
In response to the weekly photo challenge, Depth by The Daily Post.
capturing in prose

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It is easier to imagine the depth of valley rather than water.
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知られたオーベルジュ(Auberge)でのディナーはフランス人にとっても特別な時間である。ミシュランの星が付いているとなればなおさら、気軽に夕食を済ますつもりで訪ねる場所ではない。工夫を凝らした料理を楽しむのはもちろん、オーナーとの会話や調度品、あるいは気持ちの良い中庭もまた食事の一部である。気取った日本のフレンチレストランよりは、支払う額はずっとリーズナブルだが、決して安くはない。特別な時間を過ごすに値する価格にはそれなりに理由がある。結婚記念日に若かった頃を思い出すのも、知人と新年を楽しく迎えるのも、その場所はそれに値する時を与えてくれる。
そんなディナーであっても、ネクタイとジャケットやロングドレスが必要な場所はほとんどない。他の客人に不快な印象を与えない程度に小綺麗な服であればよい。親しい間柄の誰かと過ごす時間を堅苦しくする必要などない筈、ただ、それに相応しいだけの装いであれば充分だ。
ディナーは8時過ぎから。もし、中庭での食前酒でも予約できたなら、少し早めに風を感じながらの雑談でもしながらテーブルが用意されるのを待つのも良い。席に案内されて配られたメニューを開きつつオーナーの挨拶に耳を傾け、今日はあいにく良い鴨肉が手に入らなかったから他にしてほしいなどと聞けば、かえって食事が楽しみとなる。デザートはどれもおすすめだけど、今日の苺は地元産だからひときわフレッシュですよとなれば、軽いシャーベットでも食べようという30分前の決心は撤回、たっぷりの苺のミルフィーユにせざるを得ない。そうやって特別な時間が始まり、ゆったりと過ぎて行く。そして、そのゆったりと過ごす時間がもうひとつの魅力でもある。弾む会話も、親しい間柄の優しい沈黙もその一部であり、馬車がかぼちゃに変わる頃、ようやく特別な時間は終わりを告げる。
ゆったりとした時間は、忙しいことに慣れきった人間に豊かなひとときを思い出させる一方で、時に苛立ちの感情をもひきおこす。勿体ぶった説明、なかなか現れない御目当ての皿、そもそも時間になっても現れない友人。約束の時間通りにディナーが始まるべきだなんて誰が決めたんだと言わんばかりの当たり前の遅刻は分かっていても、空腹をこらえて出てきた皿と格闘する気満々だから、もっと早く来いとでも言いたくなる。8時に予約したからねの意味は、8時過ぎくらいに行くからねであって、テーブルにつくのは8時半という程度でしかない。そんなものなのだ。7:58発の電車が30秒遅れたという時間スケールでは断じてない。
そして気がつくのだ。分刻みで動く必要がどこにあるのかと。仕事の打ち合わせが遅れるという話なら、人それぞれの価値観もあるだろう。忙しいのに自分の時間をどうしてくれるのかと不平を言う気持ちも分からないではない。でも、レストランで素晴らしい時間を過ごそうというのに分刻みの時間管理はいらない。
少々困るのは、時々仕事でもゆっくりしている場合である。フライトの搭乗時刻まであと30分だというのに手荷物検査場は長蛇の列。待っても待っても前に進まないなどといったことを度々経験する。いつだったか、もう間に合わないという時間になってやっと検査場が見えてきたと思ったら、案の定、検査ラインがひとつしか開いてなかったということがあった。担当者が何らかの理由で不在となり、たったひとつのチェックラインで数百人をこなしていたのだった。フランス流の時間にすっかり慣れていたから、チェックインもしてるし係官もいないのだから仕方ないなと割り切ったが、まず羽田や成田ではありそうもない。そのうち代わりの係官が到着してラインが動き出したが、その頃には搭乗時間はとっくに過ぎていた。一所懸命仕事してるし、人も足りないのだから仕方ないよねと言わんばかり。新らしく到着した係官とおしゃべりしながら淡々と検査が続く。コイン持ってない?ああそうだった、さっきのコーヒーでお釣りがあった。PCはバッグから出して。はいはい、分かってます。もちろん、列に並ぶ側もブツブツ文句は言っているが、これからの移動時間を思えば大差ないという雰囲気である。そうやって大幅に遅刻して搭乗ゲートに向かうと、聞きなれた日本語が耳に飛び込んで来た。
「お客様!定刻を過ぎております。お急ぎください。」
やれやれ。時間に追われた日本がパリまで迎えに来た。
We have always found that New Year’s Eve, with its eleventh-hour excesses and doomed resolutions, is a dismal occasion for all the forced jollity and midnight toasts and kisses. And so, when we heard that over the village of Lacoste, a few miles away, the proprietor of Le Simiane was offering a six-course lunch with pink champagne to his amiable clientele, it seemed like a much more cheerful way to start the next twelve months.
大晦日の夜となれば、最後の土壇場の大騒ぎと最早逃げられない誓いとで無理にでも陽気に振る舞い、深夜の乾杯とキスの憂鬱な時を過ごすのだといつも気付かされる。だから、ここから僅か数マイルのラコストの村にあるルシミアンのオーナーが懇意の顧客に6皿のコース料理とピンクシャンパンのランチを出すと聞いた時は、これからの12か月を始めるにはなんとも素敵な方法だと思ったのだった。(tagnoue訳)
ピーターメイルの南仏プロバンスの12か月はこんな一節から始まる。ゆったりと時の過ぎるどうという事のないフランス南部の田舎は、同時に誰もが一度は住みたくなる美しい田舎であり、実際に住むには少々面倒な田舎でもある。ラベンダー(lavande)の青、輝くオリーブオイル(huile d’olive)の香り、白く濁ったパスティス(pastis)の焼けるようなのどごし。魅力的な文化と愛すべき困った人たち。あとは、いつ行くか?それを決めるだけという気になってくる。
最近読んだ本
南仏プロヴァンスの12か月
ピーター・メイル 著、池 央耿 訳

When I was young and interested in the space science, for whatever reason, I don’t know why, the place at the top of my bucket list was not cape canaveral nor Mauna Kea Observatories but southern France, where I thought something interesting was.
Indeed, I was 15 years old.

Of course, there was nothing related to the space science but I always found me being still connected with French people somehow.
What a wonderful life, isn’t it.
In response to the weekly photo challenge, Express Yourself by The Daily Post.