Bonne journée, Cross Cultural

Bonne journée (22):Chinese whisper

whispering bee(The article was written only in Japanese)

「何度も言ってるのに全然聞いてないんだから」という時は、ちゃんと伝える努力をしたかよく考えるべきだそうだ。ビジネス書などによく書かれている話である。曰く、相手の分かる視点で話をしたか。曰く、伝わったかどうか確認できる質問をしたか。曰く、相手の目を見て語りかけたか。要はコミュニケーションは思ったほど簡単ではありませんよということだろう。

小学校あたりだと、この伝えることの難しさを遊びで教えたりする。いわゆる「伝言ゲーム」である。ゲーム嫌いだから、バスでの遠足やお楽しみ会(なんという表現!)ではもっぱら影に隠れて参加しないで済むようにしてきた身としては、伝言ゲームを語る立場にないと思うほど記憶が薄い。だが、何やら紙を渡されて開いてみたらやたらと長い文章が書かれていたといった記憶はある。今になってみれば、記憶力ゲームじゃないかと思わないでもない。これが先頭なら簡単かと言えばそうでもない。最後の友達が答えを言うのを聞いて、完璧に伝わったと安心してホッとした途端、「はい、残念でした。おしい。」と打ちのめされる。「最初にこんにちはと挨拶がついてましたね。どこかで挨拶がなくなっちゃいました。」犯人はもちろん自分である。要件を一所懸命憶えたのに、頭がそっちに行って重要ではない部分が抜け落ちたのだ。記憶が薄いと書いたが嫌な事は思い出す。だからゲームが好きではなかったのだろう。さすがに大人になって、そんなつまらない理由でゲームが嫌だとは言わないが、未だ好ましくはない。

その伝言ゲームであるが、大人になると実際のゲームではなく、それは比喩的表現となる。先日も、伝言ゲーム状態で内容が怪しい情報を確認する必要があったが、そんなことは仕事をしていれば日常茶飯事だ。その時は、確認をとるのがまずは基本と連絡をとることにした。相手は例によってフランス人である。「又聞きの又聞きだから確認したい」と言う代わりに、伝言ゲームだからと書く。伝言ゲームは、英語でChinese whisperと表現する。中国人のささやきという感じだろうか。背景を知らないから何故そう表現するのかは皆目見当がつかない。まぁ、そう表現することだけは知っていたのでそう書いた。ところが返ってきた返事は、そんな表現は初めて知ったということだった。辞書か何かで調べて意味を理解したらしい。そして、素晴らしい表現を教えてくれたのだった。フランス語では、Téléphone Arabeと言うと。つまり、アラブの電話である。アラブの言葉が分からないからか、アラブの人の言うことが分からないかは不明である。ただ、違った言語で似たような表現をするらしいというのが面白い。次に使う機会がなかなかなさそうなのが少々残念ではある。

20131103-002そう言えば、先日も面白い言い方というか、名称を知った。ペリカンの写真を見てなんとなく辞書を引いたら、英国の押しボタン信号をPelican crossingというと書いてあったのだ。ペリカン横断である。おやと思ってよく読んだら、実はもともとはpelicanではなくpeliconだという(最後のところがcanではなくcon)。つまり、元は”Pedestrian light controlled crossing”(歩行者信号制御横断歩道)というわけで、押しボタン信号と言うのとたいして変わらない。本当に定着している名称なのかどうかは分からない。先日、イギリス人と会ったばかりなのに聞く事が出来なかったのが残念である。どなたか真偽のほどを教えてほしい。

日本でも交通系ICカードはSuicaにICOCAと語呂合わせ的な名前ばかりである。つまりはきっと同じ発想に違いない。覚えやすいとか、面白いとかそんなところだろう。となれば、pelican crossingはSuicaレベルだろう。ICOCAは一枚上手である。

さて、書いた内容にはほとんど責任を負えない伝聞ばかりである。Téléphone Arabeでないことを祈る。

今日も良い一日を。

Bonne journée

Bonne journée(21): Looking into a deep

20130921-001日本語は後半に。

Looking into a deep and dry blue 
through a break in the trees. 
Falling down to the sky like 
fragments of the summer filigrees. 

