Cross Cultural, Photo, photo panoramique

on-lined

201807-511

I’m back now after half off-line weeks. 10 days ago, I was in Slovenia or Germany and discussing some complicated issues with a jet-lagged brain and an absent-minded heart. It was ridiculous to work 9-to-9 just next to gorgeous dishes. 

半ばオフラインの出張とその後の始末であまりblogを見る余裕もなかったが、ようやくいつものペースに戻ってきた。あまり馴染みのないスロベニアへと旅したのはラッキーだったとは言え、できれば次はのんびりしたいものである。

 

Bonne journée, Photo

back to

201807-411

縁も何もなかったスロベニアの地で、もう長い付き合いとなるフランスの知人と食事をしながら、拙い英語で仕事のことや家族のことを話していると、ふと奇妙な感覚に襲われる。自分は何故そこにいて、目の前の知人は何故そこにいるのか。1万キロに少し足りないだけの遠い時間が、ある日突然、思いがけず目の前を流れ出す。

今頃は機上にあって、現実への時間を巻き戻すのに忙しいはず。もうしばらくは音信不通をご容赦願いたい。Monochrome Mondayは今週はお休み。

 

Bonne journée, Cross Cultural

Twin Lock

201807-211

マイレージの余りで旅行用ロックを頼んでおいた事をすっかり忘れ、思いがけず香港から届いた小さな荷物に、少しばかり旅行気分を味わう事となった。クッション材とともに入ったそれは、海外発送でお馴染みの黄色の封筒に入れられ、無造作に台形に切りとられたこれまた黄色いインヴォイスとともに送られてきたのだった。
その名をツインロックというらしい。小さなワイヤーロックが二つついているから「対をなす鍵」ということだろうが、それが本当に役に立つのかどうかは使って見なければわからないだろう。そして、しばらく使う予定はない。かつて、TGVを時々利用していた頃には、デッキの荷物置き場にスーツケースを放置するのにこんなものが欲しいと思ったものだが、最近は使うシーンがあまり思いつかない。基本は、片方のループを荷物のハンドルにつなぎ、もう一方をベンチなどにつなぐという代物である。ワイヤーの長さが短いから、ちょうど高さが合わないと利用はできないだろう。列車の荷物置き場ならなんとか使えそうだが、実際にやってみないとわからないというのが正直なところである。
ところで、こんな華奢なワイヤーで大丈夫なのかという疑問もあるだろうが、経験上問題ない。要は、カジュアルな窃盗を防ぐためだけのものである。カジュアルな窃盗というのも間抜けでおかしな表現だが、人間とは不思議な生き物で、盗めそうだから盗むのであって、盗むのがよほど大変なものを盗むのは、よほどのプロである。カジュアルに盗めなければ、短時間なら安全である。ああ、鍵がかかってないから持っていってしまえというのを避けられれば良い。隠し持ったニッパーでワイヤーを切るような輩はどだい避けられない。
なんだか窃盗の話で旅行気分を味わっているようだが、このツインロックから外国を感じるのはそれだけではない。そもそもワイヤーループが二つついているだけで、3通りの使い方があると強引に言い放つあたりも、ただ者ではない。つまり、二つのジッパーをロックしたり、ジッパーをハンドルに固定したりと、なかなか便利である。ジッパーを固定するのに使ったら、荷物を括り付けられないだろうと思うのだが、同時に使うなら二つ買えということだろう。なかなかである。
ハイライトは、番号の設定である。ロック用の番号はもちろん自由に設定できる。設定して試して見て焦ったのは、実はこの鍵が裏からも同じように見えるということである。つまり、123とセットすると、裏からは678と見えるのである。鍵が開かないと思ったら裏側だったというオチは、あまり良い気はしない。
まぁ、文句があるわけではない。余ったマイレージでちょっと楽しませてもらったということである。

さて、最後の写真は飛鳥II。先週世界一周から帰ってきたばかりだが、その姿ではない。残念ながら昨年の写真である。

201807-212

Bonne journée, Cross Cultural

Korea, US and then

201804-511

それが紛れもなく人の作った機械であることを主張する様にランディング・ギアがゴトゴトと低く鈍い音をたてながら真っ直ぐな胴の下に突き出される頃、恐らくは着陸時の注意事項を韓国語でアナウンスしていたキャビンアテンダントが、シンプルだが明確な英語で注意を促す。この空港は写真撮影が禁止されており、撮影すれば逮捕されることもあり得ると。窓の外には冬枯れの森といくつにもコピーされたコンクリートのアパートが繰り返し連なる生活感のない大地が、地滑りでも起こしたように傾きながら飛び去り、隣の名も知らないビジネスマンが、落ち着かない様子で背もたれのポケットのハングルで書かれた冊子を取り出してはしまい込む。小さな子供の甲高い鳴き声がひとつ。そうやってふと着陸した機体は大急ぎで速度を落とし、今まですっかり忘れていたとでも言うように、地上にある全てが実物大のものへと引き戻される。タクシングする機体の小さな窓から夕暮れの柔らかなオレンジ色に包まれるその実物大の風景をぼんやりと眺め、明日の仕事を考える。
そうやって天空の曖昧な空間から地上の現実に戻る時、視界の片隅を通り過ぎるカマボコ型の構造物と尖った戦闘機に我にかえるのだ。そもそもこの国はまだ戦争中なのだと。平和そうに見える街の表情に何ら嘘はない。いたって平和なゆったりとした時間の過ぎる夕暮れは、誰もが等しく享受する安心に満ちたひと時であり、その中を轟音を立てて飛び立つ戦闘機に現実味などこれっぽっちも感じない。それでもなお、隣国とは休戦しているだけであって、若者は誰もが兵役に就く。1月、オリンピックに向けて平和ムードが漂う韓国は、平和への期待と長い時が産む反目とのジレンマが内と外にある隣国だった。

それから3ヶ月、どこまでも青く透明な空に落ちていきそうなカリフォルニアにいて、冬季オリンピックのことなどすっかり忘れ軽快な音楽とともに夕日を楽しみながら、韓国系アメリカ人と仕事の話をしていた。サーフボードを抱えすっかりオレンジ色になった波打ち際を車に戻るサーファーには、海を隔てたその先にある国にまで思いを巡らすこともないだろう。まして、それを遠くから眺める自分にも、3ヶ月前の戦闘機など思い出す理由などなかった。それでもその数日前、降り立った空港から仕事への移動の最中、グレーの無機質な塊が港に静かにあることを目の当たりにして、未だ解決していない国際問題が他人事のようにそこにあることを知ったことを思い出した。空母は、まちの風景とは無関係にそこにあった。
時は目まぐるしく過ぎて行く。国境線を跨ぐことに誰も関心を持たない日はいつ来るのか。

201804-512

Bonne journée, Cross Cultural

on the road again

201804-311

Cela rend modeste de voyager. on voit quelle petite place on occupe dans le monde.
Travel makes one modest. You see what a tiny place you occupy in the world.
旅では誰しもが謙虚になる。この世界のほんの僅かな場所にしか自分がないことを旅で見るからだ。
– Gustave Flaubert グスタフ・フロベール

I’m on the road again to California, such a lovely place, such a lonely place.
ふたたびカリフォルニアへの旅の途中。魅力的な乾いた青と寂しさが同居する場所へ。