なんでもない朝と特別でない夕暮れの隙間に日常を過ごし、
特別な朝となにかがあった夕暮れの隙間に追憶が紛れ込む。
春の始まりに降り忘れた驟雨をアルミ色の鳩が寄せ続けるように、
渇いた喉の奥に引っかかった昨日を熱いコーヒーで洗い流す。
雨雲が遠く見える地平線と28時間続く午後との境目は朧げで、
昨日までの異国がスーパーの買い物カゴの隙間に転げ落ちる。
そろそろ明日は来そうかと塗装の剥げ落ちた窓に反射する今日を眺め、
とっくに明日は過ぎたよと今日に反射する自分に言い聞かせる。
それもまた今日という日常。
Category: Bonne journée
Supermarché

まだ10時前だというのに、いつもの混雑した土曜日のハイパーマルシェが戻って来たようだった。駐車場の空きはどんどん埋まりつつあった。何かに追われているわけでもないだろうが、赤い髭を蓄えた忙しなく歩き回る中年男は、しかめっ面をしながら買い物カートに次々と食料を放り込み、赤いタイツのお年寄りは、黒カブをひとつひとつ品定めしてはため息をついた。COVID-19の感染状況はむしろ悪化していて、FMラジオからは定期的に注意を促すメッセージが流れてはいたが、スクールホリデーという理由にならない理由が街を慌ただしくしていた。まだ息が白い朝に家を出て混雑を避けたつもりだったが、周りを見渡せば巨大な買い物カートに食料品を満載にした人が右往左往し、陳列棚の隙間はさながらモナコ・グランプリのF1よろしく他人のカートを避けるように先を急ぐ人たちの無言のレースのようだった。
人混みを避けながら、水にバターにコーヒー豆にトマトにとようやく買いたいものをカートに詰め込めば、次は支払い競争へと戦場は移行する。とは言っても、ずらりと並ぶレジのどの列に並んでもさして違いはない。確か先週もいたメークの少しどぎついお喋りな女性は誰よりもテキパキとバーコードをスキャンし、身なりのしっかりとして見える寡黙で背の高い男性は何かを仕切りと指示し続けている。少し列の短いレジに並べばそれで良い。ソーシャルディスタンスを指示する床の白いマークは薄汚れ、後ろに待つ男性は腕一杯に荷物を抱えてマークなど気にすることなく詰め寄ってくる。
それでも誰も急いでなどいない。前に人がいれば抜きたくなる輩は多いが、時間に追われたような人はついぞ見たことがない。誰もがたくさんの買い物をするからなかなか前に進まない中でぼうっと隣の列をみれば、これまたカートに満載の食料品を詰めこんだ中年女性が買おうとしている食料品の日付か何かを確認でもしているところだった。何かの袋をみてまた戻す。そうしながら列の後ろを見たその女性は、その後ろに並ぶ少し若そうなアフリカ系の男性を頭のてっぺんから爪先までじろりとなめるように眺めてこう言った。
「あんたそのワインだけ?先に行きなさい。」
あまり高くもなさそうなワインを2本だけ抱えたその男性は、礼を言って先に進む。まもなく前のレジの会計が終わって、男性は会計のためにワインを置いた。おそらくは1分かからないであろうその会計を待って、順番を譲った女性は自分の買い物を会計用のベルトコンベアの上に並べ始める。くだんの男性は、遠くから再び礼を言って足早に立ち去った。そうやって順番を譲るのはよく見る日常なのだが、なかなか気づいてあげられない自分はある意味文化慣れしていない移民なのである。
さて自分の会計の順番になった。そう思って品物をベルトコンベアの上に並べ始めたが、なかなかスキャンは始まらない。前の客が一つ一つ自分の買い物バッグに荷物を詰めていて、支払いをしないのである。レジ係はやることがないからボールペンで使い終わったクーポンに印をつけている。ようやく詰め終わったかと思えば何かが気に入らなかったらしく、また出しては詰め直す。それでも誰も文句は言わない。ようやく満足したその客は、何やらレジ係に言い、バッグから財布を出してカードを取り出した。一つ目のカードがエラーなのか、二つ目のカードで暗証番号を打っている。やっと会計が済んでレシートを受け取ってもなかなかその場を立ち去らない。レシートを財布の所定の位置に入れ、財布をバッグに入れてジッパーをしめ、
「さようなら。良い一日を。」
そう言って初めてその客はその場を立ち去ったのだった。
他人には優しいが忖度などしない国だから誰もがマイペースで動く。イライラもさせられるが、助けられることもある。

