかすめるように飛び去った。教会の鐘がゆっくりと響きわたり、朝は前日の夜の喧騒など全て忘れ去ったように始まった。記憶は日々の忙しさの合間に辛うじて残される。

201507-114午後9時を過ぎてようやく夕暮れらしい影が石畳に現れる頃、華やかな1日をしめくくるにふさわしい夕食の並ぶテーブルを囲んで気の合う仲間と特にどうということのない会話を交わし、誰もがそれが始まるのをそわそわと待っていた。それぞれの皿の上には、かすかにフルーツの香りがするソースが恭しくかけられた子牛の肉とチーズをたっぷりと混ぜ合わせたジャガイモが乗せられ、ワインのボトルは次のグラスに注がれる準備でもするかのように人と人の間で右往左往した。足元には、お人好しの客からお零れを狙う鳩。ジリジリと腕を焦がす太陽は日中の勢いを忘れ、少し冷たい風がお喋りな人々とテーブルの間を抜けた。道を挟んで反対側の公園横で誰かがギターを抱える。すっかりリラックスした黒のポロシャツに少しだけ色の落ちたジーンズ、スキンヘッドの丸顔。ペグに手をやり首を振ると、やおらブルージーなメロディーをひとフレーズ奏で、キーボードが後を追ってリズムを刻んだ。そうやって昨夜の喧騒は幕をあけたのだった。

音楽の日(Fete de la musique)。夏至の夜は誰もが大楽好きになったかのようにいたるところに音楽があふれ、いつまでも夜は続く。メトロは乗り放題のチケを当たり前のように発行し、車は裏道に溢れる人々を避けるように走り抜ける。むろん、一部の人には迷惑なのだろうが、音楽の日とはそんなものなのだ。いつまでも明るい夏至を楽しみ、音楽を楽しむ。

(この文章は、夏至の翌日に書かれた)

Bonne journée, Cross Cultural

暑い5月の終わりの午後

201506-211written only in Japanese

痛いほどにまっすぐに照らす陽射しがようやく傾きかけた頃、ガルコスタの華やかなラテンのリズムを楽しみながら、もはや裏通りとは言えないほどに誰もが使う狭い市道を下っていた。いつもかけっぱなしのFMはいつものように音楽を流し続け、いつも見慣れた通り過ぎて行く公園には木陰にすら人影が見当たらなかった。暑い5月の終わりの午後だった。

公園の隅にとってつけたようにある出入り口の先には、反対側にしかない歩道に渡るための横断歩道が白く描かれている。狭い市道には、道の両側に歩道をつける程の道幅はなかったからだろう、ちょうどその公園を境に、片側にしかない歩道は道の反対側に移る。緩やかに曲がるその市道の横断歩道に差し掛かった時、公園の反対側で車を通り過ぎるのを待つ人があった。途切れることなく車が走る道ではない。かといって交通量は少なくない。ちらとルームミラーを見てブレーキを踏み、停止しながら対向車に目をやる。すれ違う車は止まらなかったが、その後の車までの車間はそこそこある。そのちょっと間を空けて続いた対向車も、結局速度を落とすことなく通り過ぎた。そしてその次の車も同じだった。時々横断するにはためらう程度の間が空くことはあっても途切れることなく10台以上の車が走り抜けていった。途中、横断歩道の横で待つ見知らぬ誰かは無表情にこちらを向き、そしてまた通り過ぎる対向車を見ていた。そうする以外にやることなどない。待つというのはそういうことだ。

201506-212そうやって全ての対向車が通り過ぎた後で、その人は小さく会釈をして公園の方に見えなくなり、残ったのはどこにでもある狭い市道で止まっている自分だけとなった。FMからは変わらずラテン音楽が流れつづけていた。

世界中に無謀な運転をする輩はいて、車とは不思議な道具であると時々思う。夜遅いフランスの田舎道の赤信号で止まったら、速度を落とすことなく後続車が追い抜いていったことがあった。確かに他に車などなかったし、信号で生真面目に止まって待つような場所でもなかったが、だからといって夜の見えにくい影の向こうに誰かがいないとも限らない。「クレイジーなやつだな」と誰もが思う瞬間だった。「変なやつはどこでもいる」と。そのフランスで、横断歩道で歩行者が待っているのに誰もが止まらないといった経験はない。もちろん、何台かは通り過ぎることもある。気づかないこともあるだろう。だが、通りの少ない道でも止まって待つ。それどころか、歩行者が車にどうぞと道を譲る。列に並ぼうとしないフランス人がである。長年住んでいるひとは違うと言うかもしれないが、少なくとも自分経験上はそうなのだ。

文化の違いといえばそれまでだが、どこが違うのかと言われれば俄かには答えが出てこない。どうした事か分からないが、バツが悪いような変な気分になりながら、アクセルを再び踏んだ。

Bonne journée, Cross Cultural

AC9

taken with iPhone

Written only in Japanese.

依然として憂鬱な空気の流れる2006年が2007年に替わろうとしていたころ、ほとんどの人にとって何の変哲も無いいつもの年の「替わり」目、ひょっとするとそれは「変わり」移ろうとしていた節目だったのかも知れない。最近そう思い始めた。

このところ、何かを思っては写真を撮ってポストし、長めの文章といえばせいぜい仕事上の報告書を書く程度。その上、仕事で書く文章の原則で、簡潔で味のないぶっきらぼうな表現ばかりだからキーボードを延々と叩くことも少なくなった。だから、時々iPhoneで個人的なことをメモ書きしていると、妙に文章にレトリックを挟み込んでいる自分に気づく。そして、ふと思うのである。いつでも文章が書けるから表現にこだわったり、思いもよらなかったことをメモ書きするのだろうと。

taken with iPhone

2007年といえばデジタルカメラ全盛期であり、各社がこぞって新機能を宣伝し、ミノルタの資産を受け継いでソニーが一眼レフを発表した年である。携帯電話で撮った写真は鑑賞するにはいまひとつで、どうしても普通のカメラが必要な瞬間があって、携帯電話のカメラはメモ書きの範囲をなかなか越えられなかった。テキストを書こうとすれば、全体を俯瞰するには液晶は小さく、シンプルな文章をメモしてはPCに送って編集するほうが簡単だった。そしてその年、iPhoneがデビューする。

今、iPhone上で文章を書いている。フルキーボードの速度には敵わないが、使いたくないなどと思うほどにはストレスはない。そうやって書いた文章は、クラウド経由でどこでも同期する。通勤の途中で見つけた朝露に光る花壇の風景も世界中の誰かとシェアされる。実は、クラウドの代名詞となったAmazon elastic compute cloud(EC2)が発表されたのが2006年であり、2006年から2007年への変わりゆく時代は、そんな変化の時代であったのだ。紀元前(BC)と紀元(AD)になぞらえれば、さしずめbefore iPhone(BI)とAnno Cloud(AC)といったところか。2006年は1BI、2007年はAC1であって、今年2015年はAC9となる。くだらない遊びではあるが、個人的には腑に落ちた。

taken with iPhone

くだらない話ついでに書けば、この文章を書きながら今更気付いたことがある。ローマ建国の紀元前753年は、英語表記では753 BCであってBC753ではない。BCの意味を考えれば当たり前である。だが、これまで意識して考えたことなどなかったのである。多分に宗教的な側面もあって不愉快に感じるひともいるだろうからこれ以上は触れないが、こんなことに気づくのも、文章が見渡せるからだろう。

さて、ついでのついで。ローマ建国は紀元前753年である。千歳飴でも思い浮かべて覚えれば、妙にマニアックなクイズで正解するかも知れない。