When dry air covers the city of Yokohama, close to Tokyo, it tells the Autumn is coming just over there. Autumn is also rainy season. Both dry air and rain brings the harvest season to Japan.

20130921-003乾いた深みを木々の間から覗き込む。光が零れるかわりに自分が落ちて行く。秋の空は深い。

通勤電車の軋む音にふと、前に座る疲れた誰かがふたり分の椅子を使ってうなだれているのに気付く。薄目を開けて混雑し始めた車内を見回し、再び目をつむる。まるで世界など最初からなかった様に、周囲から目をつむる。

ひどく暑かった夏の終わりに秋の扉をこじ開けた風雨が、ひと足先に黄色くなった葉を散らす。秋にはまだ少し間がある。

通勤電車が乗り換え駅に近付いて行く。スピーカーがパチと音をたてる。乗り換えの案内。そして、「どうぞこの先も気をつけて行ってらっしゃいませ」と、いつもと違うアナウンス。

Bonne journée

Bonne journée (20)

20130907-001日本語は後半に

It is easy to cherish tradition but difficult to do it in real life. Civilization is usually based on resorting to convenience and a cost rules the life. By only a paper-thin margin like devotion or abandon, tradition would be kept in fragmented days.

When you walk on a stone-paved road which was tradition of the Rome, it means, it is same that you walk on persistent effort whether it is an intention of the government or not. France, and some countries, has a common but a bit strange building regulation that restricts refurbishing a building to conservation of scenery of the town. It must be useful to keep the visible tradition but the law is applicable also for just ten-year-old buildings. Color of the wall, shape of the roof, etc. I don’t know it is a good way to make sure of conserving our essential life based on traditional culture.

At least, such a regulation would help unexpected encounter of missing time.

Have a nice day.

20130907-002

伝統を守ろうとすることは難しくないが、実際に実行することは簡単ではない。文明は利便性に頼ることを基礎とし、その人生はコストに支配されている。わずかに信仰心と諦めによって、伝統は分断された日々のなかで維持されているのだろう。

ローマの伝統である石畳の道を歩く時、それが行政の意図するところであろうとなかろうと、たゆまぬ努力の上を歩いていることを意味している。フランスやいくつかの国は、ありふれてはいるが少しばかり奇妙な法律を持っている。つまり、街の景観を保つよう建物の改修を制限する法である。それは視覚的な伝統を保持するに役立つに違いないが、築10年であっても法は適用される。壁の色も屋根の形もである。それが伝統文化に根ざす基礎的な生活の保存するものなのかはわからない。

少なくとも、このような法により失われた時への不意な出会いを後押しするようではある。

よい一日を。

Art, Bonne journée

Bonne journée (19)

20130810-002

日本語は後半に

A new TV ad series of the LED light project of musée de Louvre by Toshiba was shot in the museum. In the previous ad video, a little girl was just talking with an old man there. He was unknown man but obviously any art lover would likely imagine who he was because he was bearded. The ad looked common and non characteristic as usual corporate ads did. Continue reading “Bonne journée (19)”

Bonne journée, Photo, photo panoramique

Photo panoramique: cicada (la cigale)

20130727-001The climate in Yokohama has been unusual this year. It was mostly fine in rainy season and even hot. Indeed, sometimes it was 34 degree.

You should not say abnormal or extreme weather. I suppose it would be common fluctuation. We are likely to see only a strange face of our life. Still the nature goes as same as it did, as cicadas appeared all together in chorus. Though it seems too early this year.

Have a good day, et bonne journée.

横浜の今年の天候は、平年とは違っている。梅雨の時期は晴れていることが多く、暑くさえあった。時々34度を記録するほどだ。だが、異常気象と言うべきではない。普通にあるゆらぎなのだろうと思う。我々はどうも奇妙な面ばかりを見がちなのだ。いつものように自然は移ろいで行く。蝉が一斉に現れるように。まぁ、今年は早すぎるだろうけれど。

今日も良い一日を。

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