先日の買い物ではバナナを買おうとしたのだが、背丈の小さな身綺麗なお年寄りがずっと売り場の前で品定めをしていて随分と待たされた。何もない時なら気にもしないが、自分が知らずに感染していないとも限らない。だからソーシャルディスタンスを十分にとって遠巻きに見ていたが、一向にその場を立ち去らないのだった。仕方なく他の野菜を見て戻ってきたのだが、そのお年寄りはそれでもそこにいた。途中、何人かが気にせずバナナを横から取っていったが、自分はそうする気が起きなかった。仕方なくまた待っていたのだが、そのうち時間がかかる理由がわかった。そのお年寄りは、6本程度一緒になった一つ一つのふさを取り上げては一本一本品定めをして、気に入ったものだけをもぎっとっていたのだった。1本ちぎると手元の紙袋に入れ、また次のふさを見て気に入らなければ違う場所に置く。そのうちまた気に入ったのが見つかると1本ちぎって袋に入れる。ようやく必要な本数を手に入れて重さを計りにその場を離れた後には、本数の少ないふさがいくつか残されていた。ロックダウンでそれでなくても経済状況が芳しくない中、少しでも安く良いものを手にしたいという気持ちもわからないではない。そもそも誰も気にしてなどいないのだから良いのだろう。
フランスで買うバナナの一部は、フランスの海外県(海外領)のグアドループやマルチニク産である。コロンブスが名付けたと言われるカリブの島は、正直経済状況が良いとは言えない。工業はもちろん十分ではないが、農業が特段良いわけでもない。バナナと砂糖が主な生産物である。経済はもっぱらフランスとEU政府からの援助による。観光もあるが、それほど知られた場所でもなく、ましてこの状況下では観光客などほとんどいない。
バナナを品定めするお年寄りとカリブの島は案外そんなところで繋がっている。忖度などいらないが、支援は必要なのである。そう思いながら、バナナをカゴに入れた。
Townscape

Above panoramic photography was not generated with photo applications nor a panoramic photo camera. It was just cropped from a 3:2 standard aspect one. Of course I took it with the intension to make a panoramic photo by cropping but, as you can easily imagine, it was not so easy to do.
最初から縦横比3:2のフルフレームフォトからパノラマ写真を作るつもりで撮ったのだが、ファインダを覗いて出来上がりを想像するのは難しい。アップしないつもりだった写真で申し訳ない。
ノウサギを追う

11月から3月にかけての冬季間、ブルターニュでは虹はタダである。誰に断る事なく好きなだけ見て良い。だからもし虹の根本に本当に宝が隠されているのなら、すでにブルターニュの住民は大金持ちになっている筈である。財宝を得たもの誰もがそれを隠しているのか、財宝などそもそもないのか、詮索しても仕方ない。そもそも虹はタダなのだ。皆が好きなように使って良い。
そもそも虹の根本に近づこうとすれば、虹は近づくものの欲を察して自ずと遠ざかるものだとか、虹よりもその下にあるキノコに欲が眩み道に迷うとか、もう誰も信じはしない。山にある果実もキノコも自然が与えたもうた恵として、誰もがそれを享受して良いと言うのが伝統なのであって、たまに道に迷うのも自然の一部なのだ。野うさぎの穴に落ちたところで驚くこともない。

人が森に住み、野うさぎを追い出し始めてから何千年もの時が過ぎた。そこここにある沼や低湿地も、人の手にその形を委ねながら、何千年もそこにある。川をえぐり、丘に水の通る穴を穿ち、物資を船で運ぶようになっても、虹はそこにある。だから散歩のついでにふと妖精を見かけても、ついぞ驚きはしない。妖精もずっとそこに住んでいるのだから。

ただ、ひとつだけ受け入れなければならない。もうドラゴンは絶えてここにはいない。ヨーロッパ最後のドラゴンはリュブリャナで果てたのだ。そのもはや無くなってしまったものを願っても意味はない。今ある自然を畏れず、少しばかり道具を使うことを許し願って、限りある今を忘れない他はないのだろう。きっと明日も虹はある。
つきとうみ

星の重みから背骨をよじって逃げ出す前に
森の冷気にシワクチャの頭を捻り込む
とこ とこ みち
ある きと ころ
ねこ とこ とり
うんが みちそ ぞろあるき
東の大陸を流れゆく時代に
赤い果実から転げ出た種よりも重い空
みち とこ とり
きみ とひ とり
こと りと ねこ
うんが みちふ たりあるき
西の大海を遥かに見晴らし
くじらのため息よりも深く長く漂う小舟
ネコトコトリの作詩中に書きかけたものだが、こちらはもっと気に入らなかったので、少し冷却期間を置いてみた。読み返せば捨て去るほどは悪くない。
