確かに家を出た時には理解していたはずの行き先は、時が過ぎるとともに曖昧になって行く。やがてどこに向かっているのかも考えなくなってしまった人々は、うつむきながらゆらゆらと前に進み、コートの襟は肩にかけられたバッグの重みに歪む。朧げな両目の先に白く光を放つ小さな聖書を抱え、誰もがその曖昧な行き先に引き寄せられる。発車ベルとモーター音と靴音とコンクリートに反射する声とコンプレッサーの共鳴音とが混じり合った静寂。朝の駅から吐き出された無口な人々は、雑踏の静寂に身をゆだね、否応なしにその1日を始めるのだ。 Continue reading “ART: 佐藤雅晴―東京尾行”
Category: Bonne journée
Macro Monday: Sakura 2016
トマレ

あるインタビュー記事で「多くの人がiPhoneによって社会が変わったと勘違いしているが、変えたのはAppStoreであって、ソフトウェアである。」といった類いのことが語られているのを目にして、またかと思った。最近は大学にも席を置く知られた人物である。間違っているわけではない。マーケティングの教科書の最初の方に書かれている一般的な分析である。ただ、市場競合を分析するだけでも必ず出てくるコンテクストであったとしても専門外の人には分かりにくい話だから、一般人に向けて分かりやすく基礎の基礎を言うのはある意味当然だ。またかと思ったのはそこではない。日本語として理解していないのではないかと感じたのだ。
iPhoneが社会を変えたと言う時、多くの場合はiPhoneというハードウェアそのものを指してはいない。そこには暗黙の了解のようなものがあって、iPhoneがもたらした全てを指してiPhoneと代表させている。だから、逆に言えば、AppStoreがあってもiPhoneというハードウェア以外で社会を変える事が出来たかどうかは言葉の外にある。概念的だから言葉を重ねる必要があり、便利な表現が見つかれば誰もがすがろうとする。エコシステムなどはその典型かもしれない。
このところ、言葉が安易に直接的な意味に収斂しているような気がしてならない。ワンフレーズが心をつかみ、重層化した表現は置き去りにされ、やがて忘れ去られて行く。どこにいてもつながる世界だからこそ、そろそろ立ち止まってみてもよい時期なのかも知れない。
「トマレ」
Wordless Wednesday: Sakura

A part of Wordless Wednesday

Sakura into bloom

横浜でもソメイヨシノが咲き始めた。穏やかな日々が続くことを願いたい。
The most popular cherry blossom, Somei-yoshino, has come into bloom in Yokohama.
It will be a peaceful day.

